第14話 十ゴールドの盾と、二つのレミントン
店を出て、12番ゲートへと続く大通りを3人で歩き出す。
「ベルさんってこの辺じゃ有名人なんですか? 昨日の怖そうな人たちを追い払うなんて――」
僕がちょっと気になっていたことを口にすると、ベルさんは歩調を緩めずに、ふっと口角を上げた。
「あー、そうかもね。リリース1ヶ月目くらいからプレイしてるし。武器屋だから顔も利く。そしてこれでも古参スナイパーよ?」
そう言って誇らしげに笑う。
「あ! だから俺には塩対応なのか……」
「塩対応したつもりはないんだけどなー。私、前衛のことは分かんないからさ」
八代がぼやくのをベルさんは軽く受け流す。
「なるほど……。あ、リアルのことを聞くのは御法度ですけど、日本語上手ですよね。英語には『ちゃん』の表現はないから、気になって」
八代の指摘に、ベルさんは「あはは!」と笑った。
「そう。日本生まれの日本育ち。でも両親はアメリカ出身だから普段は英語。……それ以上はまだ秘密よ!」
うん、そうだよね。誰にだって秘密はあるし……。
「へえ、自動翻訳かと思ってた。エイト、よく気がついたね」
「まあ、『ちゃん付け』がないのをちょっと知ってたし、タイムラグも全然なかったからな」
少し自慢げな八代。
けど、僕は違うことを考えていた。
そうだ、聞いておくことがあった。
「古参スナイパーとして、ベルさんは拳銃以外には何を主に使ってるんですか?」
これよ。と、H&K MP5K――クルツを実体化させる。
「スナイパーがバックアップとして持つサブマシンガンの王道よ」
あとはーと、職人気質のベルさんらしく、いろいろ話してくれる。「射程距離は200メートルだけど、狙撃の邪魔にならない小ささ――スリングで肩から吊るして上着の下に隠せるし、いざという時の圧倒的な命中精度。拳銃と同じ理由だけど信頼性の高さね」
「ありがとうございます。もう一ついいですか?」
「何なに? なんか今日は質問攻めだなー。いいわよー」
と、クルツをストレージに戻す。
「ベルさんが使ってた狙撃銃はなんですか?」
「んーそうきたかー」
よいしょっと、僕のM24とよく似た狙撃銃を実体化させる。
「あれ、それって僕の銃にすごい似てるけど、ちょっと違います。なんかちょっとだけ、長い……」
「さすがカツミちゃん、よく見てるわね。この銃はね、レミントン M40A1。M24の兄貴分みたいなものね」
「兄貴分?」
「二つともレミントンM700っていう、ボルトアクション方式のライフル銃をベースに作られてるの。M24はレミントン社が作ったものをアメリカ陸軍が制式採用。M40は海兵隊が独自に組み上げた物なの」
「だから似ているんですね!」
「そうなの。だからカツミちゃんのM24が気になって気になってー」
「あ、あははは」
「なんか、二人で盛り上がってますけどー。あそこに見えるのがゲートですかー?」
八代は完全に蚊帳の外になり、不機嫌そうにわざとらしい棒読みで指を差した。
「あ、ごめん。そうそう、あれがゲート……エイトのM16A4だって、M40と同じ海兵隊の制式採用なのよ」
「あーそうですかー」
話をしている間に、電磁ゲートに到着する。
見上げるほどの高さの防壁と、鉄の牙を剥くような巨大な扉が、僕たちの前にそびえ立っていた。
「行くわよ。武器はまだ実体化させないこと。いいわね?」
ベルさんの指示に、僕と八代は無言で頷く。
『Warning: Entering PvP Area』(警告:ここからは対人戦闘が許可されるエリアです)
ゲートをくぐった瞬間、PvPエリアに入ったことを告げる音声が響いた。
お互いのタグが青から穏やかな『緑』へと変わるのが見えた。
