周囲の目を惹く存在
ダンス競技に参加するだろう人達が集まり出す。見かける人たちはみんなどこか可愛らしい人が多いからだろう。周囲の男子たちからおぉーーという声が上がる。そんな中でも当然のように目を惹くのが、望未だった。
学年ごとに分かれているだろうグループの先頭。桃色の髪の毛をたなびかせながら、口元に笑みを浮かべ楽しそうに先輩たちと話している。その姿に見惚れている人たちを隣のクラス含めて見て取れた。
十数秒もすれば、全員が集まり。配置につき出す。
「しっかり見ててね」
そう言葉で告げたように、彼女は一年生の一番先頭へと立った。ちょうど俺たちの真正面に当たる位置に立つ。同時に男子たちの視線を一身に集めていた。それは同学年に限らず少し遠い位置にいる先輩たちの視線も一心に集める。
向こうでも学年の代表たる人たちがいるんだけどね……。なんて遠目に見つつも、気持ちは分かる。周囲の人たちとは違い大幹がブレないからこそ、すっと背筋を伸ばした彼女の姿は、目を惹く。緊張している生徒たちが少し動いているおけ毛だろう。静と動の対比になっていて、一層際立っていた。
微動だにしない彼女は、まるでそこに、一本の桜の木が立っているかのように美しかった。本人は一歩も動いていないからこそ、風に揺れる髪だけがさらさらと流れていく。淡いピンク色の髪が風にたなびくその姿は、まるで桜の花びらが舞っているようで、思わず見惚れてしまう。
望未は俺に一度視線をやるとふっと笑みを零し、下を見つめる。目を閉じて耳から入る音に集中するように。スッと真面目な顔に戻った。
(……あぁ、本当に美しいな)
普段見れない彼女の姿に、そんな言葉をふと漏らしていて驚いた。思わず周囲を見渡すが反応がないことから、心の中で呟いたのだと安堵する。
(……ふぅ~、マジで焦ったーー)
思わず額に汗がつぅーと痛感したような気持ちになり額を拭う。そうして丁度望未に視線をやったタイミングで、曲が流れ始める。ダンス開始の合図に、先程まで無表情だった望未がぱぁ~っと花開くような笑みを浮かべる。
瞬間周囲の人から歓声が沸く。
(かわいいーー)
そんな声を意の一番に上げたのは、他でもなく隣にいる葵だった。完全にアイドルを応援するファンだなと。思わず向いたそちらの、なんとも楽し気な笑みに、つられて俺も笑う。
望未は口元に小さな笑みを浮かべながら、両手でリズムを取り始める。ダンス自体は、決して難しいものではない。横へ軽く跳ねたり、上半身をひねって後ろを向き、再び正面へ戻る。誰でもおどりやすいものだ。
それでも時折、可愛らしい振り付けもある。頬を両手で支えるようにして、身体を前面に少し倒す。彼女の可愛らしい容姿と音に合わせた動きに周囲は「おおおーー」という声を上げていた。
(やっぱり、望未が一番目を惹くな)
なんて俺自身も感心しながら見つめる。周囲のメンバーも、全員が高い完成度で揃っている。それでも、望未のダンスは、思わず敵チームの男子ですら、思わず視線を向けてしまうほどに、洗練されていた。
身体を動かしても、軸のブレない動き。ターンした瞬間の重心移動。ほんのわずかに、指先の動きを遅らせ、ゆったり優雅にする工夫。そして、彼女の顔動きが次の動きへと視線を誘導していた。
それは、ただ振り付けを踊っているだけじゃない。アイドルらしい”見せる振り付けだった”・
(はは、本当に望未ってアイドルだったんだな)
そう納得させられると同時に、感心していた。一体どれだけ練習すれば、こんな領域に辿り着けるのだろう。指先一つ一つにまで意志が宿っているかのよう動きに、自然と言葉を失っていた。
気づけば、周囲の音すらなく、ただただ、彼女だけを見つめていた。彼女のただただ、踊るのが楽しいと告げる跳ねるような動きに、満開のように咲き誇る笑顔に心を奪われていた。
「……きれいだな」
なんて、人も気にせずに言葉が漏れていた。そんな中で望未が指でハートを作りながらこちらに向いて体を前に少し捻る。そして、ふと視線が合うと、嬉しそうに笑みを深める。当然のように男子たちから歓声が沸き上がり、
「絶対今、俺のこと見ただろ!」
なんて声があちこちから聞こえて来た。
