雫に追い詰められる
障害物競走というのは、普通ならば、服が汚れたり、 ぐるぐるバットによって目が回ったりして、少し情けないイメージがついたりするものなのだが、目の前の有明はそんなことがない。
颯爽と走る姿、網に関しても体とうまく連動させて、スルスルと抜けていく。 クールな表情とも相まって、なんなくこなす姿に、他クラスからの女性からものすごい歓声が上がっていた。
(障害物競走ってこんな盛り上がるものだったっけ?)
なんて思わず見つめてしまう。
「ほんと三人とも異常だよね。有明くんに大翔くんに連も。みんな何でもこなせるって、少しずるくない?」
と、葵がどこかジト目で見つめてくる。
「まぁ、あの二人はそういう才能があったんだよ。言っとくけど、俺の場合はあの二人に追いつけるように、かなり努力したんだよ」
「……それが見えないから、何でもこなせるように思うんだよ。ね、望未」
「そうだね。でも連君が努力したっていうのもわかるよ。だから、私は尊敬もしてる。すごいなって関心もしてるよ」
穏やか瞳で見つめる彼女は、どこか小さい頃の俺の姿を見つめている気がした。きっと幼稚園の頃の俺を思い出しているのだろう……。あのなんにもできなかった頃を思い出されるのは少し恥ずかしいけど……
「へえ~、そうなんですね。それで桜はどうなんですか?」
なぜか雫が、少しだけムッとしたような表情をしながら桜に問いかけている。えっ……なんで?と思わず彼女の表情を見つめる。けれど、返ってくるのは少し冷めたような視線だった。……いや、ほんと努力してるんだけど……って思うのだが、どこか飽きられた視線が返ってくる。
そんな俺たちの事を交互に見ていた桜がどこか微笑まし気に、笑みを零しながら、小さな口開いた。
「 私も連が過去に努力したんだなって知っている。だから、私も頑張らなきゃっていつも力を貰ってる」
優し気な表情を浮かべる彼女は、俺に真っすぐな視線を向ける。何かを決意するように深く頷く姿に、風に舞った綺麗な黒い髪に視線がいっていた。思わずそんな彼女に俺も少しだけ微笑みを零していた。
あの時、話した内容がこうして彼女が進むことに少しでも後押し出来たなら良かった。そう思っていると、葵が俺たちを見比べて口をすぼめる。
「……夢咲さんって、もしかして連から自分の過去の話聞いているの?」
なんて鋭い考察を披露する。どこか問い詰めた彼女の視線に思わず桜が「……あっ」と声を漏もらして、焦ったように俺の方を見つめる。それに葵がどこか確信したように目を細める。それに気付いた桜は、申し訳なさそうに、ごめんなさいとでも言うように少し俯いた。
それに首を振って否定する。別に対してことではないと安心させるように、穏やかな声で告げる。
「確かに桜には過去の話をしたよ。でもそれは、俺が桜に話したいって思ったからで、むやみに他の人には話さないかな。それに、葵たちには追い詰められて、苦手なこと話したじゃん」
俺がジト目で葵の方を見つめると、「あはは……」なんて言いながら視線を逸らし。その時の状況を思い出した望未は耳を真っ赤に染め始める。そんな様子に俺自身、あの時の恥ずかしそうにしながら、少し俯いていた。
「えっ、なにそれ、気になる!」
そんな事情を知らない望未が前かがみで聞いてくる。目をキラキラと輝かせながら見つめてきて、クラスメイトのみんなもまたどこか気になっているようだった。
いや、男子の方も気になりすぎじゃない?そんなに俺って目の敵にされているのだろうか?なんて思うが、単純に気になっているようだった。
「絶対言わないからっ!……恥ずかしいし」
ほんっとに知られたくない。朝弱いなんて普通に恥ずかしいでしょ!!なにより、寝ぼけて義妹の手を握ったあげく『どこにもいかないで』なんて、少し涙を流しながらいった記憶とか……ぅぅぅうぅぅ。
