第15話 死神の指、四分の一秒の消失
「さて、次はカツミちゃんの番よ」
ベルさんの視線が、僕を射抜く。
「はい。……いきます」
僕は意を決して、アイテムストレージから『鉄の棒』を実体化させる。
次の瞬間、腕の中にズシリとした、懐かしくも恐ろしい重みが戻ってきた。
――ここからが、僕の『初陣』だ。
「……っ」
あまりの重さに重心を奪われ、膝が一瞬折れそうになる。
岩に背を預け、震える手でマガジンを取り出した。昨夜、ベルさんの店で一発ずつ丁寧に込めた『死神の指』が詰まっている。
マガジンを銃の底に叩き込み、右手をボルトハンドルにかけた。
ボルトを後方へ引き、1発100円の弾丸を覗かせる。そのまま一気に前方へ押し込み、ハンドルを倒した。
ガチャン――。
冷たく、重い金属音が僕の耳を打つ。これで薬室に死神の指が送り込まれた。
「方位角298、距離220。同じ型のスモール級が2匹、こっちを見てるわよ。さっきのエイトの銃声で気づかれたわね」
「……ふぅ」
僕は岩にバイポッドを固定し、地面に這いつくばるようにして伏せた。
現実の僕なら絶対にしない格好。けれど、この『39キロの身体』は驚くほど柔軟に地面に馴染む。
ゴーグル越しにスコープを『COMPASS:298(NW)』の方向に向け、覗き込む。
ベルさんの説明によると、このM24には標準システムの10倍固定スコープではなく、カスタムモデルの3から10倍の可変倍率スコープが装着されている。
「……いた」
220メートル先。
八代が撃ったのより少し大きい2匹のスモール級が、仲間の死に気づいてこちらの様子を窺っている。
ベルさんの指示に従い、僕は倍率を3倍に合わせた。
スコープの中、220メートル先に佇む獲物は、目盛りにして4本分ほどの大きさでくっきりと映し出されている。
そのうちの1匹に狙いを定める。
「一発……絶対に外さない」
鬼軍曹から受けた「全弾命中」の感覚が、指先に熱を持って残っていた。
1発100円。その重みが指先からトリガーに伝わる。
すべてを吐き出すように、僕はゆっくりと息を吐いた。
レティクルの中央がモンスターの胸元で止まる。
いまだ。
指先に少しずつ力を込める――。
――ッドォォォォォンッ!
キィィィィィン――M24が、咆哮を上げた。
八代のM16とは比較にならない、雷が落ちたような衝撃が右肩を突き抜ける。
引き金を引いた、わずか0.25秒後。
スコープ越しに、モンスターの姿が消失するのが見える。
そこに、さっきまでいたはずのモンスターの姿はなかった。
まるで最初から存在していなかったかのように消滅している。
「なっ……!?」
隣で構えていた八代が、素っ頓狂な声を上げた。
「……消えた?」
血しぶきさえ出ない――着弾した瞬間、ベルさんの『死神の指』が内側から炸裂し、スモール級の身体を瞬時にポリゴン状の塵へと分解した。
後には、周囲の砂が円状に吹き飛ばされ、一瞬だけ陽炎のような熱気が立ち上っているだけだった。
「なっ……なんだよ、いまの!?」
「嘘でしょ。オーバーキルもいいとこね……消失しちゃったわ!」
八代とベルさんの呆れたような声が響く中、僕はまだ消滅した1匹目の残像をスコープで凝視していた。
視野の端で土煙が激しく舞い上がった。
「……あ、もう1匹が!」
相方の消失にパニックを起こしたのか、もう1匹が狂ったようにこちらへ突進してきた。
距離、200メートルを切る。
八代がハッと我に返り、盾を構えた。
「カツミ、次だ! 次を込めろ!」
僕は痺れる右肩を無視して、熱を帯びたボルトハンドルを後方へ引き抜いた。
シャコンッ!
空薬莢が飛び出し、キンッと地面に落ちる。
すぐに右手を前方へ叩き込み、次弾――二発目の『死神の指』を薬室に送り込む。
スコープを覗き直す。
レティクルの中で、牙を剥いたスモール級の貌がどんどん大きくなっていく。120メートル。
トリガーに指をかけたそのとき、背後からベルさんの鋭い声が飛んだ。
「待ちなさい! まだよ、もっと引き付けなさい!」
「えっ……!?」
「カツミちゃんの銃は単発なのよ! 外したら次はないわ。確実に仕留められる距離まで、獲物を引きつけなさい!」
ベルさんの指示は絶対だ。
僕は指を止め、スコープ越しに迫りくる「敵」を見据えた。
100、80――。
「ベルさーん! 来るー!」
八代が悲鳴のような声を上げる。
60、50――。
唸り声が聞こえる、肉眼でもその貌が見える距離。
ターゲットは速度を落とさず、八代に向かって一直線に突き進んでくる。
「もう目の前だー! 当たるっ!」
悲鳴を上げ、盾を顔の前に掲げて身を縮めた。
30、20――。
標的が地面を強く蹴り、八代の頭上を越えようと大きく跳躍した。
その放物線を追うように銃身を跳ね上げ、レティクルを固定する。標的の胸元がスコープの視界一杯に広がる。
「いまっ!」
ベルさんの囁きと重なるように、僕は一気に引き金を絞った。
ドォォォォンッ!!
至近距離での咆哮。
放たれた一撃は、空中で身を躍らせたモンスターの胸部を正確に貫いた。
0.1秒も経たぬうちに『死神の指』が内部で炸裂し、モンスターは悲鳴を上げることもなく、空中でポリゴン状の塵へと霧散した。
その下で盾を掲げた姿勢のまま固まった八代がつぶやく。
「死ぬかと思った……」
「……ふぅ、はぁ……っ」
僕は銃を構えたまま、荒い息を吐いた。
「合格。よく耐えたわね、カツミちゃん」
ベルさんが満足げに、僕の肩を軽く叩いた。
「少し休んでて。チェックするわ。あ、薬莢拾っておいて……熱いから気をつけて」
そう言いながら、手慣れた手つきで僕のM24のボルトを引き抜いた。
そのまま銃口を空に向け、機関部側から銃身の中を覗き込む。
「……いい熱ね。ライフリングの焼き付きも、異常な摩耗もない。中古の割には、この『鉄の棒』、いい根性してるわ。あと2000発撃っても大丈夫そうね」
ベルさんは満足げに目を細めると、カチリとボルトを戻した。
その瞳には、単なる武器屋の店主としてではない、同じスナイパーとしての鋭い光が宿っている。




