第36話 空白の一日、あるいは重なる不在
10月14日
昨夜はログアウトするなり寝てしまったおかげで、お腹が空いて目が覚めた。
時計を見るとまだ5時だ。お風呂も入ってなかったので、シャワーを浴びて、やっと気分が落ち着いた。
「昨夜はどうしたの? ゲームもほどほどにね。あ、これはやめなさいってことじゃないわよ」
朝ごはんを食べてる時に、母さんに言われる。心配と迷惑をかけちゃったな。
「ごめんなさい。昨日は昼間っからダイブしたから疲れちゃったんだ。今日は一日休んでみるね」
「それは克美の自主性にまかせるからね」と、母さんは仕事に出かけて行った。
オンライン授業は通常どおりこなし、宿題も済ませる。
八代からは、授業中も17時前もチャットは来なかった。
昨日、僕が訓練に参加せずに帰っちゃったのを、たぶん気にはしてくれているんだろうけど、わざわざ聞いてくるようなやつじゃない。それはお互いにわかっているから、僕からも送信することはなかった。
一日休んだおかげで、心の整理がついた気がする。
僕は、あの『午後二時』に閉じ込められちゃいけないんだ。
オンライン授業を始めて、ゲームを始められたように、前に進むんだ。たぶん、ベルさんも同じなんだ。きっとそうだ。
10月15日
火曜日の授業中、八代からぼやきチャットが飛んできた。
『昨日ログインしなかっただろ』『ベルさんの店、閉まってたぞ』『日曜にテツを除いた三人でやる訓練メニュー決めてたのに』『結局俺一人で狩りに行ったわ。散々だったぞ。獲物には逃げられるし、弾代で赤字だわ』『今日こそは来いよな』
え? べルさんもいなかった……?
八代のチャットで、気が動転する。
僕がいなかった間に、何かあったの? 僕が悩んでいる暇なんてない。『午後二時』を確かめに行かなきゃいけない!
授業が終わると同時にオンライン授業からログアウトし、VRギアを装着した――。
+++
『System Login. Identity confirmed: A-Katsumi. Welcome back to Central City』
ホワイトアウトが消えると同時に、僕はベルさんの店へと走った。
あ! ジャラジャラとした太い鎖も鍵もかかってない。
息を切らせて重い扉を開ける。そこには昨日いなかったと聞いたベルさんが、何事もなかったように銃を磨いていた。
「どうしたの? そんなにあわてて」
「はぁ、はぁ……昨日ベルさんがログインしてこなかったって聞いて、あわてて来たんです」
「来なかったって聞いて……? カツミちゃんも昨日はお休みしてたの?」
「え、あ、うん。そうです」
「ごめんね、カツミちゃん。昨日はちょっと……女の子特有のアレ、女の子の日で、寝込んじゃって」
悪戯っぽく笑うベルさん。
女の子の日……あーそれ、僕には来ることはない日だ。たぶん。
「あーなるほど。よかったです、無事で」
話を合わせながら、僕は胸をなでおろした。ベルさんに何も起きていない。その事実さえ分かれば、今の僕には十分だったから。
「あ、そうそう。昨日みたいに、私がログインしていないと店に入れないと困るでしょ? だからユニットのメンバーだけは鍵を解除できるように設定を書き換えておこうかしらね。もちろん、あのジャラジャラしたチェーンも外しておくわね」
「あ、それがいいと思います……」
でも、ベルさん毎日いるよな……そんな当たり前のことは口に出さずに、話題を切り替えた。
「それで、日曜日に決めた訓練メニューってなんです?」
「ああ、それね。エイトくんが『カツミにはもっと荒療治が必要だ』って張り切ってたわよ」
「えー?」
ベルさんが苦笑いしながら、カウンターの下から見慣れない形状の標的を取り出す。
そのとき、店の重い扉が勢いよく開いた。
「よお! カツミ、来やがったな! 昨日サボった分、今日はたっぷり可愛がってやるから覚悟しろよ!」
案の定、不機嫌そうな、けれどどこか嬉しそうな八代の怒鳴り声が店内に響き渡る。
さっきまでの「静寂」が嘘のように、僕たちの『午後二時』が、再び騒がしく動き始めた。




