無意識に漏れ出た言葉
借り物競争が始まる。勝敗に熱くなっていたグラウンドにも、少しだけゆるやかな空気が流れる。
「お題は、うんうん、なるほど~……長生きしそうな人っ、ですね!!」
司会者の明るい声が響くと、あちこちから笑い声が漏れる。ここで校長を連れてくる度胸も凄いが、その校長もまた期待を裏切らない。壇上に上がるなりボディビルダーのようなポーズを決めてみせ、観客席の笑いを誘っていた。
それと司会の人のノリの良さも、笑っていいのだという雰囲気を作っている。身振り手振りもさることながら、表情も豊かだからこそ、つい引き込まれるのだ。
それにしても、司会者の女子生徒はやたらと男子の視線を集めていた。最初は何となく見ていただけだったが、その理由もすぐに分かった。
茶色く染めたショートヘアに、ぱっちりとした目。口元に浮かべた人なつっこい笑顔を絶やさずに、明るい声で進行を務めている。あれだけ愛嬌があれば、男子の視線を集めるのも当然だろうな。
そんなことを考えている間にも、
「アーティストっぽい人ですね!」
「次のお題は~、理屈っぽい人です!」
といったお題が読み上げられ、そのたびにグラウンドで「分かる~」、「ぽいわ~」なんて声が聞こえ盛り上がっているのが分かる。ただ、中には
「いや、それは違うだろ!」
と審議が入り、ペナルティを受ける者もいる。それが借り物競争らしい緊張感も生んでいた。こういうお祭りらしい空気も悪くないな。そんな風に眺めていると、やはり例のお題が現れた。
「お題は…………『好きな人』ですっ!!!」
読み上げられた瞬間、グラウンドの熱量が一段階上がる。当然のようにゴールした瞬間二人の間にもグラウンドにも緊張感が高ぶる中で、男子が片膝を突く。マイクを借りて……
「僕と付き合ってください」
なんて、真摯に頭を下げながら手を差し出す。告白された女性の方は頬を染めながら口元に手を当てる。突然の告白に戸惑いながらも、嫌そうな表情は一切なかった。やがて意を決したように右手を伸ばし、彼の左手をそっと握った。
「おおおおおーーー」
なんて男子からの歓声が上がっていて、女子の方も声を上げて喜ぶ者もいた。拍手が上がっている中で俺も手を叩いていると、隣から静かな声が聞こえてくる。
「連君も、あんな風に告白されたら好きになりますか?」
ふいに聞こえた声の先には、雫がいた。俺の瞳を真っ直ぐに捉える彼女は、何気ない質問を装っているようで、その実逃すまいとする真剣さも感じた。
「それはないと思うよ。俺は積み上げてきたものを大事にする方だから」
一緒に過ごした時間。互いに知ってきたこと。それと、積み上げてきた信頼。そう言ったものを含めて、人を好きになる。そう思っている。だから、その瞬間だけで心を動くことは、多分ない。
真意を探るように見つめ続けていた雫もその回答に納得したのだろう。小さく頷く。
「そうですか」
少し俯きながら何かを考えているがその真意は読み取れない。
(……俺ってそんなに軽薄……というか、女性に飢えている感じに見えているのかな?)
