表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

Scene15: ウインターフロストルーフ・ブルース

「タツ兄が何かモノマネをして、それで私がウケたら、助けてあげる」


 てっきり、金目かねめのものを催促さいそくされるとばかり思っていた。

 時期が時期なので、クリスマス・プレゼントを寄越よこせ、とでも言ってくるのだろう、と。

 それが、消える魔球のような変化球である。


「……モノマネをしろだァ?」


「うん」と妹が二つ返事。


 窓枠に腰掛けてこちら側に体を曲げているため、屈託くったくなく笑った顔が少し近くなって見える。


「お前なぁ……俺が見えてないわけないよな? 屋根っぷちで落ちかけてるんだぞ? こんな屋根に張りつけになったような姿勢で、モノマネをしろと?」


「そう」と、また二つ返事。


 芸人も真っ青の無茶振り。

 でも、身銭みぜにを切らないで、タダで助かることができる。

 ひとの気も知らず「はやくはやく、やってやって」とかしてくる声に苛立ちながら、俺は寒さでにぶっている脳味噌をフル回転させた。

 そして、あっ、とひらめき、雪止め突起を踏みつける両足はまっすぐ伸ばしたままで、両腕を真横に開く。


「……イエス・キリスト」


 しぃ~ん、と夜の静けさに包まれた。


 数秒経過後、突っ伏していた顔を上げる。


 妹はひざの上にひじをつき、まゆをひそめた仏頂面ぶっちょうづらを浮かべていた。


 俺と目が合い、ブルッと全身を震わせる。


「なんか急に寒くなってきた~。部屋に戻ろっかな」


 体をこすりながら立ち上がりかけた妹を、俺は「ま、待てよ!」と引き止めた。

 烈火れっかのごとく吹き出してくる羞恥心しゅうちしんを押し留め、やけっぱちの第二策を打つ。


「……ヤバイよヤバイよ」


「そのクオリティがヤバイよヤバイよ」


「なんでだよ! もういいだろ!」


 溜め息をつきながら窓枠に座りなおした妹が、屋根に足を投げ出す。俺の鼻先数センチ手前で、チッチッチと指をふるかのように、そろえられた足裏がらされた。


「ちっともってないんだよねぇ」


 と、そのヒヨコ柄の靴下が講釈こうしゃくれだす。


「出川哲朗ネタは論外ろんがいで。最初の『イエス・キリスト』? あれやる前にさ、張りつけになったような姿勢とか、自分で言っちゃってたじゃん? 予想がついたんだよね。前フリだとしたら失敗だからね。なかったほうが良かったの。それに、すんごく恥ずかしそうで、自信なさげだしさ。〝イエス、フォーリン・ラブ!〟に掛けて勢いづけるくらいしないと。てゆうか、張りつけなら、うつ伏せじゃなくて仰向けでやらなきゃねぇ」


 なぜ、俺はこんな寒空さむぞらの下、やりたくもないモノマネをして、されたくもないダメ出しを浴びせられなくてはならないのか……。


 妹の足をつかんで引きずりおろしてやろうかと思った。

 今ならそれが可能だ。

 手を伸ばせば届く距離。


 しかし、キョウダイそろみで屋根の上に囚われたとあっては、末代までの恥である。

 ふたりそろって落っこちて、打ちどころが悪く昇天してしまったなら、その末代がまさに今となり、うちの家系は令和時代で終焉しゅうえんを迎えてしまう。


 俺は本心から切に訴えかけた。


「……勘弁かんべんしてくれよ。ロープだ、お願いだからロープをくれ。……膀胱ぼうこうも山場なんだよ」と下半身をもじもじさせる。


 尿意にょういは嘘ではない。真冬の屋外にさらされて一時間以上、いや、すでに一時間半は過ぎているだろう。もよおしてくるのも当たり前だ。


「じいちゃんが使ってた尿瓶しびんもってきてあげようか?」


「もってくるのはロープでいいんだよクソがっ!」


 あっ、そうだ!、と鼻先にあった足裏が開けっぴろげにされ、隠れていた妹の顔が窓枠上に喜々(きき)として浮かび上がる。


「次はこのモノマネやって」


「まだ続けんのかよ!?」


「最後にしてあげるからさ」


「ほんとうかぁ?」


「やってもらうのは、藤原竜也のモノマネです」


「なんだって?」


「ただしくは、藤原竜也のモノマネのモノマネ」


「…………」


「ピンとこない? ほら、藤原竜也が主演の『カイジ』っていうシリーズ映画があるじゃない? たぶんそれのワンシーンだと思うんだけど、モノマネ芸人さんが、オーバーアクションで床に突っ伏して、〝うわ~、床がキンキンに冷えてやがるよぉ~!〟て嬉しそうに叫ぶの」


「それ……藤原竜也が、そんなシーンない、って言ってやつだろう?」


「おやっ、知ってるね?」と、妹がニンマリする。


 ミスリードにひっかけられたのだとわかって、俺は顔をしかめた。


 たしかに、ネタ元は知っていた。

 その芸人さんの持ちネタになっているらしく、テレビで何回か見かけている。

 藤原竜也本人の前で披露ひろうしたときに、そんなシーンない、と言われている場面も見たことがあり、思わず補足ほそくしてしまったのが最後……らぬぞんぜぬは通用しなくなった。


「タツ兄も、タツヤ、なんだし。シチュも最高! ってことで、〝床〟を〝屋根〟に言い換えて、存分にやっちゃってくださないな」


「本気の本気で言ってんのか?」


「モチのモチ。モッチモッチ! 声真似もしなきゃダメだから。それと、さっきみたいにぶつぶ小さい声じゃヤだよ。しっかり腹の底から声を出して」


「声張ったら、近所に響くだろうが!」


「最後って言ってるんだから一回くらい良いでしょ。夜の11時過ぎてるんだし、みんな寝てて気づかないってば」


「俺……もう二時間も屋根にいたのかよ」


「すぐに助けてあげるからさ」


「……約束だからな」


「さあ、やれっ、タツヤ!」


 どさくさ紛れに呼び捨てにしやがって。


 無事家の中にたどり着いたときには、ただじゃおかないぞ。


 ばちになった俺は、咳払せきばらいをしてのどの調子を整える。


 深呼吸をしたのち、しもりている屋根をなでまわすように両腕を動かして、あたかも心地いいかのような満面の笑みを作った。


「うわぁ~、屋根がキンキンに冷えてやがるよぉ~!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