前を向いて
先輩が集まっている場所についく、俺たちの繋いでいる手に目がいっているのが分かる。視線を感じた俺は、ぱっと手を離して先輩たちと向き合った。
「まさか、お前と俺が選ばれるとは奇遇だな」
「はい、偶然ですが少し運命めいたものを感じますね」
「気色悪いこと言うな。で、どうする?お前がアンカーをやるか?」
「いえ、先輩にお願いしようと思います。これ以上目立つつもりはないので」
「へぇ~、ジンクス狙いってわけじゃないのか……」
「……ジンクス?」
笹野先輩の問いに桜の方が首を傾げていた。どうやら俺と同じようにその手の話を聞いていなかったようだ。
「はい、なので5番走者が自分としては欲しいですね、200mは走りたいと思うので」
「なら、それでいいな。異論あるものはいるか?」
笹野先輩の問いかけに俺以外の参加者が首を振って答える。その後は桜を含めて順番を決めていった。
「宮原は一番走者でいいな。どうせなら一位を取って様子見したいし」
「はぁ~、簡単にいうけどね。栞とかだっているんだかんね」
「わかってるよ。でも、いけるだろ?」
「負けるつもりはないってのが正解かな」
ショートカットが似合う黒髪で切れ長の目をした先輩が、呆れつつ答える。けれど、その返答に反して自信あるのだろう、口元には少し笑みを浮かべて、目には闘争心を宿していた。
「なら、自動的に一年のお前は二番手だな」
「はい、わかりました」
笹野先輩に見つめられた桜が小さくこくりと頷いて同意する。これで順番が来まる。このランダム徒競走では女性二名➔男女➔男子二名の順で走る。最後の男子二名が200m走るため、ここで逆転が起こることも多々ある。
だからこそ、速い人がいるチームは強い。当然、100m一位のあの先輩のチームもかなり運動できそうなチームだった。……というか全体的に見たことがある人が多いところを見ると、ある程度人選を決めていたことが窺える。
先輩たちはそれを把握しているのだろう。どこか楽し気に身体を動かし始めている。
(さて、それじゃあ、始めますか)
なんて自身の浮かれた気持ちを感じつつ、軽くジャンプして身体の調子を確認する。
「それじゃあ、それぞれ配置につけ!」
という先生の声がグラウンドに響き渡ると、周囲の空気が一段と引き締まった。同時に観客の方は歓声を上げている。
○○先輩がんばれー、なんて声が聞こえてきて、笹野先輩もまた手を振って答えていた。
「それじゃあ、桜またあとで」
「うん!」
桜もまたどこか楽し気に笑いながらスタート地点へと向かった。その様子を見つめていると笹野先輩が口端を吊り上げながら聞いてくる。
「お前、あの子が好きなのか?」
「そうですね。友人としては好きですよ。恋愛としてはわかりませんが」
「ふふっ、そんなに嫉妬した顔を見せているくせして、誰かに取られて後悔しても知らねぇぞ」
「仮に後悔した時は奪い返して見せますよ」
「へぇ~、言うじゃん」
なんて彼に乗って答える。本心で言うならきっと、桜が幸せそうならそれでいいと思っている。それはきっと望未に対しても。義妹に対して……は素直に喜べるかわからないけど。それでも幸せになってほしいというのは本心だ。
どこか馴れ馴れしい先輩に、肩を組まれながら俺はスタート地点へと到着する。最初の走者である宮原が白線の上に乗る。場所はじゃんけんで決めており、内側から三番目とかなりいい場所を確保できている。
真剣な目で彼女が前を見続ける中で、号砲がなった。
瞬間彼女が誰よりも一歩前に抜き出る。反射神経も速く、何より踏み込む力強さが伝わってくる。それを追うように二人の女性がついていくが差は縮まらない。それどころか、少しずつではあるものの、差が開いている。
そのまま桜の方へと向かって行き、バトンを手渡した。バトンを受ける桜は少し慣れないのだろう。他の子達と違い手間取ってしまう。そのロスもあり、走り始めた時には既に同時での出発になり、すぐに抜かされてしまう。
まぁ、仕方ないよな。なんて思いつつも真っすぐに彼女は走り出す。必死に遅れを取り戻そうと、少し不格好ながらも一生懸命さが伝わる。それを笹野先輩はどこか、苦笑して見ていた。俺が好きと勘違いしているから言いずらいのだろうが、「遅っ」とでも言いたげだった。