なんて少し不安になりつつも、顔を上げると、桜の順番まであと少しになっていた。
「雫、そろそろ桜の番になるぞ」
「ほんとですかっ!」
さっきまでの真剣な表情はどこへやら。今度はぱぁーっと顔を輝かせて桜の方を見ていた。ほんと、体育祭を楽しんでるんだな。なんてどこか、笑みが零れつつ、俺も目の前に視線をやる。
さすが桜と言ったところだろう。途端に男子たちの空気が変わる。そわそわと落ち着かなくなり、表情が少しにやけている。同時に自分が選ばれる可能性を少しでも上げるためだろうか、一歩ずつ前に出ていて、目の前の男子とぶつかった。
(……あの、喧嘩はしないようにね)
なんて思っている間にピストルの音が鳴り、桜が走り始める。やはり運動が得意な方ではないからだろう。周囲の女子たちが次々と前へ飛び出していく中、彼女は後方集団に取り残されていた。
(あとはお題次第か……)
なんて見つめていると、彼女が用紙を拾うためにかがみ、内容を確認する。お題の紙を拾った桜の動きが変わる。迷いなく。一直線にこちらへ向かってきた。
「連っ!!」
なんて、普段の彼女からは考えられない程に大きな声で俺ことを呼びかける。驚きつつも少し人混みをかき分けていくと、周囲の男子からの視線が突き刺さる。
それでも俺の視界いっぱいに映るのは、必死に肩で息をしながら走り抜けて来た彼女の姿だった。桜は俺だけを見て。
「はぁっ……はぁっ……」
と少し息を切らしていて、言葉が出てこない。それでも、
「来て……ほしい……」
と必死に言葉を繋いだ。それに頷くと、背中をトンとされる。その視線の先には、雫がいて。
『分かってますよね?』
そう言いたげな視線を向けてくる。確かにこの状況で桜が一位を取るには俺が抱える必要があるだろう……それでも躊躇しそうになると、雫が目を細める。その視線に押されて桜を見つめつつ手を取った。
当然のように走ってきたせいか、頬は上気しており、息も荒々しく、そのスタイルを強調するように肩を上下させる。それに悪いと思いつつ、桜の手を離し方と膝に手を添えて持ち上げた。
「ごめん、桜」
そう伝えつつ、俺は彼女を抱きかかえる。何が起こったのか理解できず、キョトンとして顔をしていた桜も徐々に状況を理解して、頬を赤らめていた。それを確認しつつも俺は全力で駆け出す。走ることに集中するために……なにより、彼女の熱を意識しないようにするために……。
女子からはかなりの歓声が上がる。
「うわっ、抱き上げたよ!」
「お姫様抱っこしてる!」
なんてどこかお盛り上がっているのを感じる。その声に後押しされるように恥ずかしさが込み上げてきて、同時に桜のことをどうしようもなく意識してしまう。
彼女に触れている胸元あたりが妙に温かくて、心臓の音が煩いほどに耳に響く。身体は驚くほど軽く、線の細さと同時に柔らかさを感じる。そんな桜を怖がらせないように、体幹を固定しながら加速していった。
未だに耳を真っ赤に染める彼女を意識しすぎないように、下手に下心を抱かないように必死にゴールへと走っていった。全力で。
そのおかげかな、運よく俺達は一位でゴールすることができた。俺は慎重に彼女を下ろすと、なぜか司会の人はニヤニヤしながら、俺たちの方へと近づいてくる。
「いやぁ~、いいものを見せてもらいましたね~~、それで、お題はなんですか?」
桜の口元までマイクを持って来る。すると、周囲の空気が少し変わったのが分かる。先程までざわついていたグラウンドが静かになり、近くにいた女子たちも、男子たちも。みんなこちらを見ている。
妙な緊張感がが広がる。そんな中、桜の方は未だに頬を染めたまま、少し恥ずかしそうにしながら、口を開いた。
「お題は……一番信頼している人です!」
その言葉に思わず桜の方を見てしまう。
桜は恥ずかしそうに俯きながらも、俺の視線に気づいくと、ほんの少しだけ顔を上げ、こくりと頷いた。
肯定するような仕草に思わず俺は、口元を右手で覆っていた。桜の方が見れなくて、そっぽを向いてしまう。
なんだこれ、ものすっごく恥ずかしい。恥ずかしいけど……それ以上に……嬉しい。自分のことを信頼していると言われたことに、大勢の前で緊張すると分かっていても俺を選んでくれたことがなによりも嬉しくて、気付けば頬が緩んでいた。
当然のように既にゴールした男子からのする後い視線が飛んでくる。さっさとどけと。嫉妬するような視線が飛んできた。
それでも仕方ないだろって思ってしまう。素直に嬉しいんだから……。俺は未だに視線を彷徨させる彼女の背中を少し押した。
「桜、一位のところに並んできな」
視線を上げた桜は俺の顔を見ると、安心したような笑みを上げて
「うん!」
と力強く頷いた。ぱっと花が咲いたみたいに笑う。本当に嬉しそうに軽い足取りで一位の列へ駆けていく。その背中を眺めながら。
ふと。自然と言葉が浮かんでいた。
(かわいいな…………え!?)
なんて、漏れ出た言葉に思わず自分で驚いてしまう。あまりにも自然に。あまりにも当たり前みたいに。その言葉が胸の内からこぼれていて、瞬間、顔が熱くなる。
弾むように走っている桜は俺の表情に気付いていない。だからこそ、俺は恥ずかしくて、耐えきれず、その場から逃げ出すように走り去っていた。
自分でも何をやっているのか分からない。ただ。とにかく落ち着きたくて、変に意識しないように全力で走り去るのだった。




