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Scene16: ばかうけとメッセージ

 ワオーン、ワンワン!


 俺の渾身の藤原竜也芸に反応したのだろう、犬の遠吠えが聞こえてくる。


 妹は丸くちぢこまるようにして、両手で口元をおおっていた。

 目はゆみなりにたわみ、体を小刻こきざみに振動させていることから、俺の声にびっくりしたわけではなく、声を殺して笑っているのだと判断できる。

 すぐにイヒヒヒヒッとれ出し、ひざを叩き出す。


「ぜんっぜん、似てねえぇ~!」


「約束だぞ、はやく助けろ!」


「まってまって、もう一回お願い!」と、腹を抱える妹がダッフルコートのポケットから薄板を取り出して俺に向けてくる。「ムービーで撮ってTikTokにアップするから!」


「炎上案件だろうが馬鹿野郎! つーか、それスマホじゃなくて俺のウォークマンだぞ!? 返せよ!」


「えぇ~、私にくれたんじゃなかったの?」


「誰がお前なんかにやるかよ!」


「あっそ。じゃ、返す」


 ぶっきらぼうに言って口をとがらせると、妹がウォークマンを持つ手を下げた。

 そのまま手放して屋根の上をすべらせて寄越せばまだよかったものを、何を思ったか、アンダースローで放ってきたのである。

 しかも唖然あぜんと見送るしかないノーコンぶり。

 えがいたウォークマンは、俺に見送られて屋根下と消えていく。

 足元数メートル下の視界外から、砂利敷じゃりじきの地面に激突するあわれな音が響いた。


 ニット帽の頭をきむしった俺は、窓枠に平然と腰掛ける愚妹ぐまいをにらみつける。


「なんでモジュラージャックにげなかったかなァ。足元にイヤホンコード落ちてんだろう!」


「ああ、今の言い方! ちょっとGたかしっぽい」


「モノマネ芸人のほうかよ! ……わざとか? わざとやったな? あれは確実に壊れた音がしたぞ」


「いわゆる、ソニータイマーというやつですね」


 俺はえたぎるはらわたに力を込め、落ち着け落ち着け、と憎悪ぞうおの爆発を抑制。


「いつまでもくだらないことやってると、リアルガチで凍死するからな? 流星群見ようと屋根にのぼり、部屋に戻ろうとしたら、いつのまにか降りていた霜で、滑って流れて、屋根の縁で凍死だぞ? 明日には俺が星になってんだ」


 ポンッ、と妹が手鼓を打つ。


「これがほんとの〝霜降しもふ明星みょうじょう〟ってね!」


「……つまんねえぞ。面白くもなんともないからな、それ。笑えないんだよ。身内からダーウィン賞受賞者が出ちまってもいいのか?」


「なに、ダーウィン賞って?」


「あとでWikipedia見て調べろ。今は、俺を、一刻も早く、助けろ」


「そんなに怖い顔しないでよ。取引条件を言うからさ」


「……はあ? 取引条件? 取引は済んだだろ?」


「まっさかぁ~。モノマネだけで助けてあげるなんて、世の中そんなに甘くないんだよ、お兄ちゃ~ん♪」


「……お前、ろくな大人にならないぞ」


「そのつもりだから、おおいに結構です。期待していてよ」


 と、場にそぐわないウインクをした妹は、窓枠上であぐらを組んで空を見上げる。


 夜空に幅を利かせて陣取っているオリオン座を眺めつつ、取引条件の内容を端的たんてきに述べた。


「もうすぐクリスマスだよねぇ」


 やっぱりなぁ……やっぱりだよ!


 そうくると思ったよ!


 モノマネした意味、皆無かいむじゃねぇか!


「プレゼントが欲しいなら欲しいって、最初から言えよ。そしたらウォークマンをくれてやったのよぉ……」


「くれないって言ったじゃん」


「あの場面じゃ、カッとなってそう言うだろうが!」


「けどまあ、どのみち欲しいのはウォークマンじゃなかったけどさ」


「……なにが欲しいんだよ?」


 妹は空に向けていた視線を、俺の視線へとかさね、


指輪ゆびわ


 とだけ、短く告げた。


 俺は眉間みけんに深いシワを刻む。


「……いくらのだ?」


「そこはタツ兄のお財布と相談ってことで」


「万単位は無理だからな。千単位なら譲歩して、買ってやらなくもない」


「あのさぁ、タツ兄……わかってないよねぇ?」


「なにがだよ?」


「指輪が欲しいって言ってるの」


「わかってるよ、うるせえな! 限度内なら何でも買ってやるっての。どうせあれだろ? 学校や塾で、指輪とかそういうアクセサリーつけて見せびらかすのが流行はやってたりするんだろ?、知らんけど」


 こちとら取引品の内容どころではない。

 寒さと冷たさ、足の指の辛さに、尿意が参戦し、そのうえ藤原竜也芸によって大声を出してしまっている。

 落ちる、見つかる、漏らす、死ぬ、の四天王してんのうに攻め立てられているのだ。


 なんだっていいから俺を屋根から解放してくれ!


 妹はようやく飽きてきたと見え、「あぁ~もう」と、心底疲れたように背筋と両腕を伸ばす。


「とりあえず、指輪は決定事項なんだからね」


「ああ、決定、決定! だから――」


「わかってますって、うるさいな」


 小言を吐いたあと、ユイはかぶっていたフードを脱いで、おかっぱ頭を出す。


「今日のところは、これにてお開きにしてしんぜよう」


 と、軽くほほえんだ。

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