見ててね
「もう、そんなに拗ねないでよ、連」
「葵が、揶揄い過ぎるのが原因だろ?」
弁当を食べ終わり、教室に向かうまでの間、俺は少しムッとしたように頬を膨らませる。別に葵に揶揄われるのが嫌とかではないんだよ。けれど、望未にまで迷惑をかけているからこそ、そこは気を付けてほしかった。
その注意を含めて、俺はあえて拗ねたように振舞う。その様子を葵は見つめて、少し目元を落ち込んだように下げる。
「あはは、ごめん。流石にやり過ぎたよね?」
なんて申し訳なさそうに乾いたような笑みを浮かべる。その、引きつった表情から、反省しているのがよーく伝わってきて、逆に申し訳なくなってくる。
(……そこまで怒っていないんだけど、どうしよう)
などと収集が付かなくなった感じが否めない。てっきりいつものように、「ごめんね、次からは気を付けるよ!」なんて、軽い調子で返答が返ってくるもんだと思っていた。なのに、返って来たの落ち込んだ表情で。自分だけじゃなく、誰かに迷惑をかけてしまったということに、罪悪感を抱いている気がした。
そんな風には思わせる意図はなく、なにより、体育祭というみんなが楽しそうな空気の中で、落ち込む姿を見ていると、すごく罪悪感が湧いてくる。
「いや、別に俺だけならいいんだけどさ、ほらっ、流石に望未を巻き込むのは申し訳ないなって感じかな」
さすがに、男性に対してあ~んを強要させられたり、膝の上に俺の頭を乗せられるのは葵だって嫌だろうってことだった。まぁ、あ~んの方は問題ないと言ってくれたけど、流石に触れられるのは絶対に嫌だろうし、ね。
そんな、俺の言葉を受けて、納得したのだろう。葵は小さく頷くと、ゆっくりと視線を持ち上げ、望未の方に向き直る。そして、軽く頭を下げながら、両手を合わせる。
「ごめんね、望未」
いつものような明るい口調とは違い、やや低めの少し落ち込んだような声で告げる。その謝罪に対して望未の方は戸惑った様に、少し引きつった笑みを浮かべていた。
「むしろ、それに謝らないといけないのは私だよ。ごめんね、葵」
なんて言いながら、望未の方まで頭を下げた。それに訳が分からず俺は頭を傾げてしまう。被害を受けたのに、なぜか望未も謝っているから。望未は葵に謝ると、何故か俺に対しても頭を下げる。
「それと、ごめんね連君、巻き込んで」
「……えっと、それってどういう」
申し訳なさそうに一瞬視線を下げながらも、望未は俺の方を真っ直ぐに見つめる。それでも言いずらいのか、若干唇を固く結びつつ、口を開く。
「連君との距離感をもっと縮めたいって相談したから、葵が頑張ってくれて、それで迷惑かけちゃったから」
そう告げる望未は、目線を下げながら、眉をぎゅっと寄せて難しい表情する。そして、悲し気に視線を下げながら申し訳なさそうにしていた。その姿に、胸が締め付けられる。
「……それなら問題ないというか、むしろ、嫌じゃなかった、ほら、俺の頭が膝の上に乗ったし」
「ううん、全然嫌じゃなかったよ……その、連君が望むなら、いつでもするし」
なんて、少し恥ずかしそうにしながら、俺の方を向いてくる。……その言葉は反則だろと思う。なにより、今になって彼女のふとももの感触を思い出してしまう。枕のように包み込むような柔らかさ、それにマシュマロのように程よい反発があって、まさに理想とするような感触だった。
もしあのままだったら確実に、俺は意識を持って行かれていただろう。そう思う程、理想的で……同時に物凄い罪悪感が湧いてくる。それを振り払うように告げる。少し心惜しくてもね。
「いや、流石に悪いから大丈夫」
なんて、告げつつも。恥ずかしくて望未の表情を真正面から見ることができない。思わず、視線を左に逸らすと、葵のにやにやとした表情が浮かんでいた。
良かったね、連。役得だったじゃん。という言葉が聞こえてきそうだったので。咎めるように鋭い視線を送ると。さっと葵が明後日の方を向く。
