信頼の先にある感情
桜を安心させるように、抱き合っていると周囲の視線が集まっていることに気付く。当然のように近くで待機する男子からは嫉妬の視線が集まり。同じチームだった人からはどこか生温かい目で見つめられる。
もちろん、この特殊なリレーに参加したものたちだけじゃなく、借り物競争で司会をしていた人やクラスメイトからも視線が集まっていた。どことなく恥ずかしさを感じて俺は、桜の肩をトントンと軽く叩いた。
「あの、桜」
呼びかけると、彼女がはっとしたように顔を上げる。その瞳はまだ少し潤んでいた。
「そろそろ離れないと……その、みんなに迷惑かけちゃうから」
そう言って周囲を示す。ぐるっと見渡して視界に入るのは、俺たちを残した数名だけが列に並ぶ途中で、抱き合っている分、周囲の視線を一気に集めていた。
その状況を理解したらしい。顔を真っ赤に染めながら慌てて俺から離れた。
「あっ……ご、ごめん」
恥ずかしそうに視線を逸らす。
「私なんか……嫌だったよね」
そう言いながら、俺の胸元を見る。涙で少し濡れていた。けれど俺は首を振る。
「そんなことないよ」
素直にそう答える。
「むしろ嬉しかったよ......信頼してくれてるんだなって思ったから」
そう言うと、笹野先輩からは呆れたような溜め息が零れ、宮原先輩からは舌打ちが飛んでくる。「チッ……ヘタレめ」なんて声が聞こえてきそうだった。あの、勘違いしてるところ悪いんですけど、そういう関係ではないです……。
当の桜本人はどこか満足そうにふわりと微笑む。それから、どこか安心したように肩の力を抜いて。
「……うん、信頼してるよ」
なんて嬉しそうな声で告げるのだった。それを見ていた宮原先輩は我慢できなかったのか、ぎゅっと桜を抱きしめていた。どこか驚きつつも、桜はそれを受け入れて、頭を撫でられる。
その様子を温かな目で見つめていると、聞き覚えのある声が飛んでくる。
「そっかぁ、鏡も男の子だねぇ」
振り向けば、なぜかにやにやしながら俺を見ている笹野先輩の姿が目に入った。
「……何がですか?」
思わず即座に返すと彼は口元を緩めている。絶対何か勘違いしている。そう確信できる顔だった。だからこそ俺は、それ以上言葉を紡がせないために話題を変える。
「皆さん、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「おかげで優勝できました」
「いいって」
笹野先輩が笑う。
「最後全部持ってったのお前だしな」
「本当それ」
宮原先輩も頷く。
「あんなに速いなら百メートルも一位取れたんじゃない?」
「いやいや、あの時だって本気でしたよ」
そう返すと、宮原先輩は意味深に口元を緩める。
「そっか」
そして腕の中にいる桜をちらりと見る。
「今回は誰かのためだったからだね」
「……っ」
その言葉に桜は頬をほんのり染めると、照れ隠しをするように宮原先輩の腕へ顔を埋める。その姿を見て、周囲から生暖かい笑みがこぼれた。
……やっぱり勘違いしている。絶対に勘違いしている。そう思うのに。否定すればするほど面白がられそうな空気だった。
俺は少し拗ねたように頬を少し膨らませながら告げる。
「それじゃあ、自分たちは保健室に寄ってから行くので、ありがとうございました」
俺がそう告げると、笹野先輩が思い出したように頷いた。
「ああ、そういや怪我してたな」
「はい」
右手を軽く上げる。
「すぐそこですし、消毒だけしてもらってから戻ります」
「了解」
笹野先輩はどこか楽し気に笑ってから、
「約束忘れんなよ」
と人差し指を向ける。
「はいはい」
そう告げながら桜の手を引いてその場から離れていく。その様子にどこか小さな笑い声があがるのを感じつつ、意識しないように校庭の端に設置された簡易診療所へと向かうのだった。
***
到着すると、まず桜が治療を受ける。擦りむいた膝や足首の確認をしていく。幸いにも歩けない程ではなく。軽く擦りむいた程度で済んでいた。
それに安堵しつつ、彼女は消毒や、ガーゼを張ってもらい治療をしてもらう。同様に俺も治療してもらった。
治療が終わる頃には、右手には綺麗に包帯が巻かれていた。違和感もほとんどない。
「よし」
軽く手を握る。問題なさそうだ。そして診療所を出る。二人となりして、どこか温かな気持ちを抱きながらクラスメイトの場所へと戻って行く。当然のようにクラスに付くと、真っ先に雫が近寄ってきて……
「桜、大丈夫ですか?」
と心配をする。
「うん、大丈夫だよ。治療もしてもらったし、傷も深くないから、傷とかは残らないって言ってたし」
「そうですか。まあ、傷が残った場合は連に責任を取ってもらうとして、無事で良かったです」
いや、なんで俺なんだよと思わずにはいられない。まぁ、治療費くらいなら別に出してもいいけどさ。なんて思いつつ、見つめた雫の姿は落ち着いていた。てっきりもっと乱心してると思ったんだけど、そこまで暴走はしていなかったらしい。
「にしても連が一位を取ってくれて良かったよ。あのままじゃ雫があの先輩のことをボコボコにしてたかもしれないし」
撤回。本当に一位を取って良かったと心の底から思う。どこか安堵しつつ肩の荷を下ろしていると、
「千夏は優しいですね。その程度で許すはずがないです」
なんてハイライトの消えた視線がこちらに向いた。おかしいな、周囲は熱い筈なのに、不思議と身体が小刻みに震えるのを感じる。
「心配してくれてありがとね、雫。でも、物騒なのはいけないよ」
「そうですね」
雫は、桜のぬくもりを感じるようにぎゅっと抱きついた。もちろん、怪我しているとこは避けているから冷静ではあるのだろう。その姿勢のまま、首だけ俺の方を向ける。
「にしても連、ナイスです。一位を取ってくれて、スカッとしました」
「なら良かったよ。まぁ、それも俺だけの力じゃなくて、チームの人が協力してくれた。なにより……最後の直線。あの時、桜の応援があったから、優勝できた」
「そんなこと……」
『あるよ!!』
なんて俺と雫の声が被る。それに二人して驚いたように目を大きく見開きつつ、ふっと笑う。
「あの時、肺が裂けそうなほど苦しくて足も鉛のように重かった。それでも前に進めたのは、桜の必死にそうする姿があったからだ」
「確かに、最後に加速したのは驚いたね」
なんて千夏までもが援護する。
「だからさ、みんなで手に入れた優勝だった。ありがとう、桜」
それにどこか優し気な目で彼女は、ふんわりと笑う。
「ズルいよ……連は」
なんてまた泣きそうになりながら、それでも真っ直ぐに俺を見つめる。
「ありがと、連」
なんて少し大人っぽい、表情で彼女は告げる。思わず見とれてしまうのは自分だけじゃなかった。クラスメイトだけじゃなく、周囲の人もまた会話を止めてただただ、彼女に見とれていた。




