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黄金凶星(ゴールデン・アステリズム)〜女子化した僕がVR銃撃戦で死神と呼ばれ、大切な師匠を裏切った最悪の宿敵を撃ち抜くまで〜  作者: 中島しのぶ


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第44話 十一月十一日の告白、あるいは嘘の終焉

 11月11日


 研修旅行の初日。

 欠席届を出している僕は、オンライン授業もないけれど、習慣で7時には目が覚めてしまった。

 授業の代わりに出された課題は、昨日のうちに済ませてしまっている。

 10時ごろ、八代からの『今、羽田! これから飛行機に乗る!』という無邪気なメッセージが、僕の胸をざわつかせた。


 一ヶ月前に八代が知らせてくれた、『出席簿』のことをふと思い出した。そこには、『女子 No.5 安藤かつみ』と、載っていると。


 その「ひらがな」の名前は、僕という存在を、僕の知らないところで勝手に書き換え、固定させるような恐怖を伴った「力」を持っているように感じた。


 中学卒業までは男子生徒として扱うはずだったのに、学校はもう、僕を女子としてしか見ていないんだ。

 現実の世界では、僕の意志なんて、ひとかけらも尊重されない。


 だから、せめてこの世界で一番信頼しているあの人にだけは、本当の僕を知っていてほしい。

 嘘で塗り固められた「美少女」ではなく、本当の僕を――。


 僕は逃げるようにVRギアを被った。


 +++


『System Login. Identity confirmed: A-Katsumi. Welcome back to Central City』


 そんなシステム音声さえ、僕は懐かしさを覚える。早く行かなくちゃ――。


 セントラルシティの路地裏にも、いつもと変わらない『午後二時』の光が満ちていた。


 重い鉄の扉を開けると、そこには八代の騒がしい声も、テツさんのぼやきもなかった。


「あら。やっぱり今日は本当に一人なのね、カツミちゃん」


 カウンターの奥、銃身を拭っていたベルさんが、顔を上げて僕を見た。

 僕は何も言えず、いつもの指定席に腰を下ろす。


 差し出されたコーヒーを啜る。熱い苦味が喉を通るけれど、胸の奥のつかえは取れない。

 僕は自分の指先を見つめたまま、掲示板の噂や、現実の断絶について、ぽつりぽつりと話し出した。


「……ベルさん。この碧眼(ブルーの眼)と金色の髪。透き通るような肌も、全部僕が現実から逃げるために塗り固めた嘘なんです。現実の僕は、榛色(はしばみいろ)の眼に普通の黒髪……」


 僕は顔を上げられない。嘘をついている後ろめたさと、本当の自分を見せたらこの居場所さえ失うのではないかという恐怖で、視界がにじむ。


「……ベルさん。僕、本当は……女の子じゃ、ないん、です……」


 ベルさんが口を開くまでの静寂。店内の時間さえも止まったかのように長く感じられた。


 ベルさんは、銃身を拭う手を止めて静かに答えた。

「……うん……なんとなく、そんな気がしてた」


 その瞬間、今まで話せなかったことが一気にあふれ出す。


 原因もわからないまま、ある朝突然、病気で身体が女の子に変わってしまったこと。

 男子として生きてきた15年間が、僕の意志とは無関係に削り取られていく恐怖。

 学校からも、「安藤かつみ」という女子として扱われ、居場所を失った絶望――。


「誰も、僕を『僕』として見てくれない。だから、せめてベルさんだけには……」


「あなたの眼差し、仕草、エイトくんとの関係。それに、何かから逃げようとしながら、必死に抗おうとしているあなたの瞳。全部見ていれば、なんとなくわかってしまうものよ」


 ベルさんはカウンター越しに、僕の震える手にそっと自分の手を重ねた。

 その指先は、驚くほど細く、そしてどこか現実味のないほど冷たかった。


「でもね、この世界(VR空間)ではみんな同じ。素の自分をさらけ出していい場所なの。それに、システムとの何らかのシンクロ率が高い人ほど、ここが唯一の『真実』になれる場所なのよ」


 真実になれる場所……。

 鏡に映った榛色ではなく、この碧眼で標的をとらえ、引き金を引く瞬間の赤目こそが本物なのだと、彼女は肯定してくれた。


現実(リアル)の肉体なんて、ただの頼りない(いれもの)に過ぎないわ。私もカツミちゃんと似たようなもの。だから、私はここで『スナイパー』になったの。自分の意志で引き金を引ける、この世界だけが私の真実なのよ」


 ベルさんの言葉は、静かな湖面に落ちた石のように、僕の心に波紋を広げた。

 彼女もまた、何かを剥奪され、ここに逃げ込んできた住人なんだ。


「ようこそ、カツミちゃん。孤独な、けれど真実の『こっち側』へ」


 ベルさんの言葉は、冷たいはずなのに、今の僕にはどんな焚き火よりも温かく感じられた。


 僕はゆっくりと、自分の頬を伝う涙を拭った。碧眼がとらえた景色が、少しずつ、けれど確かな輪郭を持って僕の意識に馴染んでいく。

 現実(あっち)の僕がどうなろうと、この世界で、この人の前でだけは、僕は僕でいられるんだ。


「はい、ベルさん」


 八代も、テツさんもいない、静まり返った『永遠の午後二時』の世界。


 僕たちは言葉も交わさず、重なり合った互いの手の微かな感触だけを確かめ合っていた。


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