……確かに、得したのは認めるよ。嬉しかったのも事実だし。ただ、恥ずかしいが物凄いかつ。それと罪悪感もね。ただ、今回に関しては俺の勘違いだった部分がある。葵はいつも相手を思って行動する奴だったと。まぁ、その方法は少々強引なのは否めないが、素直に気持ちを言い合えるくらいに距離が縮んでいるのは事実だ。だから、
「勘違いしてごめん、葵。それと、望未のために色々と行動してくれてありがとう」
それだけは伝えておきたかった。こんなにクラスに溶け込んでいるのは間違いなく葵のおかげで、俺たち一緒に居たら、もう少し反発があったはずだ。桜と望未二人を独占して。というさっきのような表情にね。だから、俺は葵に感謝をしている。
その言葉に対して当然のように得意げな顔が返ってくると思っていたのだが、葵はぽかんと驚いたように固まったままだった。それに思わず首を傾げてしまう。それに気づいた葵が口を開く。
「あ~、ごめん。なんか謝られたのが意外だったから」
「……いや、意外って。普通に勘違いだったら謝るだろ?」
「うん。まぁ、それもそうだね」
なぜか俺の方をじーっと見つめながら、何度も頷いている。……えっ。もしかして俺ってそんなプライド高そうに見えたりしているのだろうか?何だか自分のイメージがい心配になってくる。
「それよりもほら、弁当も片したんだし、そろそろグランドに下りよ。午後は望未のダンスが見れるんだし」
「そうだな」
なんて頷きながら、グランドに下りていった。数分間も話していれば自然と昼休みが終わり、午後の競技の開始時間になる。最初に行われるのはダンス競技で望未も参加する競技だ。女子限定の競技ということもあってか、周囲の男子たちの視線にはどこか妙な熱気が混じっていた。あちこちから浮ついた声が聞こえてきて、別の意味で騒がしくなる。
そんな様子に苦笑していると、午後の競技を開始するアナウンスが響き渡った。それを合図に参加者たちがそれぞれの持ち場へと移動を始めた。
当然、望未も歩き出すのだが、一瞬こちらを振り向き、立ち止まった。そして、何かを決心したように小さく息を呑むと、クラスの方に走りながら戻ってくる。そして、俺の目の前で立ち止まった。
「……?」
なにか忘れ物か?なんて思いながら、なぜ俺の方に来たのかと戸惑っていると。何か言いたそうに、口元をもごもごさせながら、それでも緊張しているのだろう。視線を彷徨わせながら、口を開きかけては閉じる。
胸の前でぎゅっと手を握りしめながら、自身を落ち着かせるように目を閉じて深呼吸をする。当然のように上下する上半身に男子の視線が集まり、それを咎めるように視線を送るとサッと逸らした。
やがて、意を決したように目を見開き、まっすぐ俺を見つめる。そして、
「連君、見ててね」
なんて、弾むような声を上げながら、宣言した。それでも慣れてないからだろう。少し恥ずかしそうに頬を染めて、「じゃ、じゃあねっ」と小さく笑みを浮かべながら、逃げるように走っていった。
突然の望未の行動に俺は驚いてしまい、何の返答できずにいた。ただただ、遠ざかっていく望未の姿を目で追うように、見つめていて。そして数秒遅れて、踏み込んでくれての行動だと察する。
その照れた表情を思い返して、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。その表情を誰にも見られないように、俺は片手で口元を隠すように覆いながら、俯いた。
「おーおー」
「青春してますねぇ」
なんて、妙に楽しそうに笑っている大翔と有明の視線が身に入る。その視線がまた余計に恥ずかしくて
(あぁ、もう、最悪だよ)
なんて、恥ずかしさを誤魔化すように心の中で叫ぶ。それでも、胸の中に妙な温かさを感じ、ふと笑みが零れてしまうのだった。




