第25話 十七日目の空白、あるいは男子名簿の欠席者
VRギアを外すと、10月の横浜の夜はもう真っ暗だった。
9月の連休中に身体が女の子になってしまった日から、僕は学校へ行くのをやめた。
窓の外、遠くのガードを通過する横浜線の音だけが聞こえる静かな部屋で、僕はスマートフォンを手に取る。
スマホで学院ポータルを開くと、11月の予定が更新されていた。
待降節ツリー点灯式、感謝祭礼拝……そして研修旅行。
――去年は男子の制服を着て、八代とアドベントツリーの点灯を見ていたのに。
今年の僕は、その光を画面越しに眺めることしかできないんだ。
そっか、もうそんな時期なんだな。
お腹空いたから夕ご飯を食べに……と思っていると、八代からのチャットが点滅する。
『研修旅行の「しおり」がポータルにアップされた。おまえと行きたかったな』
「行けるわけないだろ、こんな身体で……」
僕は独り言をこぼし、液晶の白い光を反射する自分の細い指先を見つめた。
あの日から、もう17日も経ったんだ。
たったの17日間で、僕の居場所は「教室」から『永遠の午後二時』へと移り変わってしまったんだ。
10月11日
三時間目のオンライン授業中に八代からチャットが入る。
『お前のクラスの出席簿の女子のところに「安藤かつみ」って、お前の名前が載ってる。学校側が書き換えたの知ってるか?』
え? 何それ? 僕のことは中学卒業までは「男子」のままにするって言ってたのに――。
出席簿の中にだけ存在する……まるで女子の幽霊。僕は、誰なんだ?
昼休みを待って、スマホの通話ボタンを押し、僕は震える声で尋ねる。
「八代、なんで僕が女子の出席簿に載ってるって、わかったの?」
『ああ。今日、安藤のクラス担任に呼び出されてさ、「安藤の様子を、たまにでいいから見てやってくれ。家が隣同士だろ」って、教員用のタブレットをわざわざ見せられた。女子のところに、お前の名前が載ってたんだ』
八代の声が、静かな部屋に響く。
通話越しに、僕は「女子化した自分」を、嫌というほど再認識させられた。
『担任、俺に安藤を頼むって言ってた。高校から女子としてやり直す準備、学校側はもう進めてるみたいだ』
「そっか……八代にまで、そんな重荷を」
現実の世界は、僕を「女の子」として受け入れる準備を僕の意思とは無関係に、事務的に進めている。
それが怖くて、でも八代という「守護者」をあてがわれたことに救われている自分もいて、そんな自分がまた、ひどく卑怯に思えた。
僕はスマートフォンを置き、VRギアを見つめた。
現実の僕が、誰にも知られず出席簿の中にだけ存在する、女子の幽霊だというのなら。
せめてあの世界にいる間だけは、僕は「僕」でいたかった。
秋の夕闇が、僕を置き去りにしたまま静かに迫っていた。