ゲートの先には、乾燥した風が吹き抜ける荒野が広がっていた。
はるか遠くの銃声が風に乗って聞こえてくる。時たま曳光弾が描く光の軌跡が走るのが見える。けれど、僕たちの周囲だけは、不気味なほど静かだった。
「……ねえ、ベルさん。本当に撃たれないんですか? 僕たち、丸腰ですよ」
「うん……そうだよな」
「大丈夫よ。いまの私たちを撃てば、相手は即座に『黒』タグよ。この辺りの連中はそこまで馬鹿じゃないわ。……まあ、流れ弾には注意しないといけないけど」
ベルさんが古参スナイパーらしく、僕たちを落ち着かせてくれる。
アイテムストレージ内の7キロの『鉄の棒』と、4キロの『鉛と真鍮の塊』さえ実体化させなければ、ほぼ撃たれることはない。なのに、どこかから誰に見られている気がして、喉の奥がヒリつく。
「……なんか、変な感じだな。戦場なのに、誰も手出ししてこねぇ」
八代が盾を持たない左腕を所在なげに動かす。
「それがシステムの力よ。……さあ、あそこの岩場を抜ければ、最初のハンティング場よ。そこから先は『赤』に切り替えるわ。準備はいい?」
ベルさんの言葉に、僕は自分の胸の鼓動が速くなるのを感じた。
岩場の向こう――そこが、僕が『死神』になるための最初の舞台だ。
「まずはエイト、あなたから腕前を見せてもらおうかしらね。AP80ならスモール級から試してみましょ」
「え? スモール級? もっと上狙おうよ」
八代は少々不満気味にいう。
「あのね、スモール級っていっても、倒すのに必要なAPは50 から200なの」
「そうなんだ……」
「で、M16A4の有効射程は500だけど、前衛としてそんな遠距離じゃなく100から200メートルくらいの短距離に近づいて、スモール級を狙うわよ」
「はい」
「万が一のことを考えて、その距離なら私がこれでサポートできる」
と、実体化させたクルツを手に取る。
見ると、ベルさんのタグは『赤』に変わっている。
「ほら、エイトも早く出して。モードは3点バースト。それからゴーグルを下げて」
「はい」
八代はM16A4を実体化させる。
「了解。……いくぜ!」
M16A4を実体化させた瞬間、彼の頭上のタグも鮮やかな『赤』へと塗り替えられた。
しばらく周囲を警戒しながら進むと、岩場の陰からカサカサと乾いた音が響く。
猟犬のようなモンスターが僕たちを見つけて近づいてくる。
走ってくるというよりは、様子を伺うように歩いているようだ。
「向こうのほうから来てくれたようね。猟犬型スモール級、1匹。距離150……方位角277。コンパスをよく見て!」
ベルさんの鋭い声。八代は右手のアサルトライフルのストックを近場の岩に据え、中腰で構える。
僕もゴーグルを下げ、モンスターの方を見ると、『COMPASS:277(W)』と表示されている。
そして息を殺し、まだ『緑』のままの自分の指先を見つめる。
タタタンッ!
少し重みのある金属的な響きがする。
八代の肩が少し後ろに揺れ、銃口が跳ね上がった。
「あ! 外れた! 止まらねぇ!?」と焦る八代。
「落ち着いて急所を狙いなさい! 次撃って!」と指示を飛ばすベルさん。
再び銃声がする。
「キャウン!」 二射目の3発のうち、1発が頭を捉えた。
犬の鳴き声に似た悲鳴を残し、モンスターが砂煙を上げる。
「……はぁ、はぁ……やったか?」
八代が強張った顔のまま、ライフルの銃口を下げた。
ゴーグル内の距離は80メートルだった。
「合格よ、エイト。一射目は力みすぎだけど、二射目で冷静に頭を狙えたのは評価してあげるわ」
ベルさんが淡々と告げる。
八代は「へへ、結構心臓にくるな、これ」と、震える手で言った。