(たしかにあれは、勘違いにするな)
俺自身勘違いしたのだから、気持ちがすごく分かる。少し冷静になれば、これまでずっと練習してきたものと変わらないってそう思えるはずなのに。彼女の笑みには、自分の方を見て欲しいと思わせる吸引力がある。これは、惚れるのもわかるな。なんて、どこか納得する自分がいた。
そして、一小節が終わったところで、曲の雰囲気が変わる。本来なら短いはずの間奏部分が、長くアレンジされていた。少し戸惑いを感じたタイミング、そこで望未が一歩前にでる。更に一歩。さっきまでよりも、観客との距離を詰めるように。そこで空気が変わった。
先程までの”かわいらしさ”を押し出した動きではなく。鋭く、研ぎ澄まされたダンスへと移行する。リズムに合わせて、身体の動きを一瞬と止める。次の瞬間には弾けるように踊り緩急を付ける。
身体の動きを大きく使うことで、動きそのものに迫力が生まれていた。細い体なのに、まるで周囲の空間を支配してるみたいだった。表情も先程とは違い、どこか蠱惑的に薄く笑みを浮かべていた。
——美しい
そう思うと同時に、かっこいいという感情まで湧き上がってくる。そんな望未のことをどこか遠くに感じる。これまでは、人を良く見ていて、周囲を笑顔にできる、笑顔が匂う女の子という印象だった。それが、芸能人にも似た遠い存在に映った。
(……ほんと、なんでもできるんだな)
そう感心しつつ、ふと笑みを浮かべていた。そんなすごいと感じる彼女の驚りは前半のかわいらしい動きに戻り、やがて、音楽が鳴りやむ。望未は「はぁっ、はぁっ」と肩で息をしながらも、どこか満足そうに笑っている。額には汗が滲んでいて、全力で踊り切ったのが分かる。
その汗を拭う仕草に、なぜだか胸の奥を掴まれたような感覚が走る。どくん、と心臓が大きく跳ねて、俺は思わず服の上から胸元をぎゅっと握っていた。満足そうな表情を浮かべながら去っていく彼女を、俺はただ目で追ってしまう。
そんな中で、不意に服の裾がくいっと引っ張られた。左隣を見ると、そこには桜が立っている。
「……?」
首を傾げるながら桜を見つめると、彼女は少し気まずそうに目を逸らし、
「ごめん」
とだけ言って、離れていった。意味がわからず呆然としていると、右隣にいた葵がどこか誇らしげに告げる。
「凄いでしょ、うちの望未は」
「なんで葵のものになってるんだよ!!」
「えへへ、それは親友なら当然なんだよ!!」
なんて、本当に嬉しそうに腰に両手をやりながら胸を張る。ほんと、好きなんだな望未がなんて微笑ましく思う。
「まぁ、連が嫉妬するのはわかるよ。思わず、『……きれいだな』なんて告げるんだもん。私は驚いちゃったな~」
まるで俺の真似をするように、無表情で呆然としながら彼女は呟いたあと、にやにやとした表情で俺を見つめる。
「……っ!?」
思わず頬を赤く染めるほどに顔が熱くなりつつ、告げる。
「……わるい、見惚れて」
「へぇ~以外に素直に認めるんだね」
どこか面白そうに葵が笑う。口端を吊り上げながら嬉しそうに。
「そりゃ、あれは見惚れるだろ」
あんなに洗練された動きに見惚れない人はいない。
「指先の動き一つ取っても洗練されていた。ただ、振りつけられた踊りじゃなくて、今回のために、どれだけ努力を積み重ねてきたのかが、動き全部から伝わって来た。なんとなく感じていた努力が、目の前で形になったような感覚で、心を動かされた」
その感想に葵は少し驚いたように目を開きながら見つめる。
「へえ~意外とちゃんと見ているんだね、望未のこと」
「……当たり前だろ」
少し照れ臭くなり、葵から視線を逸らしてしまう。そんな中で葵が俺の名前を呼んだ。
「ねぇ、連」
「ん、なぁに?」
振り返った先にいた彼女はいつになく真剣な顔で俺を見つめる。その雰囲気に思わず、息を呑みつつ続きを待つ。
「その気持ち、ちゃんと望未に伝えてあげなよ?」
俺のことを真っ直ぐに見つめる彼女に思わず、俺もかしこまってしまう。
「わかった」
なんて返す。流石にこれだけのものを見せてもらったんだ。素直に感動したって気持ちはちゃんと伝えたいと思う。会場から去った彼女の方を見つめながら、少し緊張している気持ちを整理するのだった。




