第11話 BELL’S AMMO
「ようこそ、私の弾薬店へ! まあ気楽にー」
「お、お邪魔します……」
「お邪魔します」
看板も掛かってない重い鉄の扉を閉めると、街のざわめきが嘘のように消えた。
代わりに僕たちを包み込んだのは、鼻腔を刺激する濃密な機械油と、乾いた火薬の匂い。
セントラルシティの路地裏。そこは狭くて細長い――うなぎの寝所という表現がぴったりの、濃密な空間だった。
店の中を見回すと、壁には初期演習施設の射撃ブースほどではないが、大小様々な銃があった。高そうな銃は、壁のラックに鎖どめされている。
他にも真鍮の薬莢や黒い銃身のパーツで埋め尽くされ、窓がない店内の空気は、独特なオイルの匂いで満ちている。
そしてカウンターには、いろんな大きさの弾丸や拳銃や何かのパーツが置かれている。
ベルさんが店内のカウンター越しに、無造作に二つの分厚いマグカップを置いた。
「……飲んで。少し苦いけど、頭がハッキリするわよ」
僕たちが手をつけずにカップを見ていると、
「あ、カツミちゃんは紅茶のほうがよかった? ミルクとシュガーは入れてあるけど」
「あ、だいじょぶです。僕、いつもコーヒーなんで……」
そこから立ち上るコーヒーの苦い香りが、この空間には不思議とよく馴染んでいた。
VR空間での初めての味覚はどんなだろう……啜ってみると、香ばしさと鋭い苦味。
現実と変わらない――いや、現実以上に濃密な「味」の感覚に、僕は緊張が少しずつ解けていく。
天井には裸電球が吊り下げられて、オレンジ色の光を投げかけている。その光を反射して、カウンター内の真鍮の薬莢が黄金色に輝いている。
「あ!」
僕はその中に1発1ゴールドの7.62x51mm NATO弾を見つけ、目が吸い寄せられた。
「普通はコーヒーに目を奪われると思うんだけど。雑多に並んだ弾丸の中から、自分の『獲物』を真っ先に見分けるなんて。なかなかいい勘してるじゃない」
カウンター越しに身を乗り出したベルさんが、琥珀色の瞳を細めて僕を見た。
「いい眼をしてるね、カツミちゃん」
あれ? なんだかいつの間にか「ちゃん付け」で呼ばれてる。ま、いっか。
「……さて、挨拶代わりにあなたたちのステータス、見せてもらえる?」
「じゃ、俺から――」と、八代がシステムメニューを開き、ベルさんに自分のステータスが見えるように反転させる。
「LPが120に、APは80。そしてDPは30ね。初日の前衛としてはまあまあね――あら、ほんとに10ゴールドしか持ってないのねー」
と、ケラケラ笑いながらも少々塩対応なベルさん。
どうやら僕のステータスの方が気になるみたいだ。僕がステータスを表示させると――。
「は? なによこれ。LP40にDP5? あなた、そこらの野良犬に噛まれても死んじゃうわよ! って、野良犬なんてこの世界にはいないけど!」
「はい、俺も銃剣で突っつかれたら死んじゃうぞって言いました」と八代が同調する。
「いいじゃない。スナイパーの防御なんて、敵から隠れるための『包装紙』みたいなものよ」
あくまでも八代には塩対応なベルさんだ。
「なのになんであの鬼軍曹が……って、これバグってんの? APが450ぅ? でもこればっかりはバグじゃないわね。銃の性能を、あなたの『何か』が限界突破させてるんでしょうね。コーヒーより先に、弾丸に目がいくくらいなんだから」
ベルさんは、驚愕の数値を表示させたシステムメニューから目を離すと、カウンターの下に手を伸ばした。
「この数値、あなた自身の資質がAPに全振りされてる証拠だわ。まさに『当たらなければどうということはない』を地で行くスタイルね……いいわ。その450を腐らせるには惜しい。カツミちゃん、あなたに『特別な弾丸』を融通してあげる」
よっこらせと、カウンターの下から取り出されたのは、ラベルの剥がれた無骨な金属製の弾薬箱。
「これ、私が火薬の量をコンマ単位で調整した『再利用弾』よ。見た目は悪いけど、精度はそこらの市販品より保証するわ。おまけに炸裂弾頭――まさに『死神の指』ってとこね」
「炸裂弾頭!?」
「え、でも僕、お金が……」
八代はその単語に驚くが、僕にはなんのことかわからないけど、お金の方が心配だ。
「わかってるわよ。1発0.5ゴールドでいいわ。その代わり条件がある」
ベルさんは琥珀色の瞳を細め、M24を指差した。
「一発でも外したら、その銃、私が没収するから。……いい?」
「ええっ!? そ、そんなの無理ですよぉ!」
僕の情けない悲鳴に、ベルさんは「あはは!」と愉快そうに笑って、重そうな金属箱を叩く。
「冗談よ。でも、それくらいの覚悟で一発を大事にしなさいってこと。……いいわ、カツミちゃんのそのAPに免じて、特別よ。この弾、1発0.1ゴールドでいいわ。その代わり、空になった薬莢は全部回収して持ってきてね。それが次の弾の材料になるんだから」
「0.1ゴールド! じゃあ、10ゴールドで100発!?」
「そう。新人への先行投資よ。……ただし、火薬量にコンマ単位の『バラつき』があるの。一発ごとに着弾が微妙にズレるから、腕が悪いと当たらないわよ?」
うーん、そんなのどうやって見分けるんだ?
「俺には塩対応だったのに、カツミだけズルい!」と八代が言うけれど、ベルさんはウィンクして、黄金色の弾丸が詰まった箱を僕に押し出した。
本来なら1発1000円はする弾丸が、たったの100円。八代の弾と同じ値段で、しかも炸裂弾? 『死神の指』?
僕は、その言葉の重みが詰まった箱に、震える手で触れた。
そう、僕は「死神」なんだ。 ふと、初期演習施設で鬼軍曹にスナイパーになるって、宣言したときに言われたことが蘇る。
『いいか、狙撃手は姿を見せず、音より早く命を刈り取る。獲物にとって、貴様は姿の見えない「死神」そのものだと思え』
あのときは意味もわからず聞き流していたけれど、ベルさんの店でずっしりと重い金属箱を手にしたいま、その言葉の意味がようやく腑に落ちた気がした。
「あ、ありがとうございます!」
「いいわよー。さて、商談成立ね。コーヒー、冷めないうちに飲みなさいな」
僕は言われるまま、少し冷めかけたコーヒーを口に含んだ。
「……苦っ!!」
やっぱり苦い。でも、さっきよりはずっと喉を通りやすかった。
僕はその苦さを噛みしめるように、一気に飲み干した。




