第19話 夕闇を脱ぎ捨てて、死神の目覚め
ヘッドセットを外し、しばらくぼーっとする。
何時かな? と、スマホを見ると昨日と同じような時刻、19時過ぎ。
やっぱりダイブは2時間が限度かな。
普通のゲームと違って、コントローラーを使わないから眼や指、手が痛くはならないけど、なんか頭というか『脳』をフルに回転させてるからか、疲労感が半端ない。
今日でまだ、2回しかダイブしてないのに、なんだかいろいろありすぎた。
ハンティングをして獲物を倒した。スモール2匹に、ミドル級1匹。それもたぶん上位種。
めちゃくちゃランクもステータスも上がったし、ゴールドも貯まった。
けど、ほとんどはベルさんの加工賃になっちゃうけど、初期装備を決めるときに手に入らなかったポンチョを装備できる!
八代は自分ではアタッカーだと言ってたけど、なんだか盾になり切るつもりみたい。
それに、ベルさんから「まさにナイトって感じ」って言われてちょっと嬉しそうだったし……。
――ベルさんといえば、ログアウト前に一瞬見せた困った表情。
学校のこと、聞いちゃいけなかったかな……僕だって学校には行けてないし、現実世界のことを聞いちゃダメだったな。
明日謝る? でも謝ったりしたら、かえって失礼かもしれない。明日は黙ってポンチョを受け取ろう。
僕はベッドから飛び起きて、母さんが夕飯を作って待ってくれているキッチンに向かった。食後には、今日はちゃんと髪、洗わなくっちゃ。
普段は鏡を見るのを避けてたけど、気がつくとお風呂場の鏡の前で、ふと自分の顔とゲーム世界の「カツミ」を重ね合わせていた。
現実世界の僕は黒髪ロングヘアに、少し眠たげな榛色の瞳。
あっちの世界のカツミは金髪で、獲物を射抜くような鋭い目つきの碧眼。
どっちも僕だけど、どちらも本当の僕じゃない気がする。
いつになったら、僕は僕になれるんだろう――。
10月10日
パソコンの画面越しに流れる、理科教諭の単調な声。
「速さと運動」についてのページだ。物体の移動距離と時間の関係……あ、これ弾丸の軌道に使えるかも。
そう思った瞬間、単調だった教師の声が、急に意味のある音に聞こえ、真面目に聞こうと思い始めた。
もともと勉強は嫌いではなく成績もいいんだけど、こういった実践に役立ちそうな知識は面白いほど頭に入ってくる。
一方、僕の部屋には現実の重力と、停滞した時間だけが満ちている。
あっちの世界だと僕の身体は7キロも軽い。
なんか重力に負けてしまいそうだ。レティクルの目盛を何本分上にずらせばいいんだろう。
そんなことを思っているとき、画面の端でメッセージアプリの通知が小さく跳ねた。
『八代:昨日のDEX振り、正解だったと思う。俺、さっきネットで調べたんだけどさ』
授業に見入ってたけど、内容が内容だったので、僕はキーボードを叩く。
『安藤:授業中だろ? 調べたって、何を?』
『八代:M24の有効射程だよ。お前のAPとあの弾。それにDEXがあれば、次は500……いや、600メートルもいけるんじゃねーかって』
600メートル?
教科書の数式よりも、その具体的な「数字」の方がいまの僕にはずっと現実味を持って響いた。
『八代:あ、それから俺さ、プロテイン飲み始めた。防御のために筋肉つけなきゃな』
『安藤:なにそれ? あっちのステータスとは関係ないでしょ』
『八代:そらそーだ』
などと他愛もない会話のあと、チャットを終える。
『安藤:じゃ、17時にいつもの場所で』と。
授業が終わるのは、15時半。
放課後。八代はこれから小一時間かけて帰宅し、家の手伝いか何かを済ませてからダイブするだろうな。
なら僕は――オンライン授業からログアウトし、16時半までには宿題を終わらせよう。
『17時、いつもの場所で』
それが僕たちの、新しい「放課後」の約束だ。
16時55分。借り物のVRギアを被り、ヘッドセットのログインボタンを押した。




