愛おしい気持ち
男子からの注目を集めていると感じる中で、俺は葵たちの元へと戻ってくる。どこかにやけた表情で俺を迎え入れる葵が何か言いたげだったが特に気にかけることなく、前を向く。
「さすがに連は早いね」
なんて、少し楽し気な声で葵が口を開いた。どうやら逃がすつもりはないらしいなと感じつつ。
「まぁ、鍛えているからね」
と返答する。葵変わらずにやついた表情は変わらなくて、嫌な予感しかしなかった。そして案の定というべきだろう。耳元に近付いてきた彼女が、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「それでどうだった、望未の手の感触は?」
くすくすと笑いながら俺を揶揄う彼女に
「温かかったよ。つい、小さい頃の懐かしい想い出を思い出すくらいにはね」
なんて、平然を装って俺は返す。
「へぇ~」
目を染めながら見つめる彼女はどこか感心したように頷いた。こっちだってそうそう何度も同じ手には引っ掛からない。これ以上付け込まれるのを避けるために、反撃する。
「それに、望未みたいな可憐な子と手を繋げたら、誰だって緊張するし、嬉しい」
「……そっか、良いと思うよ、そういう素直なところ」
なんて、いつもと違って彼女は引いた。そのせいで余計に何を考えているのか分からなくてつい悩みつつも、「ほら、他の子も応援しないと」なんて告げる。
少し葵の反応が気になりつつ、望未が注意したのかもしれないと結論付ける。それにしては、まだ距離感が近いんだけど……。なんて思いつつ、他の生徒を応援するのだった。
***
結局あの後は誰かに呼ばれることもなく借り物競争は終了となる。代わりに大翔や有明の方は結構な人から呼ばれていたのだから、人気の高さが窺える。
眼鏡かけた人なんてもっと近くにいたと思うんだけどな……。なんて思いつつ見つめた有明はやっぱり同性の俺から見ても、つい見つめてしまうくらいにカッコいい。
なんていうか俺は有明の目が好きなんだろうな。真っすぐに前だけ見つめる意志の強さにおのずと惹かれるんだろう。
「連君、いま有明君に対して熱い視線を送ってませんでしたか?」
「……熱い視線というか、普通にカッコいいヤツだなって思ってるよ」
「それは大翔君に対してもですか?」
「そうだな。俺にない強さを持っているから」
(……はぁ~)
どこか呆れたようにため息を雫が吐いた。
「私は連君の謙虚なところが好きです。でも、同じくらい。もっと自信を持ってほしいです」
「そうだよ、連。出来ないことに目を向けるだけじゃなくて、出来ることに。なにより、信頼してくれる人に目を向けてもいいんじゃない」
「そうだね。少なくとも、今選んでくれた二人は連を最も信頼してるんじゃない?」
葵までもがそう告げる。いつになく真剣な三人表情に、有明までもが温かい目で見つめていた。
「そうだな……うん」
胸の中が満たされるような気がした。三人の熱い視線に、私たちも信頼しているとどこか伝えられているようで、自然と背筋を伸ばしていた。
そんな中で二人が戻ってくる姿が見える。どこか楽しそうに話している彼女たちに、笑って告げる。
「二人ともおめでとう。それと、選んでくれてありがとう」
自然と彼女たちにお礼を言っていた。認めてくれたことに。真っすぐな姿勢にどこか背中を押してくれていたことに気付いて。感謝をしていた。
二人とも驚いたように目を見開きつつ、笑う。
『こっちこそありがとう。連のおかげで一位を取れた』
なんて二人して返してくれる。三人で微笑ましく笑うなかで、葵たちが拍手を送る。
「一位おめでとう。望未」
「ありがとう」
「桜もおめでとうございます!一位すごいです」
「連のおかげだよ」
「桜も頑張ってたよ、周囲の視線を独り占めするくらいには、頑張ってた」
なんて楽しそうに話していて。二人ともどこか少し照れ臭そうにしている。
「本当に嬉しそうですね、連君は」
「そりゃあ、嬉しいよ。二人に信頼して貰えたことにね」
これまで一緒に過ごした日々。積み重ねてきたもの。その結果選ばれたような気がして、どこか今までの努力を認めてくれたようにも思える結果だった。それが嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。
「連君はそうやって、素直にしていた方がやはり魅力的ですね」
「なら、気持ちは素直に伝えていこうかな」
「えぇ、それでいいと思います」
