望未の決意
桜さんと連君が抱き合っている姿に、ぎゅっと胸が締め付けられる。あんな光景を見せられたら誰だって、諦めちゃうよね……。
今の二人の姿は、誰がどう見てもお似合いだった。怪我をするというアクシデントがあった中、桜さんのために、必死になって、息も絶え絶えになりながら、前を見続ける連君。
ゴールまでの直線、もう体力がないと思われた連君の名前を桜さんが呼び、それに応えるように加速して一位でゴールする。普段感情をあまり表に出さない彼が咆哮を上げて、互いに嬉しそうに笑いながら抱き合う。
そんな二人の姿に、周囲もどこか祝福するような空気が広がっている。その光景を見て自分がどこか甘えていたことに気付く。前に踏み出さないと手に入らないなんてアイドル時代には当たり前だったのにね……。
少し俯く姿が、気落ちしているように見えたからだろう。葵が心配そうにこちらを見つめてくる。
「あれは反則だね、本気で挑む時の連って雰囲気が重いというか……オーラがあった。どこか遠くの存在に感じちゃうよね」
「うん。私も初めて見た。あんなに真剣な連君は……」
スッと目線が細くなり、いつもよりも視線に力強さが増す。見つめる先は一点に集中し、そこから視線を外さない。
覚悟を決めた彼の姿に、ドキドキする自分がいた。同時にズルいって思ってしまう私に気付く。桜さんが悲しい想いをしないためにってことは分かっているのに、それでも羨ましいと思ってしまった。
「望未は諦めないよね」
私を見つめる彼女の視線が少し揺れる。そんな彼女を安心させるように私はふっと微笑んだ。
「もちろん、諦めるつもりはないよ。だって、彼は私の目標で、何より好きって気持ちは今もなお燃え続けているから」
それは周囲の浮かれた雰囲気に対する宣誓だったのかもしれない。自然と二人の関係を祝福するような雰囲気に抗いたいのだと思う。
いつも真っ直ぐ私を見てくれる彼を。恥ずかしそうにしながらも、初めてプレゼントを渡してくれた彼を。引っ込み思案だった私の背中を押してくれた連君のことを。決して諦めない。
だって私は、変えるきっかけをくれた連君を今度は私が変えたいって思うから!!自信が持てるように背中を押せる存在になりたいんだ。他の誰でもない私が、彼の隣に立ちたい。その場所だけは譲れない。
葵は私の方を見つめて目を丸くしする。そうして肩の力を抜いて、どこか安心したように表情を緩める。
「ふふっ……安心した。そんな悔しそうな表情が望未にも出来たんだね」
そんな表情をしているだろうか……と考えて、自分に着目する。確かに葵の言う通りだった。口を少しすぼめながら頬は膨らんでいる。あからさまな嫉妬した表情を自分が作っていて、少し恥ずかしくなる。
「うん、私も驚いたこんなにも連君のことが大好きなんだって」
「そうだね、意外に自分の気持ちには人って鈍感なんだよ」
どこか嬉しそうに告げる彼女の表情に頷く。言葉に出してハッキリと分かる。私は連のことが好きなんだって。そう自覚した私は彼の方へと足を踏み出すのだった。
***
雫さん達との会話が一段落した段階で私は声を掛ける。最初の一歩を葵に任せるんじゃなくて、私から積極的にいかないとダメだから。
「二人とも一位おめでとう」
「ありがとう、望未」
いつも通りのどこか温かな表情を携える連君が少し驚いたように目を丸くして私を見つめる。何か変だったかな?なんて思わず、髪の毛を整えてしまう。自分を落ち着けるようにする中で葵が心配ないよって告げるように背中を軽くポンッと叩く。
「にしても連って意外に熱くなるんだね。マジになる姿は初めて見たかも」
「……逆に周囲が見えなくなって恥ずかしいんだけどね」
「そうかな?私は誰か他のために、あそこまで全力を出せる姿はカッコ良いって素直に思ったよ」
その言葉に、葵まで驚いたように目を大きく見開いて、嬉しそうに表情を緩める。雫さんからは、どこかムッとした表情を向けられる。分かっている。雫さんからしたら私は連を奪おうとする悪者だよね。それでも譲れない。
「私もカッコいいって思ったよ。速川先輩相手に言い切ってくれたこと、嬉しかった」
桜さんもまた肯定するように頷いた。それに恥ずかしそうに連はふいっと顔を逸らしてしまう。その姿がかわいいなって思う。
にしても桜さんって素で褒めるところあるよね。裏表がない彼女だからその言葉が真っ直ぐ刺さるんだなって理解させれれる。
「連はさ、どうしてあんなにマジになれたの?」
「私も気になります!!どうしてですか?」
葵の言葉に、雫さんが前のめりになる。連の気持ちを明言させるために。返ってくる言葉が少し怖い。けれど、現状から逃げ出したらきっと以前と変わらないから。真っすぐ彼の方を見つめる。
連はその言葉にふっと肩の力を抜きながら桜さんの方を見やる。穏やかな彼の表情にズキッと胸が痛み、雫さんはさらなる期待の視線を向ける。
「最近の桜はさ、クラスメイトとも話す機会が増えて、笑うことが増えた」
振り返るようにどこか温かな目で連は桜さんを見つめる。
「せっかく、前を向き出しているのにさ、それを邪魔させたくなかったんだ」
淡々とした言い方。感情を抑えたような声音。でも——真っ直ぐに前を向く視線だけは、力強かった。
その瞳にどこか照れたように桜さんは頬を赤くしていた。
「そっか、連らしいね」
なんて葵もそれ以上は何も言わない。今の言葉が嘘じゃなくて本心だって分かる。その表情から桜さんを特別だって認識していることも分かった。
きっと連自身は気付いていないと思う。自分の気持ちが桜さんに向いているってことを。だからこそ、私も踏み出さないといけないんだ。
そう決意するタイミングで、アナウンスが流れる。連の最後の競技が始まる。
「それじゃあ、参加してくる!」
なんて、太陽みたいに明るい笑顔で彼は去っていくのだった。




