第20話 師妹、あるいは狙撃手の覚悟
ホワイトアウトする視界。
現実の重力がふっと消える。
『System Login. Identity confirmed: A-Katsumi. Welcome back to Central City』
耳に心地よいシステム音声。
目を開けると、そこはもう学習机の前ではない。
いつもと変わらない『午後二時』の、突き抜けるような青空が広がっていた。
影の落ち方ひとつ変わらない、永遠の午後の光。
転送ロビーから、火薬とオイルの匂いが漂うベルさんの店へ急ぐ。
「よお、あ……じゃなくて、カツミ。待ってたぜ!」
一足先にログインしていたエイトが、カウンターの椅子で僕を待っていた。
隣には、完成したばかりの重厚な鉄灰色の布地をカウンターに置いたベルさんが、自慢げに立っている。
「……間に合ったわよ。あなただけの、特別な一枚がね」
ベルさんがカウンターに広げたのは、周囲の光を吸い込み、輪郭を曖昧にする、鉄灰色のフード付きポンチョだった。
僕は震える手で、そのしなやかな感触の布地でできたポンチョを受け取る。
ベルさんが用意していた姿見に自分の姿を映す。現実世界ではたぶん絶対にしないな、と思いながら。
7キロのM24をスリングで背負い、ポンチョを羽織る。そしてフードを深く被る。
金髪が隠れる、気にしていた女の子の身体を完全に覆い隠す。
鏡の中の僕は完全に「死神」へと変貌していた。
「カツミちゃんの身体パラメータちょっと借りて、徹夜してつくったのよ――うん、似合ってるわよ、カツミちゃん。それなら、もう誰にもあなたの正体は暴けないわ」
ベルさんが満足げに、僕の肩をポンと叩く。
「あとは、実戦レベルの話なんだけど。カツミちゃんは鬼軍曹から戦闘支援ってUIがあるのを教えてもらってなかったって、エイトから聞いたけど、いまは知ってるわよね?」
僕は八代に聞いたのと、ゲームホームページで読んだ知識で覚えている範囲で答える。
「はい。システムが弾道の自動計算をしてくれるんですよね。たしか、アシスト・マーカーっていって、ゴーグル内に、弾道予測線、着弾予測範囲が見えるっていう」
「せーかい。じゃ、なんで使わないの?」
僕はその問いに、少し伏し目がちに思っていることを答える。
「……ベルさん。それ、すごく便利そうですけど……スナイパーとしては、自分の感覚で撃ちたいんです。システムに『当てさせてもらう』んじゃなくて」
ベルさんは驚いたように目を見開き、すぐにニッと笑みを浮かべる。
「ふふっ、合格。私も同意見よ。機械に頼り切った狙撃なんて、ただの作業だもの」
そのプロ意識に打たれた僕は迷わずに、居住まいを正しながら言う。
「ベルさん……師匠と呼ばせてください! 僕と師弟関係に!」
間髪入れずに八代が横から口を出す。
「おいカツミ、それなら師妹だろ。性別逆だろ」
「あ……」と赤くなるけど、
「師匠と弟子なんだから、師弟だって師妹だっておんなじ『師弟』じゃんか!」と言い返す。
ベルさんはそんな僕らを見て、ニヤニヤしながら話を続ける。
「いいわよ、その意気。なら詳しいことは後で……って言いたいけど、補正を使わないならスナイパーに必須の『弾道学』を叩き込まないとね。覚悟しなさい?」
「はい!」
「……ま、俺は普通に支援UI使うけどな。便利だし」
八代の軽い一言で、店内に少し和やかな空気が流れる。
こうしてベルさん……いや、師匠は僕たちのユニットに加わった――。
途端に弾道学の授業? が始まる。
「少なくともこれだけは頭に叩き込んでおいて。1ミルは1000メートル先で1メートル。昨日、423メートル先のミドル級を撃ったとき、私は『2ミル、銃口を上へずらして』って言ったでしょ? この場合は、423割る1000かける2で、0.846メートル。つまり約84センチ着弾点を上にずらして、重力の影響で弾が落ちるのを補正したということ」
「なるほど! 理科の先生の授業より、全然分かりやすいです!」
「あー俺にはさっぱりだー」
「なら、早速実践しなきゃね。頭ではなく身体で覚える。さあ、エイト! カツミ! 次の獲物を探しに行くわよ!」
僕は、現実世界の夕闇を脱ぎ捨てて、永遠の『午後二時』――この「終わらない午後」の死神になったんだ。




