第16話 コンマゼロ三秒の正解
ベルさんが全てわかったと言わんばかりに宣言する。
「さて。いまの二射で、私の『死神の指』がいつ炸裂するか、タイミングは完璧に把握したわ」
「「え?」」
ベルさんは、まだ熱の残る僕の銃身を愛おしそうに撫でながら続けた。
この人、本当に銃が好きなんだな……というか、好きすぎじゃない?
「着弾から0.3秒。弾丸が獲物の深部に食い込んだその瞬間に、中の炸薬が解放される。……スモール級じゃ、この子の本当の力は測りきれないわ。次はそう、ミドル級よ。本物の装甲を持った標的を、その一発で内部からブチ抜いてもらうわ」
ベルさんの容赦ない言葉――。
「げっ、ミドルかよ!」と八代が悲鳴を上げる。
僕は僕で、ミドル級なんてたしかAP400から 800じゃないと歯が立たないって昨日、装弾中にベルさんから聞いた気がするぞ。
「ミドル級はAP450の僕じゃ無理じゃないかと思うんですけど……」
けれど、ベルさんはそれを無視してヘルメットの横に付いたバイザーをカチリと下げ、内蔵ディスプレイを見ながら言う。
「方位角150、距離約400。巨大な岩の影よ……いたわ」
そう言いながら、ビシッと巨大な岩が転がる枯れ沢の方向を指差した。
「えっ、どこですか!? マップにもゴーグルにも何も映ってないのに……」
八代がシステムメニュー画面を空中で操作しながら焦った声を出す。
「マップやゴーグルなんてアテにするんじゃないわよ。私のこれは、あなたたちの安物とは『見える光』の種類が違うの。いい? あそこの岩陰……周囲の岩とはわずかに『色』が違う場所があるわ。それが奴が発する体温よ。 周囲の空気をわずかに歪ませるほどの熱――それが、獲物がそこに生きている証拠よ」
「……体温」
「熱源センサー付きなんだ」
ベルさんの言葉に従い、僕は必死に身体をいままでの反対方向に向きなおす。
ゴーグル越しに『COMPASS:150(SE)』の方向に向け、覗き込む。
423メートル先。方位角152の陽炎が揺れる視界の中で、一瞬、小型トラックのような影が動いた。
ただの岩だと思っていたものが、ゆっくりと頭をもたげる。
「……いた。……デカい。423メートル、方位角152です」
マップには表示されない、生身の殺気。
それが、僕がこれからコンマゼロ3秒の正解を叩き込む相手だ。
「今回も幸い無風ね。カツミちゃん、あなたラッキーガールね! スコープの倍率を最大まで上げて」
ラッキーガール? ま、いっか。
ベルさんの指示で、僕はM24のスコープの上部にあるダイヤルを指先で回した。
視界がぐらりと揺れ3倍だった視野が、10倍まで引き上げられた世界が眼前に迫る。
423メートル先。岩に擬態していたミドル級の、ゴツゴツとした皮膚の質感が嫌なほど鮮明に映し出された。
「おー。でも、倍率を上げたら陽炎で標的がゆらゆら揺れて、的が絞れません」
400メートルを超えたスコープの中の世界は、地面の熱で空気が歪み、揺らいでる。おまけに、自分の心臓の鼓動に合わせて、十字線がピョコピョコと跳ねて定まらない。
「焦らないで。重力だけを計算に入れるのよ」
そうか、無風だと弾丸は直進する。重力に引っ張られて、遠ければ遠いほど下に落ちるけれど、真っ直ぐに。
けれど風があると上下左右どこにでも流される。そういうことか! だから僕はラッキーガールなんだ。って、元男子なんだけど、ベルさんは知らないからいいか。
「400を超えれば、重力が牙を剥くわ。ターゲットの心臓を射抜くなら、レティクルの線2本分――つまり2ミル、銃口を上へずらして。重力に引かれて落ちる弾丸が、あいつの胸板を食い破る軌道をイメージするの。細かいことはあとで説明するから」
ベルさんの指示に従い、僕は銃口をわずかに持ち上げた。
十字線の中心を獲物の頭よりさらに上、何もない空間へと置く。
中心から2本下の目盛りに、ミドル級の巨大な胸部が重なった。とにかく胸にあたればなんとかなるだろう。
「……ふぅ」
引き金を引いてから、弾丸が届くまでに約0.55秒。
そして着弾から、炸裂までが0.3秒。
胸のところになんか見える気がするけどいいか……。
5発全部真ん中に当てた「凪いだ」のと同じ瞬間を待って、僕は意識のすべてを指先に預け引き金をゆっくりと絞った。
ドォォォォンッ!
聞き慣れた爆音。
僕は反動で肩を大きく弾かれ、スコープから眼を離してしまった。
一瞬の空白。
0.55秒の滞空時間。
弾丸がミドル級の分厚い外皮を食い破るグチャリという鈍い音。
そしてその直後、0.3秒の沈黙を置いて――世界を揺らすような二次爆発が起きた……気がした。
「……おい、あんなデカいのが一発かよ」
八代の声で、スコープをあわてて覗きなおす。
けれど、423メートル先のレンズの向こうには、陽炎が揺れる砂地が広がっているだけだった。
「あれ? いない。逃げられたの?」
呆気にとられている僕の肩をベルさんがガクガクと激しく揺さぶった。
しまいには抱きついてくる。
「やったわね! カツミ! 最高! Amazing! Wonderful! Beautiful!」
「あ、ベルさん。痛い、苦しいです。僕、あの小型トラックみたいなのを倒せたんですか?」
「倒したどころじゃないわ! あなた、『コア』に直撃して消失させたのよ!」
興奮で頬を紅潮させたベルさんが、まくしたてるように説明を続ける。
「カツミちゃんの放った弾丸は、それはもう綺麗な放物線を描いて獲物目がけて飛んでいったのよ。胸をぶち破って内部で炸裂しただけなら、あんな巨体、肉の塊として転がるのが関の山よ。
でも、いまの爆発は奴の核に、直接炸裂弾を叩き込んだ証拠! 内部で誘爆を起こして、文字どおり消し飛ばしたのよ!」
そっか……。
僕は痺れた右肩をさすりながら、もうだいぶ慣れた一連の動作で薬室を空にする。
シャコンッ!
キンッ。
乾いた金属音が、熱を帯びた砂の上に転がる。
1発100円の弾丸が、自分より何倍も巨大な怪物を消滅させた。その事実が、遅れて心臓の鼓動を速めていった。




