第40話 管理された偶然、それは世界の嘘
「ねえ、カツミちゃん。何日か前に、あなたの能力を『世界の嘘』を見抜く眼って喩えたわよね」
「ええ」
「この世界、カツミちゃんは使ってないけど、戦闘支援ってUIがあるのは知ってるわよね。標準的な視覚補助機能の」
「はい」
そうだ。八代は使ってるけど、僕はチュートリアルで『凪』の状態になったから、アシスト・マーカーの必要性を感じなかったから使ってない。
「で、アシスト・マーカーには弾道予測線と、着弾予測範囲の二つがあるの。
バリスティック・ガイドは、武器の向きから算出された『弾道』が、標的となった相手のゴーグル内に表示されるの。一応風や重力による誤差は計算されるけど、あくまで目安に近いわね。でも、おかげで相手は回避運動をとることができるわ。
そしてインパクト・ゾーン。これは射手のゴーグル内に、着弾有効範囲が透過表示される。こっちもあくまで目安よ。
けれどそれは、プレイヤーが自分の意思で引き金を引き、実力で当てているという『自由意志』の錯覚なの」
「なんだか全然わかりません……」
ベルさんの言うことはいつも難しい。予測線があることは当然知っているけど、「自由意志の錯覚」って何だろう?
「んー、簡単に言うとこの世界では、弾丸が当たるか外れるかは、プレイヤーの技術じゃなくって、システムが決定した『乱数』や『システムパラメーター』によって、引き金を引く瞬間すでに、計算によって決定されてるってこと。
管理された偶然、とでも言うのかしらね」
僕はベルさんの説明を反芻してみる。
「つまり、プレイヤーの『うまく当てた』、『運悪く外れた』っていうことさえ、システムが仕組んだ偽物の確率、ってことですか?」
「そう! まさにそれがゲームの整合性を保つための『偽物の確率』。それこそが『世界の嘘』なの。
カツミちゃんの『赤眼』――レアスキル『センス・シンクロニシティ』は、『計算結果』が、確定する前の正しい結果を視覚化してるのね」
「計算結果が確定する前?」
「ええ。『次に何が起こるか』っていうシステムの筋書き。シンクロニシティって日本語にすると、『意味のある偶然』のことだけど、それを確定前に先読みできる能力ね。
ある意味ではバグなんだけど、システムが隠しておきたい『真実の結果』を、無理やり引きずり出しているのよ」
ベルさんの言葉を、僕は自分なりに噛み砕いてみる。
「……それって、スマホゲームのガチャみたいなことですか?」
「ガチャ?」
ベルさんが、いかにも知らなさそうに小首をかしげた。
僕たちなら当たり前の言葉だけど、武器の調整に没頭している彼女には、あまり縁のないものなのかもしれないな、と軽く流すようにした。
「ボタンを押す瞬間には、もう中身がレアかハズレか決まってるじゃないですか。普通の人は『当たれ!』って祈りながら押すけど、僕の『赤眼』は、ボタンを押す前に、何が出るか画面に見えちゃってるってこと……ですよね?」
ベルさんは一瞬目を見開き、それから「ふふっ」と楽しそうに吹き出した。
「面白い例えね! ええ、まさにその通りよ。みんなが『運』だと思って一喜一憂している裏側で、カツミちゃんだけは『確定した未来』をカンニングしてる。
これ以上のチートはないわね」
「カンニングって……」
僕が不平を漏らすと、ベルさんはさらに声を弾ませて続けた。
「しかもよ。あなたが引き金を引いても、アシスト・マーカーを使っていないから、バリスティック・ガイドは相手のゴーグル内には表示されない。まさに相手は、何が起こったかわからない一瞬のうちにリスポーンよ!」
僕のレアスキルって、そんなにすごい物だったんだ……。
相手に警告すら出さず、システムが決める前の「真実」を一方的に叩き込む。
それは、この世界のルールそのものを、僕の指先が支配するということだ。
「さあ、カツミちゃん。その『嘘を見抜く眼』と、私が調整した『新しい腕』……相性は最高のはずよ。もうそろそろ17時ね。エイトが来たら、さっそく試してきなさいな」
ベルさんの言葉が終わると同時に、店の重いドアが勢いよく開いた。
「ベルさんただいま! よお、カツミ! なんだ、もう来てたのか! さては銃のカスタムがそんなに待ち遠しかったのか?」
ベルさんが恋しかったとは言わなかったけど、八代も同じような反応だった。
「おっ、フルカスタム終わったのか?」
やってきた八代は、カウンターに置かれた僕のM24を見て、自分のことのように目を輝かせた。
「うん、ついさっき受け取ったところだよ」
「よし、じゃあ早速行くか。7番ゲートの先に最近、『偵察ドロイド』の群れが出没するって噂だ。そいつらすばしっこいらしいから、調整後のテストには丁度いいだろ?」
「そんな噂、どこで仕入れたの? それに偵察ドロイド? そんなにすばしっこいの?」
僕の疑問に、八代はニヤリと笑って答える。
「なんだよ、掲示板くらい見ておけよな。そこに書いてあったぜ。なんせ、バリスティック・ガイドが出た瞬間に計算して回避行動を取るって噂だ。普通の奴なら弾を一発もかすらせることすらできねぇってさ」
バリスティック・ガイドが出た瞬間に逃げる。まさに、システムが用意した『嘘』の回避か。
「面白そうだね! 行こう。7番ゲートだね」
「おう! 俺が位置を特定する。お前はそれを、一発で黙らせろ」
僕はM24の感触を確かめる。
昨日までの「7キロの鉄の塊」ではない。
ベルさんが調整してくれた今のこの銃なら、逃げるドロイドの計算の先さえも、真っ直ぐに射抜ける気がした。
僕はベルさんに軽く会釈をして、馴染んだばかりのM24をストレージに収めた。
ベルさんの言った『世界の嘘』。
システムが勝手に決めた「当たり」や「外れ」の乱数を、僕のこの眼と腕で、これから一つずつ塗り替えていくんだ。
「行ってきます、ベルさん!」
「ええ。最高の『真実』を射抜いてきなさい」
背後にベルさんの穏やかな声を聞きながら、僕と八代は、眩しすぎる午後の光の中へと踏み出した。




