追求
「ついに天蓋エリアについた~」
「目に見えてテンション上がってるね」
「ほんと楽しそう」
そう言って、二人が温かな目でこちらを見てくる。
「だって、ペンギンがいるエリアだよ。そりゃ、テンションも上がる」
「ついに隠さなくなったよね、連」
「それだけ、心をゆるしてくれたったことだと思うよ」
「たしかに、そうとも言えるな」
二人なら受け入れてくれると分かっているからだろうか。俺はテンションが上がりながらつい、あちこちに視線を送ってしまう。
……うっわ、すっご。マジで空が見えるじゃん。
思わず足を止めて視界を上にやる。通常の水族館でも空が見えることはあるけれど、ビルの上階にいるからか。他の建物のが見えて少し不思議な気持ちになる。自然豊かなビアガーデンといわれても、違和感はない。……けど、微かに水音がするんだよね!!
それだけで気分が昂揚する。
「ほんと楽しそうだね……連君の口角がつい上がってるし」
「そういう望未だって、嬉しそうに笑っているように見えるよ」
「うん……私も楽しいよ。葵はどう?」
「私もすっっっごい!楽しい!! 望未が解説してくれてるお陰で発見ばっかだもん。解説の天才だね」
「え~、そんなことないよ。望未が楽しそうに聞いてくれるから、私も楽しくなれてるんだよ。ありがと」
二人はそんなふうに、楽しそうに褒め合っている。そのやり取りがなんだか微笑ましくて、思わず眺めてしまう。
「あ~、連がまた望未に見とれてる」
「……ふっ、今回は二人共だよ」
「……えっ、ごめん。私、彼氏いるから」
「いやっ……ちょっと引いたように距離取らないで」
そんなやり取りを、望未はくすくすと楽しそうに笑いながら見ていた。そうしてようやくお目当てのペンギンコーナーにやってきた。
(……ペンギンだ)
思わず、目の前の光景に視線を奪われた。巨大なガラスの向こうで、何匹ものペンギンたちが水の中を縦横無尽に泳いでいる。その動きは軽やかで、まるで空を舞っているみたいだった。
水槽の奥には、ガラス越しに外の景色が重なって見える。高くそびえるビル群の輪郭が、水の揺らぎと重なってぼやける。その中を泳ぐペンギンたちは、まるで天空を飛んでいるみたいで、未来都市に紛れ込んだような、そんな錯覚を覚えた。
気付けば東雲さんも感心したように見入っている。
「確かにこれはすごいね……でも、思ったよりもペンギンって小柄なんだ」
そう東雲さんも驚いたように見つめていた。
「着眼点がいいね。ペンギンの中でもケープペンギンは結構小柄なんだ。みんながよく知ってるコウテイペンギンとかは、大きい部類に入るんだよね」
そう答えると、
「やけに詳しいね」
東雲さんがくすっと笑う。その視線には、どこか面白がるような色が混じっていた。
「そりゃ、ペンギン好きだからね。そこそこ知ってると思うよ」
そう言った瞬間、二人が同時にこちらを見る。
『連(君)のそこそこは絶対違う』
息がぴったり揃った声だった。その事に二人とも顔を見合わせて驚き、それからくすっと笑い合う。
「いやいや、そんな知らないって。知ってることがあるとすれば、ペンギンって十八種類いて、日本で見られるのが十一種類くらいってことと……」
視線を水槽へ戻すと、ちょうど二羽のペンギンが、並ぶように泳いでいた。それが視界に入り話すことを決める。
「今見てるケープペンギンは、珍しく人間みたいに少しずつ距離を縮めて、愛を育むって言われてるところかな。だから、ああやって連れ添うみたいに泳ぐ姿が見られることもあるってことかな」
水の中で、二羽のペンギンがゆっくりと同じ方向へ進んでいく。その寄り添う姿に思わず、頬が緩まずにはいられなかった。
「うん、もうわかったけど……それ、全然ちょっとじゃないよね」
東雲さんが呆れたように肩をすくめる。望未の方もくすっと笑いながら、
「ペンギンについては、絶対に連君の方が詳しいね」
二人にそこまで断言されると、さすがに少し照れくさい。けれど、どこか認めてもらえたみたいで、嬉しかった。俺は改めて水槽の中へ目を向ける。
「にしても、すごいな……この数」
何羽ものケープペンギンが、水の中を縦横無尽に泳いでいる。胸元の黒い帯模様も、一羽一羽微妙に違っていて、よく見るとそれぞれに個性があるのがわかる。
