Scene15: ウインターフロストルーフ・ブルース
「タツ兄が何かモノマネをして、それで私がウケたら、助けてあげる」
てっきり、金目のものを催促されるとばかり思っていた。
時期が時期なので、クリスマス・プレゼントを寄越せ、とでも言ってくるのだろう、と。
それが、消える魔球のような変化球である。
「……モノマネをしろだァ?」
「うん」と妹が二つ返事。
窓枠に腰掛けてこちら側に体を曲げているため、屈託なく笑った顔が少し近くなって見える。
「お前なぁ……俺が見えてないわけないよな? 屋根っぷちで落ちかけてるんだぞ? こんな屋根に張りつけになったような姿勢で、モノマネをしろと?」
「そう」と、また二つ返事。
芸人も真っ青の無茶振り。
でも、身銭を切らないで、タダで助かることができる。
ひとの気も知らず「はやくはやく、やってやって」と急かしてくる声に苛立ちながら、俺は寒さで鈍っている脳味噌をフル回転させた。
そして、あっ、とひらめき、雪止め突起を踏みつける両足はまっすぐ伸ばしたままで、両腕を真横に開く。
「……イエス・キリスト」
しぃ~ん、と夜の静けさに包まれた。
数秒経過後、突っ伏していた顔を上げる。
妹は膝の上に肘をつき、眉をひそめた仏頂面を浮かべていた。
俺と目が合い、ブルッと全身を震わせる。
「なんか急に寒くなってきた~。部屋に戻ろっかな」
体を擦りながら立ち上がりかけた妹を、俺は「ま、待てよ!」と引き止めた。
烈火のごとく吹き出してくる羞恥心を押し留め、やけっぱちの第二策を打つ。
「……ヤバイよヤバイよ」
「そのクオリティがヤバイよヤバイよ」
「なんでだよ! もういいだろ!」
溜め息をつきながら窓枠に座りなおした妹が、屋根に足を投げ出す。俺の鼻先数センチ手前で、チッチッチと指をふるかのように、揃えられた足裏が揺らされた。
「ちっとも成ってないんだよねぇ」
と、そのヒヨコ柄の靴下が講釈を垂れだす。
「出川哲朗ネタは論外で。最初の『イエス・キリスト』? あれやる前にさ、張りつけになったような姿勢とか、自分で言っちゃってたじゃん? 予想がついたんだよね。前フリだとしたら失敗だからね。なかったほうが良かったの。それに、すんごく恥ずかしそうで、自信なさげだしさ。〝イエス、フォーリン・ラブ!〟に掛けて勢いづけるくらいしないと。てゆうか、張りつけなら、うつ伏せじゃなくて仰向けでやらなきゃねぇ」
なぜ、俺はこんな寒空の下、やりたくもないモノマネをして、されたくもないダメ出しを浴びせられなくてはならないのか……。
妹の足をつかんで引きずりおろしてやろうかと思った。
今ならそれが可能だ。
手を伸ばせば届く距離。
しかし、キョウダイ揃い踏みで屋根の上に囚われたとあっては、末代までの恥である。
ふたりそろって落っこちて、打ちどころが悪く昇天してしまったなら、その末代がまさに今となり、うちの家系は令和時代で終焉を迎えてしまう。
俺は本心から切に訴えかけた。
「……勘弁してくれよ。ロープだ、お願いだからロープをくれ。……膀胱も山場なんだよ」と下半身をもじもじさせる。
尿意は嘘ではない。真冬の屋外にさらされて一時間以上、いや、すでに一時間半は過ぎているだろう。催してくるのも当たり前だ。
「じいちゃんが使ってた尿瓶もってきてあげようか?」
「もってくるのはロープでいいんだよクソがっ!」
あっ、そうだ!、と鼻先にあった足裏が開けっぴろげにされ、隠れていた妹の顔が窓枠上に喜々として浮かび上がる。
「次はこのモノマネやって」
「まだ続けんのかよ!?」
「最後にしてあげるからさ」
「ほんとうかぁ?」
「やってもらうのは、藤原竜也のモノマネです」
「なんだって?」
「ただしくは、藤原竜也のモノマネのモノマネ」
「…………」
「ピンとこない? ほら、藤原竜也が主演の『カイジ』っていうシリーズ映画があるじゃない? たぶんそれのワンシーンだと思うんだけど、モノマネ芸人さんが、オーバーアクションで床に突っ伏して、〝うわ~、床がキンキンに冷えてやがるよぉ~!〟て嬉しそうに叫ぶの」
「それ……藤原竜也が、そんなシーンない、って言ってやつだろう?」
「おやっ、知ってるね?」と、妹がニンマリする。
ミスリードにひっかけられたのだとわかって、俺は顔をしかめた。
たしかに、ネタ元は知っていた。
その芸人さんの持ちネタになっているらしく、テレビで何回か見かけている。
藤原竜也本人の前で披露したときに、そんなシーンない、と言われている場面も見たことがあり、思わず補足してしまったのが最後……知らぬ存ぜぬは通用しなくなった。
「タツ兄も、タツヤ、なんだし。シチュも最高! ってことで、〝床〟を〝屋根〟に言い換えて、存分にやっちゃってくださないな」
「本気の本気で言ってんのか?」
「モチのモチ。モッチモッチ! 声真似もしなきゃダメだから。それと、さっきみたいにぶつぶ小さい声じゃヤだよ。しっかり腹の底から声を出して」
「声張ったら、近所に響くだろうが!」
「最後って言ってるんだから一回くらい良いでしょ。夜の11時過ぎてるんだし、みんな寝てて気づかないってば」
「俺……もう二時間も屋根にいたのかよ」
「すぐに助けてあげるからさ」
「……約束だからな」
「さあ、やれっ、タツヤ!」
どさくさ紛れに呼び捨てにしやがって。
無事家の中にたどり着いたときには、ただじゃおかないぞ。
捨て鉢になった俺は、咳払いをして喉の調子を整える。
深呼吸をしたのち、霜が降りている屋根をなでまわすように両腕を動かして、あたかも心地いいかのような満面の笑みを作った。
「うわぁ~、屋根がキンキンに冷えてやがるよぉ~!」