かなり恥ずかしい過去を思い出して俺まで思わず両手で顔を覆って俯いてしまう。あの時は本当に寝ぼけていたんだ。義妹と離れ離れになる夢を見ていたから。その手を取っただけで……。なんて言い訳がましいことを考えてしまう。
「……へぇ~、そんなに恥ずかしい過去なんだ」
声を上げた先に見える千夏はにこにこ笑っていて。
「友達なのに、私たちには教えてくれないんですか?」
「いやっ、これは普通に恥ずかしいというか……雫だって隠したい事の一つや二つくらい……」
「連が教えてくれるなら、何でも話しますよ」
なんて目を見開いて告げる彼女の覚悟に押されて、少し背を引いてしまう。なんというか、雫って桜に対する感情もそうだけど、一度決めると絶対に引かない気がする。
「……えっと、いつか話すから今は体育祭に集中しよう、ね?」
「はい! 言質は取りましたよ」
なんて笑う彼女の表情を見て早速後悔する。あっ、これ、ホントに逃げられない奴なんですねって。というか、雫にはどこかいつも追い詰められている気がするな……なんて、肩を落としながら思うのだった。
***
「なんていうか、戻って来たら連君が落ち込んでいるんですが……そんなに僕は不甲斐なかったですかね?」
「ううん、そんなことないよっ!……ただ、連を揶揄っていたらちょってね」
「ほどほどにしてあげて下さいよ」
なんて、有明が俺のことを思って注意してくれる……が、顔を見上げた先で見つめる彼の表情はどこか楽しげだった。
『……普通にこの状況を楽しんでますね?』
『えぇ、その状況を見られなかったのが残念です』
なんて視線でやり取りする。思わず目を細めて見つめるも、何ともないという風にサラッとかわす。
「それより、そろそろ借り物競争が始まるようですが、誰も参加しないんですか?」
「……あっ、私は参加、します」
「ありがとう、私も参加するから、そろそろ行くね」
なんて桜と望未が答える。桜の方はまだ有明と話すことに慣れていないのか、若干緊張しているようだった。その初々しい反応が可愛らしい。
「二人とも頑張ってね、応援してる」
『うん!』
二人して、ぱぁーっと顔を輝かせて頷く姿に少し押される。春に咲いた満開の桜をふと連想させるような華やかで、でも安心感のある。見惚れるような笑顔に、俺を含めて周囲の視線を惹きつける。
『行ってくるね』
なんて二人して走っていく中で、ただただ、その背中を見つめていた。途中楽しそうに話す二人を見て自然と笑みが零れる。
「連は少しくらい期待してるの?二人に選ばれること?」
「……えっと、何の話?」
唐突な問いに思わず千夏の方を振り向いて尋ねる。
「……? 借り物競争のお題だけど?」
あれ、今はその話題だよね?なんてうらなく告げる彼女に少し肩の荷を下ろしながら告げる。
「いや、お題に上がることなんてないだろ?メガネを掛けているわけでもなければ、生徒会に入っているわけでもない。そんな役職……ってもしかして、委員長だから?」
「そうそう。その時は1位を取るために尽力してほしいって、伝言を預かってるから」
「そうです。桜は運動神経があまり得意じゃないので、抱きかかえてでも1位を取りたいって言ってました!」
なんて自信満々に告げるが、その意図は分からない。というか雫の場合はどっちから分からないんだよね。なんというか、凄く仲のいい友人ができたせいか運動会で張り切っているせいか、優勝にこだわっていそうだし……
「連君はもちろん、その時になったら、桜を抱きかかえて走りますよね?」
「……1位がむずかしそうならね。それにお題が俺の可能性なんて低いでしょ?」
「言質取りましたからね」
「あぁ」
この時の俺は完全に油断をしていた。眼鏡や帽子、それに腕時計など保護者や先生に借りる物が多いからこそ、まさか自分が選ばれる可能性なんてないということに……。