本当に、見ていて飽きない。陸の上では、よちよち、ペタペタ歩く、あの愛らしい姿なのに————水の中に入った瞬間、別の生き物みたいに俊敏に動き回る。そのギャップが、たまらなく好きなんだよな。
そう思いながら見入っていると、
「ねえ」
東雲さんが、水槽を覗き込みながら俺に聞いてきた。
「さっき言ってたよね。ペアで連れ添うって。ああいうのって珍しいの?」
「……うん?生物全体だとかなり珍しいな」
水の中を並ぶように泳いでいく二羽を見ながら答える。
「ペンギンみたいな鳥類は別として、哺乳類とかで見れば一夫一妻制って多くて全体の五パーセントくらいしかいないって言われてるし」
「……ん?」
その言葉に東雲さんがぴくっと反応した。
「待って。今、一夫一妻制が五パーセントって言った?」
「そうだね。正確には約三~五パーセントかな」
「え、どういうこと? じゃあ他はどうなってるの?」
少し身を乗り出すようにして聞いてくる。その勢いに押されつつ俺は淡々と答える。
「まあ、一夫多妻制だったり、多夫多妻制かな」
「ちょっ、ちょっと待って。理解が追いつかないんだけど……」
水槽の前で立ち止まり、俺を見上げながら言う。
「その多夫多妻制っていうのはさ……例えば、一匹のオスがいて、そのオスがたくさんのメスと関係を持つ。で、そのメスもまた、別のオスと関係を持つ……みたいな感じ?」
「うん、まあそんなイメージかな」
俺が頷いた瞬間、東雲さんはさらに目を見開いた。
「えっ、ちょっと待ってね。全然イメージわかないんだけど、それって成り立つの?」
本気で信じられない、という顔だった。
「逆に、そうしないと危険がある場合もあるんだよ」
水槽の向こうで、ペンギンが勢いよく水を切って泳いでいく。その動きを目で追いながら、俺は続けた。
「例えばライオン。あれって、自分の子どもじゃないと判断すると、オスが子どもを殺してしまうことがあるんだ」
「えぇぇ……」
東雲さんが小さく声を漏らす。
「でも、もしメスが複数のオスと関係を持っていると、どの子が誰の子かわからないだろ? そうなると、オスは簡単に子どもを殺せなくなる。だから種を残すという部分でしかたないと思うんだよね」
そう伝えると東雲さんが目を細め、鋭い視線でこちらを見つめてくる。
「へぇ~、連は浮気を容認すると」
……ん?そこまではいっていないんだけど。というか生き物の話だったよね。
「いやいや、勿論浮気なんかしていいはずがない」
「じゃあ、もっと反対してもよくない?」
「……そうだな」
東雲さんにじりじりと追及されていると、横から、望未が助け舟を出してくれる。
「連君も勿論、浮気は肯定してないと思うよ。ただ、他の生き物にも生き方があるから仕方ないよねって話だよ」
「え~、望未も肯定派なの?」
東雲さんが半ば呆れたように眉を上げる。
「そうだね。色んな生き方があってもいいと思うんだ。ほら!自分たちが絶滅しないために、必死に命のバトンを繋いでるんだよ」
「うぅ……その言い方はずるいよ。まぁ……感情的には納得はしずらいけど。理解した」
「いいんじゃない。一人の相手を大切に思える葵だからこそ、そう思うんでしょ」
そう優しく言われて、ようやく留飲を下げる。ホントに助かったと、望未に頭を下げる。望未はそれを見て軽く頷く。そうしてこの件も終わりだろうと思った矢先、東雲さんが追求するように、俺の方をじーっと、見つめる。
「連は勿論浮気したりしないよね?」
その追求に引きつった笑みを浮かべつつ答える。
「浮気どころか、誰とも付き合ってすらいないんだけど……」
「そう……ならよかった」
東雲さんはそう微笑んだ。けれど、その笑みはどこか静かで、笑っているようには見えなかった。
「でもよかったね。連がそんなことしたら、多分刺されていたから」
そう続けた言葉はどこか冗談めいた口調なのに、目線だけはこちらを真っ直ぐ捉えていて、思わず唾を飲み込んだ。……いや、それ本当にシャレにならないやつじゃないか。
ふふふ。と笑っている、東雲さんに若干の恐怖を感じる中、次のアシカショーを見に行く。けれど、目の前にいる生き物が一夫多妻制だからだろうか。俺は何故か胃が痛くなるのを感じるのだった。




