第32話 暗闇の中での覚醒
三人で向かった『試射場』の奥行きは50メートル。射撃ブースの1レーンの幅は1.5メートルで、10レーンあった。どことなく初期演習施設と似ている。
「さっきは石って言ったけど、あまりにも現実的じゃないから、実戦っぽくするわよ。
エイト、あなたのM16A4に、この5.56x45mmのゴム弾を込めて。
単発モードで、5秒間隔に1発、計12発を10あるレーンから、ランダムに撃ち込むの。もちろん同じレーンから続けて撃ってもいいし、左右に移動してもオッケー」
「これ、当たると痛いですよね?」
八代が心配そうな顔をする。
「当然痛いわよ。だからカツミちゃんは、痛覚は最低レベルにしておいて。痛覚無効にしちゃうと当たったかどうか、わからないから」
「うーん、俺がカツミを撃つ……」
「そ。それでカツミちゃんは、エイトの動きを感覚だけで掴んで、M24でエイトを狙い撃つの」
「「えー!?」」
「弾は5発。7.62x51mm弾だけど、エイトと同じゴム弾。当たればかなり痛いから、エイトは痛覚無効にしておいた方がいいわよ。当たれば、だけど……でも当たって欲しいかなー」
僕はゴム弾を装填した重いM24を背負って、死刑執行される犯罪者になった気分で『試射場』の50メートル先までトボトボと歩く。
「正面の壁際に着いたら、地べたに伏せてM24を構えて。ゴーグルの代わりにそのアイマスクを装着して。準備ができたらリロード。その音を合図に訓練を始めるわよ」
訓練開始前にベルさんはそう言った。
壁際にたどり着いたので伏射体勢をとる。
アイマスクを装着し、息を落ち着かせてからリロードする。
ボルトを押し込み、弾がガチンと装填され、その音を合図に訓練が始まる――。
一番左のレーンから、チャキッと音がする。M16A4の初弾装填音だ――。
次に射撃音がしたら、この距離だ。約0.05から0.06秒――ほとんど0秒で弾が飛んでくる。
避けるには右側に逃げるしかない ―― 移動するには這ってなどいられない。伏せたまま、身体を右へ転がすんだ。
タァーン!――
右に身体を倒す ―― けれど、コンマ数秒遅かった。左肩に熱い痛みが走る。やられた!
ゴーグルを装着してないのでLPの残りがわからない。けど、まだ動ける。
それに、八代は僕と同じで人を撃ったことがない。必ず動揺しているはずだ。まだその場を動いていないと信じて、射撃音がした方向に銃口を向ける――。
あ――見えないけど……見える。
その瞬間、『あの感覚』が戻ってきた。「赤と黒」の単彩と静寂に包まれた世界が。
ゴム弾の弾道軌跡が、直接僕の視神経に投影される。一直線に八代の胸元に着弾する映像。
僕はその映像のまま、引き金を絞る――。
ドゴォォン――!
「うわぁ! 痛ってぇーーーー!」
え? 痛え? 当たったの?
僕は思わず訓練はまだ続いているのにアイマスクを外し、今度はゴーグルを下ろしスコープで覗いてみる。
50メートル先、射撃台の下にひっくり返っている八代の胸からは、パチパチと音をたてるような鮮やかな青い被弾エフェクトが輝いていた。
僕は八代を射抜いたことよりも、ケガしていないか気になった。
けど、お互いアバターだからケガはしてないことに気づく。ゴーグルに見えるエイトのLPは240のままだった。
そしてベルさんを見ると、僕の方を見てニヤニヤしている。
「よーし、とりあえず成功したみたいね! カツミちゃん、注入型回復薬打ってから戻ってきてー」
僕はその声を聞いて、オート・インジェクターを左腕に突き刺してから、足早に二人の元に戻った。
「やったわね、カツミちゃん。今の感覚、忘れないでね」
「はい!」
一方、八代はオート・インジェクターを腿に打ちながらまくしたてる。
「俺、カツミを撃つことになるとは思わなくて、焦って痛覚無効にするの忘れてた。でもマジで怖かったぞ。見えてないはずなのにあんなところから当ててくるなんて。それに、アイマスク取ったら眼が真っ赤に光ってて、まるでゲームの中の闇夜のモンスターみたいだったぞ」
――八代、ここもゲームの中なんだけど。
「シンクロ率はどうなったの?」
ベルさんが思い出したように聞いてくる。
そうだ、この訓練ってそもそも僕のシンクロ率を上げるためだったんだよね。
八代のLPばかり気にしてて、シンクロ率を見るのを忘れてた。
「えーっとですね……あ、上がってる。32%」
システムメニューに表示されたシンクロ率を見ると、12% ―― その頼りなかった数字――が、32%へと跳ね上がっていた。
「ま、そんなもんね。1分間の地獄で掴めるのは、まだその程度の『真実』よ」
ベルさんはそう言って笑ったが、その瞳には驚きが隠しきれていなかった。
店内に戻り、みんなでコーヒーを飲みながら一息つく。
「……取り戻せない、んですよね。あの『重装核』」
僕は自分の手のひらを見つめた。
「そうよ。インベントリから消えたデータは、二度と引き出せない。でもね、カツミちゃん。あなたの脳に刻まれた32%の感覚だけは、誰にも奪えないわ」
ベルさんの言葉が、暗闇に差した一筋の光のように響いた。
奪われたものは、もう戻らない。
だったら、奪われた以上のものをこの手で掴み取るしかないんだ。
次にあの6人に会ったとき、僕たちはもうただの獲物じゃない。
「それじゃ、今日はここまで。明日の17時、またここでね」
次のダイブが、復讐へのカウントダウンに変わる。
僕たちはシステムメニューを弾き、静かにログアウトを選択した。
次の瞬間、浮遊感とともにホワイトアウトした。
+++
―― 暗い。
VRゴーグルを外すと、夜の帳が下りた自室。
外したはずのアイマスクの名残が、いまだに頬の骨を鈍く押し付けている。
指先に残る、M24の冷たいボルトの感触。
さっきまで32%のシンクロ率で捉えていた「世界のノイズ」は、今はもう、遠くの電車の音に塗り替えられている。
僕はベッドの上で、自分の細い指を見つめた。
この手で、僕は八代を撃った。次は、あのハイエナたちにリベンジをする。
クローゼットの隅に追いやられた臙脂色のリボンが、昨夜満月だった月明かりに照らされていた。