有明も体育祭という事で浮かれているのだろうか?いつになく楽し気に笑う姿に、つられて笑ってしまう。
どこか温かな空気の中で、葵がふと前を向いて楽し気に笑った。
「そろそろメインイベントだね」
「メインイベント?」
「うん!!」
葵が深く頷いた所で、前方からアナウンスが流れる。
『それでは、本校オリジナル競技、ランダム徒競走のメンバーを発表したいと思います』
「あぁ」
グラウンド全体に響き渡る声に思わず頷く。そういえばそんな競技もあったなと。おそらくこの学校の体育祭における、最大級の目玉競技がランダム徒競走だった。
各学年から男女六名ずつ選出され。一学年二名×三学年の計六名でチームを組む。誰が選ばれるかは完全な抽選だからこそ、チーム差も当然ある。けど、そのおかげかな、一人の頑張りで戦況が変わることもあり、去年は生徒会長とその想い人がチームになってらしい。
二人が参加したチームは最後に生徒会長の頑張りで優勝し、のちに恋人になるまで発展したのだとか。そのせいで。
『同じ学年の男女で優勝したら生涯添い遂げられる』
なんて妙なジンクスまで生まれていた。
「いや、去年から始まった話だからジンクスとかないのでは?」
なんて葵に行った時は呆れられた。
「盛り上がればよくない?」
とのことらしい。そのせいか、今年は桜や望未を含めて、かわいくてフリーの女性が多いことからかなりの期待が男子の中にあった。
女子の方にも、カッコイイ先輩と、なにより大翔や有明と一緒になりたい層がかなりいるらしく、今も熱い視線を二人とも集めていた。
そんなことを考えている間にも抽選は進んでいく。
「二年女子、磯部さん!」
「二年男子、狩谷君!」
おおーっ!なんて、グラウンドが沸く。確かに美男美女だった。二人とも少し照れながら前へ出てい距離は少し近くて。
……もしかして?
なんてついつい想定してしまうのもわかる気がした。なんていういか、見ているだけで絵になるな……。
なんて思いつつ、所々で盛り上がりを見せる。そんな中で、発表はいよいよ最後のチームになった。未だに男子の期待した視線が桜や望未に向くなかで。司会の声が少し引き締まる。
「三年男子——笹野君!」
「おおおお」
なんて歓声が沸いて、そちらを見つめて思わず目を開いた。
(あのカッコ良くて、100メートルが速かった人だ!)
たしか順位は俺について三位。けれど、その実、まだ余裕を残しているようにも見えた人だ。確かにあれは人気だろうな……。
体格がそこそこ良くて、爽やかな笑みを浮かべて走っている。茶色い髪は派手過ぎず、でもオシャレだと分かるくらいに髪をセットしている。
「それでは一年男子、鏡君」
「え?」
自分の名前が呼ばれる。周囲から歓声が上がった。思わず立ち上がる。まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。どこかぼんやりした気持ちを抱きつつ。
まぁ、笹野先輩がいるなら安心か。そう考えながら前へ出ようとして……足が止まった。
「一年女子——夢咲さん!」
一瞬。思考が空白になる。反射的に桜を見る。桜もまたこちらを見ていて、その大きな瞳が見開かれている。それは俺も同じだった。
同じクラスで同じチーム。そんなことあるのか。なんて、思わず言葉が漏れそうになりつつ、周囲もざわついていた。
「マジかよ」
という落ち込んだ声が聞こえたと思えば。
「またかよ」
なんて、悔し気な声も聞こえたて来た。その中で。桜はまだ呆然としていた。その反応が少し面白くて、つい笑ってしまう。どこか緊張感が薄れた中で、桜の手を取る。
「いこうか、桜」
「……うん」
周囲の人からの視線が痛かった。それでも、俺は彼女の手を引いて走り出す。
「なんで手繋いでんだよ」
「付き合ってるのか?」
「いや分からん」
そんな声まで聞こえてくる。それは当然の反応で、けれど、そんな人達に桜と付き合って欲しくないと思ってしまった。正面から挑んでほしいと、思ってしまう。素直になるなら、有明の言う通り、義妹に抱く感情に近い気持ちを俺は桜に抱いているんだろうな。
桜の方を見ると、手を繋がれたことに驚きつつも、どこか嬉しそうに笑っている。それだけなのに。妙に胸が落ち着かない。心臓が痛いほど脈打つ。
ずるいな。本当に。本人にその気がないから余計に、愛おしいと思ってしまうのだ。そんな気持ちを抱きながら、俺たちはグランドの中央へと走っていくのだった。