勘弁してあげてください。桜は真剣なんで。
けれど、それが分かっているからこそ、笹野先輩は何も告げない。更に抜かされそうになるも見届ける。そうして角を曲がった時だった。急に後ろの先輩がスピードを上げる。まるで手を抜いていたかのように。
桜に徐々にせまるなか、一瞬見えた彼女の表情は何かを企んでいるようで、眉を潜めてしまう。そしてどうやらその予感は当たったようだ。
桜と彼女がぶつかる。急な衝撃に桜の身体は揺れて、足がもつれる。なんとかバランスを取ろうとするも手から地面へと転んでしまう。角という事でスピードは落ちている。ある程度加減したのも分かる。それでも……焦ったように前を呆然とみつめる桜を。後から来た人に抜かされて、目に涙を浮かべながら必死に走る桜を見て、身体の奥から血が沸騰するのが分かった。
久しぶりに感じる、誰かに対しての激怒に近い感情に思わず自身を制御することができなくなるを感じる。
(久しぶりだよ、ここまで誰かに対して敵意を抱いたのは)
「ねぇ、笹原先輩、アンカーを譲ってください」
「は? 何言ってんだ、お前」
振り返った先輩の目が、一瞬で変わった。驚き……いや、それだけじゃない。警戒に近い何かを見る目だった。その視線の先にいる自分が、どう映っているのかは分からない。けど、きっと恐ろしい形相になっているのは分かる。
「理由を聞いても良いか?」
「単純です、優勝するためですよ」
「こっから勝てると思っているのか?」
「えぇ、だって先輩100mの時本気出してないですよね」
「……なんでそう思う」
「分かりますよ。一緒に走ったから」
一歩、踏み込む。
「自分と同じか、それ以上に速い。でも本気じゃない。必死な姿が好きじゃないから、本気ではないんですよね?」
空気が、わずかに張り詰める。ほんの一瞬。先輩の表情から、軽さが消えた。
「……へえ」
乾いた声が響く。
「じゃあ、お前がアンカーやったら勝てんのか」
「えぇ、勝てます」
即答する。
「だから、先輩も本気出してください」
沈黙。風の音だけが耳に残る。
「……メリットがねえな、俺に」
「学食一週間。どれでも奢りますよ」
「好き放題頼んでいいのか?」
「学食の範囲なら、いくらでも」
一拍。
先輩は、じっとこちらを見る。その目が、ふっと緩んだ。どこか懐かしいものを見るような、そんな色で。
「……いい顔するじゃん」
小さく笑って、背中を叩いてくる。
「乗った」
その言葉に安堵し肩の力を抜きつつも、目力だけは強くなる。——これで、逃げ道は消えた。そう覚悟だけは決まっていた。
「新見先輩も全力でお願いしていいですか?」
「わかったよ。彼女にも目線で訴えかけておく」
「助かります」
桜が迫ってくる。一番後ろ。6位になった彼女が新見先輩へとバトンを渡した。桜はどこか泣きそうな表情でこちらを見つめる。
「ごめんね連、それと先輩方も」
「どうして?」
「私が最下位にしちゃった。折角一位にしてくれたのに、私が転んだせいで」
「そんなことないよ。あれは事故だった。なにより桜はもっと自分の心配してよ。今だって、手からも膝からも血が出てるじゃん」
その言葉に彼女は首を振る。
「こんなの大したことないよ。ほんと、ごめんなさない」
本当に自分が悪いと思っているのだろう。地面を俯いたまま俺たちの方を見れない。だから
「本当に心配しなくていいよ。桜の想いはしっかり伝わっている。転んでも一生懸命走る姿に俺達は背中を押された、だから俺達で一位を取ってくるよ、ね、笹野先輩」
「あぁ、一年は自分のことでも心配してろ。それと応援よろしく」
「そういうこと。桜みたいなかわいくて、一生懸命な子から応援されたら、それだけで足が速くなる」
それでも浮かない彼女の顔に悪いと思いつつ、両手を添えて顔を上に向ける。
「だから、桜は俺たちの雄姿を見ててくれると嬉しいな。できるなら笑ってね」
桜は俺のことを見つめて、悲し気な表情をする。それでも目をぎゅっと閉じて涙を落とすとうん。と頷いた。
「連君。そして笹野先輩、頑張ってください」
『おう』
それに俺達は笑って返すのだった。




