第26話 不協和音の初仕事、あるいは残弾ゼロの恐怖
クラスの『出席簿』から逃げるように、僕はVRギアのログインボタンを押した。
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『System Login. Identity confirmed: A-Katsumi. Welcome back to Central City』
もう聞き慣れたシステム音声。僕は何だか「家」に帰ってきたような錯覚を覚える。
セントラルシティの喧騒。
壁の内側では一切の武器が使用できないのに、アサルトライフルを肩に担いで闊歩する人。今度はどの獲物を手に入れようかと相談する人たち。
酔っ払いはしないのに、ビールだかなんだかわからないけど、ジョッキを腕に絡めて飲む人たち。
転送地点から路地裏を抜け、重い鉄の扉を開ける。
思わず『ただいま』と言いそうになるのを抑え、「こんばんは……」と店内に入る。
「来たわね。あれ、カツミちゃん今日なんだか元気なさそうね」
ベルさんがホロ・タブレットから目を離して言った。
「え……あ、いや。ちょっと、現実で色々あって……」
僕が言い淀むと、カウンターにいる八代が「ま、色々とな」と短く応じる。
それから現実での『出席簿の女子の幽霊』という秘密を共有している者同士の、少しだけ重たく、けれど力強い言葉をかけてくれる。
「カツミ。待ってたぜ」
「……あ、あの! カツミさん、エイトさん! 俺、準備できてます!」
店の隅で、巨大なM249を抱えたテツさんが、大型犬のように尻尾を振らんばかりの勢いで立ち上がった。
「今日こそ、俺のミニミで借金返済の足しに……!」
「あんたはまず、トリガーハッピーを治しなさい。……さあ、全員揃ったわね。四人揃った初仕事。ターゲットは――砂海の暴君。ミドル級の皮を被った、実質ラージ級の難敵よ」
「あのー、実質ラージ級なのはわかりましたけど……」
「うん。デザート・タイラントってなんすか?」
ベルさんがホロ・タブレットをこちらへ向け、ニッと笑う。
画面に映し出されたのは、砂塵が舞う荒野の奥深く――『砂海の監獄』と呼ばれるエリアだった。
そこに巣食っている難敵は、体長十数メートルを超える巨大な化け物だった。例えるなら、「鎧甲ムカデ」。
サンドワームのように砂に潜るが、決定的な違いはその全身を覆う重戦車の装甲板のような外殻だ。
「ミドル級の皮を被った、実質ラージ級の難敵……特に、その背中の装甲は、カツミちゃんの7.62ミリ弾でも跳ね返されるわ」
「えっ、僕の弾でも?」
思わず息をのむ。
あんなに強力だった7.62ミリ弾でも通じないのか。
「だからこそ、連携が必要なのよ。
テツ、あなたのミニミで、あいつの脚部を集中攻撃して装甲の隙間をこじ開けなさい。機動力を奪い、姿勢を崩させるの。『面』の攻撃ね。
エイトは至近距離でヘイトを稼いで、隙を作る。敵の怒りを買い、攻撃を誘発させて『口』を開けさせる。
そこをカツミちゃんが唯一の『生身』――口腔内への精密射撃で内部を破壊する作戦よ」
ベルさんが、ニヤリと笑ってテツさんを指差した。
「ただし、テツ。今回の使用弾数は……そうね、200発以内よ」
「に、200発!? 1マガジン分じゃないっすか! 1分も持たねえ!」
テツさんが白目を剥いて叫ぶ。分速800発のミニミにとって、200発制限は「トリガーを一瞬引くだけで終わり」という死刑宣告に等しい。
「1発0.1ゴールド。100円玉をバラ撒く贅沢は、借金を返してからにしなさい。一発でも超えたら、報酬は没収よ?」
「ひ、ひえぇ……一発が……重い、指が重いっす……」
テツさんが震える指でミニミのトリガーガードを握りしめる。
「あ、そうだ。俺たちのユニット名ってまだ決めてないよな」
と八代が思い出したように言う。
「だって俺たちの初仕事だろ? ユニット名くらいなきゃかっこわるいじゃん」
「そうね……腕力だけはあるけど、一瞬で弾を溶かす『金欠の重装兵』に、
守ることに必死すぎて自分を疎かにする、『お節介な盾』と、
腕は確かだけど、どこか消えてしまいそうな『凪の死神』……。
バラバラな三人だから、『不協和音』なんてどう?」
「あー、一人足んないな。不協和音を操る、謎の鬼教官な!」
「「「あはははは!」」」
「だ、誰が鬼教官よ!!」
こうして僕たちのユニット名は『不協和音』に決まる。
「不協和音の重装兵、やってやるっす!」と早くもテツさんの鼻息は荒い。
僕は、『出席簿の女子の幽霊』を忘れるために。一発の7.62ミリ弾の重みを、この『不協和音』の初仕事に懸けるために。
「行きましょう。僕たちの、初仕事へ」
僕はみんなを見回して言い放った。




