好きの宣言!
外出から帰宅した私は、いつも通り、お風呂で汗を流した。すぐに保湿できるように、バスローブに着替えて、化粧水で肌を潤す。続けてボディクリームを取り、腕や脚へと丁寧に伸ばしていく。指先で円を描くように馴染ませていくと、身体がほぐれていくのを感じる。
けれど、それとは裏腹に、心だけがどうしても落ち着かなかった。いつもと同じ手順をなぞっているはずなのに、胸の奥に残った浮ついた感覚は抜けなくて、ついにやけた私のだらしない顔が鏡に映る。
——こんな顔、してたんだ私。
自覚した途端、余計に意識してしまって、頬のあたりがわずかに熱を帯びる。つい、恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。
……でも、これは仕方がないことだと思う。だって、好きな人からプレゼントをもらったんだよ。浮かれるな、という方が無理がある。
その余韻は、スキンケアをするために自室に戻ってからも、まるで抜けてくれなかった。本当なら、すぐに次の手順に移るべきだと分かっている。肌の水分は、時間とともに失われていくのだから。
それでも、気づいたら、視線は逸れていた。机の上。そこに置かれた、ローズゴールドに輝くハート形のヘアブラシ。彼からもらった、プレゼンとについ視線がいっていた。
見つめた瞬間、ふっと口元が緩む。途端に、にへらぁ、とした私のだらしない顔が、メイクアップミラーに映った。そんな自分と目が合って、余計に今の自分を意識してしまう。
(うぅ……恥ずかしすぎる)
私は思わず、自分から逃げるみたいに、両手で顔を覆った。
思い返すと、帰り際からずっと、こんな調子だな……私。電車で揺れるたび、彼にもらったプレゼントの袋も当然揺れるわけで。手の中にある重みを実感してしまう。少し夢みたいに浮ついたこの気持ちが、ただの妄想なんかじゃなくて、ちゃんと現実なんだと分かって……そのたびに、つい頬が緩んでしまっていた。
どうにか堪えようとはした。唇をきゅっと結んで、表情を押さえ込もうとする。けれど、やっぱり無理だった。気を抜いた瞬間、また口元が緩んでしまう。
そんな私の様子が、不思議だったのか。連君に「何か嬉しいことでもあったの?」なんて尋ねられたときは、思わず心臓が跳ねた。
もしかして、見られてた……?なんて、焦ったし。だらしなく緩んだ顔を見られて、引かれたんじゃないかって、一瞬で不安がよぎりもした。
けれど、彼はそんなこと、まるで気にしていない様子で。私が、プレゼントをもらったことが嬉しいと素直に伝えると、
「そんなに喜んで貰えるなら、俺も嬉しい」
なんて、連君も頬を緩ませていたっけ。私が笑うたびに、彼も嬉しそうに笑ってくれて。
「俺も望未にもらったプレゼントが嬉しくて、ついスマホを取り出すたびにやけてる」
なんて言いながら、私がプレゼントしたストラップを付けたスマホを見せてくれたっけ。揺れるストラップを見るたびに、胸の奥がきゅっと満たされて、どうしようもなく、嬉しかった。
思い返すたびに、またにやけてしまう。胸の奥がじんわりと満たされていくのを感じながら、自然と呟いていた。
……あぁ、ほんとに好きなんだな、私。ふと漏れた自分の想いに、恥ずかしさを感じつつ、でも嬉しくもあった。
——そうだ、葵に連絡しないと。
帰ったら連絡すると言っていたのに、気づけばもう、随分と時間が経ってしまっていた。浮かれていた自分から一転、手早くスキンケアとヘアケアを済ませ、葵に連絡する。
「今、電話大丈夫そう?」
「もちろん、大丈夫だよ」
すぐに返ってきたその言葉に、ほっと胸をなで下ろす。画面に表示された通話ボタンに指を伸ばして、通話を開始する。
「今日のお出かけ、セッティングしてくれてありがとね、葵」
そう口にした私の声は、いつもより柔らかくなっているのが分かった。
「こちらこそ、ありがとうだよ。魚について色々知れて楽しかったし、それぞれが一生懸命生きてるんだなって分かって、私も元気もらえたし」
そんなふうに、嬉しいことをさらっと言ってくれる。いつも明るくて、相手のいいところを自然に見つけて、言葉にしてくれる人。
東京に来て、不安ばかりだった中で、初めてできた友達が葵で本当に良かったなって思う。……もしかして、これまで頑張ってきた私に、神様がご褒美でもくれたのかな。
いや、それにしては、連君に出逢わせてくれたことを含めて、さすがに少しもらいすぎな気もする。そんな都合のいいことを考えるくらい、今の私は幸せだった。ほんと、運命の神様には感謝しかない。
「私も楽しかったよ。望未がいろいろ連君に踏み込んでくれたから、私も自然と話せた。ありがとね、葵」
そう伝えると、葵は少し気恥ずかしそうに笑う。
「いや~、気付かれてましたか」
「そりゃ、気づくよ」
軽く笑いながら、私は返す。だって、普段の葵なら、相手の反応を見ながら少しずつ距離を詰めるはずなのに、今日は最初から踏み込んでいたから。
……たぶん、私が不安そうにしてたの、気づいてたんだと思う。
でも、それを連君がちゃんと受け止めてくれていて。そのおかげで、私もつられるみたいに、少し踏み出して話せた気がする。
きっと、葵が一緒じゃなかったら、緊張して、ぎこちないまま終わっていたに違いない。もしこれが二人きりのデートだったら失敗したことに落ち込んで、ベッドの上でひとり反省会していた気がする。
「それに、連君にプレゼント買ったほうがいいって言ってくれたんでしょ」
そう聞くと、不意に返事が途切れる。……あれ?不思議に思ってスマホを見るけれど、通話はちゃんに繋がったままだ。
ようやく返ってきた葵の声は、どこか楽しげで、悪戯っぽかった。
「うーん、言ったは言ったんだけどさ。その時はあんまり反応よくなくかったよ」
「……?」
思わず、首をかしげる。それなら、どうして連君は私にプレゼントを買ってくれたのだろうか?そう考えていると
「確か、望未と話した後かな話したあとかな。急に買うって決めたみたいだったな」
——その言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。
「だからね、私が背中押したっていうより、連が自分で選んだんだよ」
期待していた返答が返ってきて、思わず心臓がきゅっと高鳴るのを感じた。
「それにね、最初に選んだのも連なんだよ。『これ、望未に似合いそうだな』って呟いてて、それに私が乗っかっただけだしね」
……その追い打ちは、ずるい。胸の奥がきゅっと締めつけられて、思わず傍にあったぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。
つまり、あのプレゼントは連君が私に似合うって選んでくれたものなんだよね。その事実が、ゆっくりと胸の奥に落ちてきて。気づけば、ぬいぐるみを抱きしめる腕に、どんどん力がこもっていく。
……もし、このぬいぐるみが連君だったら。そんなことまで妄想してしまって、恥ずかしさのあまり、足をぱたぱたと動かしてしまう。
「……望未?」
返答がないことを不審に思った葵が声を掛けてくる。
「な、なに?」
「いや、返答がなかったら、呼んだんだけど……」
その言葉はだんだんと、楽し気なものに変わっていく。
「さては、連のことを考えて上の空になっていたんでしょ?」
……図星だった。ぬいぐるみをみつめて、キスするとこまで妄想していたなんて絶対にいえない。でも、嘘も付けなくて。私はあっさりと認める。
「はい……そうです」
ぎこちなくそう答えると、通話越しにくすっと笑う声が聞こえた。そのまま、少し柔らかくなった声で続ける。
「にしても、連に対しての気持ちを今日ではっきりできて良かったね、望未」
平然と告げられたその言葉に、思わず息を呑んで、思わず画面を凝視してしまう。
「どうして、連君への気持ちが、恋かどうかで迷ってたって分かったの?」
思わず漏れた言葉に、葵は苦笑しながら告げる。
「そりゃ分かるよ。だって、望未、どこか積極性にかけていたもん。だから、自分の気持ちをまだ整理できていないのかなって思ってた」
核心を突くその言葉に、思わず言葉を失う。確かに、その通りだったから。私の中にある気持ちが、昔の憧れの延長なのか、それとも恋なのかで迷っていた。
連君は相変わらず彼は優しくて、周りの人に手を指し伸ばしてくれる人で。でも、変わっている部分も多くあると思っていた。
だから、今日水族館で見せてくれた、どこか昔と変わらない、無邪気な姿に安心して、ふっと肩の力が抜けた気がした。変わらない部分もあるんだって、そう思えたから。
「すごいね、葵は。完全にその通りだよ。……でも、どうして私が今日で恋に落ちたって分かったの?」
少し間があってから、通話越しにくすっと笑う声がする。
「だって、完全に恋してる顔してたから。……乙女って感じで、頬を赤らめながら連を見つめてたじゃん」
瞬間、頬が熱くなるのが分かった。心臓がひときわ大きく跳ねて、その熱が耳の奥までじんわりと広がっていく。
(そんなに、分かりやすかったの?……わたし)
もしかして、連君にまでバレてたんじゃ。そんな考えがよぎって、胸の奥がきゅっと縮こまる。今日の彼の表情を一つひとつ思い返していって。うん、大丈夫。少なくとも、気づいている様子はなかった。そう自分に言い聞かせて、そっと息を吐く。
そんな中で、葵は続ける。
「違うの?」
と。軽く投げられた問いに、
「……っ」
一瞬、言葉が出てこない。でも……少しの沈黙のあと、観念したみたいに視線を落として、私は答える。
「水族館であんな風に助けられたら、恋にも落ちるよ……」
言葉にだして、ハッキリと理解する。最初にあったときは、きっと"恋"と呼べるほど、はっきりしたものじゃなかったと。
新しい場所で、頼れる人が少ない中で、それが何なのかを考えようにしていた。考えてしまえば、きっと戻れなくなる気がして、どこか曖昧なまま、ぼかしていた。それでもいいって、思っていた。
でも、今日のアレは衝撃が強すぎた。視界の端、誰かがぶつかりそうになって、彼が間に入ってくれたこと。私と相手の人がぶつからなくて、ホッとした表情を浮かべていた。
そのことを思い出すだけで、頬がぶわっと赤くなる。身体が火照るのを感じて、その熱を冷ますように頬でパタパタと顔を扇ぐ。
「えっ……気づいてたの、望未!?」
驚いたように上がった声に、思わず喉の奥で小さく笑いがこぼれた。少し息を整えてから、私は返した。
「さすがにね。ぶつかりそうになってたら分かるよ」
「そう……だよね」
その反応が、なんだか可笑しくて。でも嬉しくて、私は自然と笑みを浮かべていた。
「まぁ、確かにあれは恋に落ちるね」
あの時の光景を思い出しながら呟いているだろう。ゆっくりと紡がれる彼女の言葉に
「でしょ?」
私は声を弾ませながら答えるのだった。その声を受け止めるように、ふっと小さく息をつく声が聞こえる。
「でも、これから大変だよ、望未」
「……なにが?」
「なにがって、そりゃ~、桜さんみたいに強敵もいるって話。あぁみえて意外に連を狙っている人多いんだよ」
それは、私も知っている。連君に好意を抱いている人は、教室内で少なくとも5人はいる。まぁ、付き合えたらいいな、的なノリだとは思うんけれど。
でも、それ以上に強敵なのは涼花ちゃんだ。一番身近にいて、連君も気付かぬうちに好きになっている。
……勝てるの?
そんな弱気な声が、一瞬だけ頭をよぎる。でも。すぐに、小さく息を吐いた。それを考えたって、仕方ないって思う。涼花ちゃんみたいに、近くで傍にい続けることはできなかった事実は変わらない。
だから——
「私は、自分ができることを積み重ねて。連君の隣に、立ってみせるよ」
そう宣言する。憧れのアイドルになるために努力した、あの時と同じように。今度は連君の一番になれるように頑張るだけだ。
自然と笑みが浮かぶ。私は胸の奥を熱くさせながら、もう一度、自分に言い聞かせるように胸の内で宣言するのだった。




