哀し気な表情を見たくないと思った
葵からの視線が痛い中でも競技は始まっていく。目の前に見えるのは桜を頂点として雫や千夏が騎馬になっている姿だった。運動自体あまり得意じゃない桜だから、
(バランスを崩して落ちたりしないだろうか?)
そんな懸念を抱いてしまう。少しハラハラした気持ちで見ていると隣にいた有明が少しだけ驚いたように、俺を見つめていた。
「そんなに彼女のことが心配ですか、連君?」
ふいに、横から声がかかり振り向くと。目を大きく見開いて問いかける有明の姿があった。どうやら、いつの間にか隣に来ていたらしい。
「……そりゃ、心配にもなるだろ。桜ってあんまり運動得意じゃないし」
素直にそう答えると何やら有明は、視線を落として考え出す。そうして俺の方を、小首を傾げながら見つめてくる。
「意外です。連が義妹さん以外で、そんなに気にかける相手がいるなんて」
指摘されたその言葉に俺も思わず驚いてしまった。息を呑みながら、顎に手をやってしまう。確かに有明の指摘したように同級生に対してこんなにも心配しているのは初めてだった。
どこか危なっかしく思えるからか、それとも彼女の反応がいちいち新鮮で守ってあげたくなるかは分からない。ただ、気にかけているというのは事実だった。
自分でも上手く整理できない感情に頭を振る。そんな中で葵が声を掛けてくる。
「連、そろそろ始まるから、応援してあげないと」
「……そうだな」
なんて頷きつつ目の前の光景に目をやった。互いの代表である生徒会長と応援団長が向かい合って、不敵な笑みを浮かべる中、桜達は端の方で、競技が始まるのを待っていた。
目の前に広がる14騎の騎馬を見つめて、倒すべき相手を真剣に見つめている。
(……そうだな、今は桜が頑張る姿を目に収めよう)
そう思った瞬間に、競技用ピストルがグラウンドに鳴り響く。
——パンッ。
その合図と同時に少し緊迫した空気感のなか、選手たちが動き出す。当然のように桜たちの騎馬も前方へと動き出した。
(大丈夫だろうか?)
そんな不安は、騎馬が動き出した瞬間、少しずつ消えていった。千夏たちの動きが思った以上に安定している。桜もまた、真っ直ぐに相手だけを見つめて、彼女達を信頼しているのが分かった。
特に右端を支えている雫の迫力が凄い。桜を絶対に守って見せるという意思を感じるその視線に、真正面から来られた相手が、一瞬たじろいでいるようにすら見える。
それは気のせいではなくて、少しバランスを崩した相手の隙を狙い、桜が素早く手を伸ばす。相手の額にあるハチマキをしゅるっと抜き去り、自分の身体へと引き寄せた。
「——よしっ」
なんて小さく呟き、思わず自分事のように小さくガッツポーズをしてしまう。
「そんなに嬉しいだ」
隣にいる右隣にいる葵が、真剣な表情で聞いてくる。圧を感じてしまい、身体を少し引きつつ答える。
「そりゃ嬉しいでしょ。友達が一生懸命頑張った成果を見れるのは」
「それだけじゃない気がするな、どこか楽し気で、心底嬉しそうに笑っているもん、ね、望未」
「うん、ほんとに嬉しそう……だね」
そう告げる表情が一瞬だけ悲し気に映った気がした。けれど勘違いだったのだろう。望未はいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。
「嬉しいよ。千夏や雫。それに椎名さん含めて三人で特訓したんだろうってことが分かる。動きに一切よどみがなくて、互いを信頼しているって伝わってくる」
その言葉に望未がふっと笑みを深める。
「うん、そうだね!!」
なんて今度はどこか楽し気に告げる彼女に俺自身気持ちが昂揚するのが分かって。
「がんばれ、さくらーー」
なんて思わず声を張り上げて応援していた。それに有明が目を見開いて反応しつつも、声を張り上げる。
「がんばれーー」
それに習って葵も望未も声を張り上げる。
『がんばれーーーー』
という心地よい声がグランドいっぱいに響きわたった。そんあ桜達の活躍もあってだろう。騎馬戦は終始こちらのチームが優勢だった。気づけば、相手チームよりも多くはちまきを奪っていて、俺たちのチームが勝利する。
歓声が上がる中、俺は小さく笑みを浮かべる。
(……よかった)
なんて、目の前で抱き合っている四人の姿を見て、そう思わずにはいられなかった。
***
「どうだった、連?」
なんて、少し緊張したように声を震わせる彼女を安心させるように微笑みつつ、なんて言おうかな、なんて迷ってしまう。先程みたいに過度に褒めたような状態になると、また周囲から反感を買いそうだし……。
「そう……だな……、一生懸命頑張ってるのが伝わってきて良かったよ」
少しだけぎこちない返答になってしまったけど、素直な気持ちを口にした。真っすぐに前を向いて、逃げずに戦う姿が魅力的だったと伝えたつもりだったが、桜は視線を少し逸らしながら作ったような笑みを浮かべる。そして、
「ありがと」
と作ったような笑顔で返す。いつものように伝えなかったからだろう。どこか、嘘をついている感じになっているようで、内心焦る。それは雫の鋭い視線と、目を見開いてこちらをじーっと見つめる視線が更に罪悪感を後押しした。
(葵に言われたからって、目の前の桜を悲しませるのは違うだろ!)
俺は自分の頬を叩いて、まっすぐに桜を見つめた。俺の行動に驚いて目を見開らいている彼女に俺はこんどこそ、自分の胸の内にある感情を曝け出した。
「ごめん、上手く伝えられなくて」
そう頭を下げてから俺はまっすぐに桜を見つめて、前のめりになりつつ伝える。
「真剣な表情で、恐れずに立ち向かう桜は凛としていてカッコ良くて……なにより美しかった。それに、四人で一緒に特訓したんだなって伝わってくる信頼してる姿が微笑ましくて、思わず、声を出して応援してた」
その言葉に彼女は驚いたように目を瞬かせながら俺を見つめて、ぽつりと呟く。
「……わかるの?」
首を傾げながら、告げる彼女にはもう悲し気な表情は無くて、ただ、純粋な興味だけが瞳に宿っている。
「うん、沢山練習したんでしょ?」
「そうなんだ。千夏も雫もそれに椎名さんも付き合ってくれた。上手くできるまで、根気強く付き合ってくれたんだ」
嬉しそう、楽しそうに語る彼女の純粋な笑顔に、心が満たされていくのが分かる。
「そっか、千夏も雫も椎名さんもありがとね。みんな綺麗だったよ」
「……ありがとうございます」
なんてどこか椎名さんは照れたように伝え、雫はどこか満足そうに頷き、千夏は予想に反して、少し照れたように頬を掻いていた。そんな俺の対応に葵は呆れたようにため息を吐きつつも。
(……まぁ、これが連らしいのかもね)
なんてどこか諦めたように告げていた。う~ん、それはそれで偏見がある気がするんだけど。でも、目の前の人を悲しませたくないという想いだけは本心だった。
そんな空気を変えるように有明が声を掛けてくれる。
「それじゃ、連君。僕は障害物競走があるので」
「あぁ、頑張って来いよ」
「はい、行ってきます」
なんて頷いて去っていくのだった。




