第28話 不確定な赤眼、あるいは猟犬たちの強襲
暴君を倒し、ポリゴンが消えた跡に輝く『タイラントの重装核』――おそらくドロップ品だとベルさんは言った。
「これで借金返済っす!」
「これ、おいくらゴールド? ひゃっはーー!」
狂喜乱舞するテツさんと八代。
それに反比例するように、僕は急激な倦怠感に襲われる。
そのとき一発の銃声がし、僕とベルさんの間、ほんの数メートルの砂地を抉る。近距離からプレイヤーが撃ってきたんだ。
「私たちが暴君を倒したのを見ていた奴が、ドロップとゴールドを奪う気ね」
ベルさんがバイザーで弾が飛んできた方向を睨む。
「いい仕事するじゃねえか。ベルさんよぉ」
50メートルほど先から声がする。
「なにさ、文句あるの? ザック。私はちゃんとした筋から依頼を受けてるの。あんたに文句言われる筋合いなんてこれっぽっちもないわよ」
聞いたことある声だと思ったら、ログイン初日に絡んできた男だ。ザック……か。覚えておこう。
「そんなこたぁ知ったこっちゃねえよ。ここは無法地帯だぜ? いくら普段世話になってるからって、そんなもんは通用しねえ。さっさとドロップ品をこっちに渡さねえか。それとも銃で片付けようか?」
「望むところって言いたいけど、私たちはそんな暇……」
ドゥフッ、カシャン――
銃声と共にベルさんの言葉が途中で途切れ、僕の隣にいたベルさんが光の粒子へと変わる。
「――!?」
撃たれた。ベルさんが消えた。
その銃声を合図に周囲から一斉に射撃音がする。
僕はとっさに地面に伏せるも、八代の盾は砕かれ、テツさんが蜂の巣にされ二人は消えていく。
「……見えない」
僕はせめてザックに一撃を食らわせようとスコープを覗いても、あの「赤と黒」の世界は戻ってこない。
直後に頭に重い衝撃を受け、目の前が暗転した――。
――気がつくと、セントラルシティのロビーの噴水前広場に立っていた。
周りにはベルさんと、八代、テツさんの三人も。
「くっそー! いきなり撃ってくるなんて卑怯だぞ!」
「借金返済がー!」
「アウトローゾーンだったのに警戒してなかったわね。私のミスよ」
「……なんか……初めて『死』を体験した……」
僕たちはトボトボと裏路地を歩き、重い鉄の扉を開いた。
テツさんが、僕の奪われた『タイラントの重装核』の空いたインベントリ(ドロップ品一覧)を何度も確認しては、泣きそうに顔を歪めている。
カウンター越しにベルさんがコーヒーを出してくれる。珍しくテツさんの椅子も出現させて。
僕はそれに手をつけることもできず、自分の細い指先を見つめる。
あの時、僕の視界は赤くならなかった。
「……僕は一発も撃ち返せなかった」
「悔しい?」
ベルさんがいつになく静かな声で、僕に問いかける。
僕はこくりと頷き、
「悔しいです。あいつらに、僕たちの初仕事を……めちゃくちゃにされた」
「だったら、その眼を『自分の意思』で開けるようになりなさい。システムに選ばれただけじゃなく、あなたがシステムを支配するのよ」
ベルさんはやっぱり僕に何らかの変化があったことを知っている。
「……カツミ、あのとき目が……」
八代が言いかけた言葉を、ベルさんが静かに制した。
「それは後で話すわ。みんな、不協和音のままで終わるか、本物になるか。……選ぶのは、あなたたちよ」
「「「はい!」」」
「まずは、敵を知りましょう。彼らのユニット名はハウンド・ドッグス。
高価な獲物を仕留めたユニットのドロップを横取りすることを生業とする6人組。今日私たちがその目に遭ったようにね。
猟犬というより、ハイエナね。ハウンドドッグに大変失礼な名前」
「なるほど!」
「許せないっす!」
「リーダーは、私たちが最初に出会ったときにカツミちゃんに絡んできた男」
「ザックですね? ベルさんが言ってましたね」
僕は覚えていたのでとっさにその名を口に出す。
「そう。彼のメインアームはM110 SASS。セミオート狙撃銃よ。カツミちゃんと同じ7.62x51mm NATO弾を、トリガーを引くだけで連続して撃てるの」
「だからM24を古臭いって言ったんですね」
「そうなのよね。ま、確かにM24もM40A1も古臭いっちゃ古臭いけどね」
ちょっと悔しそうなベルさん。
でも、ボルトアクションにこだわる気持ちは僕も同じになってきている。
奪われた『タイラントの重装核』、失ったゴールド。
そして、なによりも踏みにじられた僕たちの「初仕事」
ボルトを引く右手の指先が、怒りで小さく震えていた。
次は、外さない。
ザックのM110が火を噴く前に、僕のM24であの不遜な笑いごと撃ち抜いてやる。




