第27話 十八メートルの決死圏、あるいは金髪赤目の死神
今日の狩場は、テツさんを拾った草原のさらに奥にあるエリア『砂海の監獄』と呼ばれる場所。
地名からして、生身だったら上からも地面からもジリジリと焼かれるような所なんだろう。
そういえば「汗」をかいた記憶がない。それはそうだろうな。データだし……などと考えながら、一歩一歩、砂の丘を登ったり降ったりすること数十分。
「目撃情報は、この辺りなんだけどー」
ベルさんはバイザーで周囲を警戒する――。
ベルさんも正確な場所は依頼人だか何かの組織からは、聞いていないらしい。この人、一体どんな情報網を持ってるんだろう……。
まあ、武器と弾薬と修理だけじゃ儲からないから、こうしてクエストをこなしている――ということだけはわかる。
「ん!? 400メートル、方位角0……N付近に熱源! お出ましよ!」
僕もその付近をスコープで注視すると砂煙が上がり、映像で見た黒光りの鎧甲ムカデ――『砂海の暴君』が地上に姿を現したかと思うと、すぐさま砂に潜る。そしてまた姿を現す……。
「移動速度は、時速30から40キロくらいね――想定より早い! すぐ会敵するわ。みんな位置について! 迎撃開始まで、あと40秒!」
地響きが激化し、ターゲットが砂に潜り、そして潜行からの急浮上。
ベルさんがホロ・タブレットをスワイプし、僕たちの視界に戦闘配置図を共有表示させた。
「カツミちゃんの射線を基準軸0度とするわよ。
エイトは囮として同じく0度、標的に対して距離5まで接近。
テツは支援火力として右45度、距離50から脚部を集中攻撃。散開!」
ベルさんはスポッターとして、僕の左後方に陣取る。
号令と共に、八代が正面へ突き進む。僕の真正面、13メートルにまで迫ってきた暴君の鼻先わずか5メートルでM16A4の3点バーストを叩き込み、盾で初撃をいなす。
一方テツさんは、巨体に似合わぬ速度で右側へ回り込んでいた。
僕から見て右45度の方向。50メートル先の砂丘の頂。そこから暴君の側面へ集中攻撃を開始し、脚部を削り取る。
――とはいっても、その弾幕はどこか慎重だ。全弾を吐き出せば数秒で弾切れになる。彼は残弾を計算しながら、確実に暴君の機動力を奪っていた。
僕はその場に伏せる。距離はもう25メートルにまで迫っている。
「早すぎるわ! もうスコープは役に立たない――補正指示が間に合わないっっっ!」
ベルさんの声が聞こえてくるけど、僕はM24のストックを肩に食い込ませ、スコープのレティクルに集中する――。
暴君の巨大な顎が、エイトの頭上で静止したように見えた。
距離18メートル。スコープの中は、口腔内の生々しい粘膜だけで埋め尽くされている。
通常なら、ここで狙撃手の仕事は終わりだ。逃げるか、喰われるか。
だが、僕は逃げない。
スナイパーにとって、18メートルは近すぎてスコープが使えないパニックゾーンだ。そこをあえてスコープで覗き、敵の口の中の粘膜や喉の奥まで視認する。
――耳鳴りのような電子音がまた、脳裏に響く。
『Verification. Unusual behavioral patterns of individual "A-Katsumi" confirmed』(検証。個体「A-Katsumi」の異常な行動パターンを確認)
『Authorization. Intervention by Administrator "0" granted』(承認。管理者「0」による介入を許可)
『Rare Skill "Sense Synchronicity" All conditions cleared』(レアスキル「センス・シンクロニシティ」全条件クリア)
左方向からの砂嵐に髪が激しくなびく。けれど僕はターゲットの最深部をロックする。至近距離だから補正は不要だ。
「……見える」
その瞬間、視界から色が消え、世界が「赤と黒」の単彩と静寂に包まれた。
暴君の喉の奥。炸裂弾が、そこに吸い込まれる未来が「意味のある偶然(共時性)」として、僕の網膜に焼き付いた。
システムが「不可能」と断じた至近距離で、僕は炸裂弾に、僕の命の全てを乗せて解き放った。
――そのあとの事はあまり記憶にない。八代が、呆然と僕の目を見つめていた気がする。
ただ、引き金を引いた瞬間に世界から一切の音が消え、凄まじい「一瞬の静寂」が訪れたことだけを覚えている。
直後、暴君の巨躯が内側から膨れ上がり、装甲の隙間から眩い光が漏れ出したかと思うと、砂漠を揺らす大爆発と共に、山のような巨体がポリゴンへと分解されていった。
「ふぅっ……」
熱を帯びた吐息が漏れ、肺に灼熱の砂の匂いが入り込む。
その瞬間、モノクロームの世界が元の荒れた砂地の静かな色彩へと溶け落ちていった。
気がつけば、モンスターは霧散し、僕の目の前には興奮した顔の二人が走り寄ってくるところだった。
「カツミ! お前、今のは……!」
「カツミさん! すごすぎるっす! でも俺、190発も撃っちゃったっすよぉ……!」
「カツミちゃん……」
ベルさんの、何かに気づいたような、あるいは僕の正体を透かし見るようなつぶやきが、砂塵の中に溶けていった。
出席簿の中にだけ存在する、女子の幽霊なんかじゃない。僕は、確かにこの場所で、彼らと共に生き、引き金を引いたんだ。




