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Scene12: インターブラザー

 俺は手短に経緯いきさつを説明した。


 半世紀に一度の流星群を観るため、屋根にのぼっていたこと。

 音楽を聴きながら見入っているうちにしもりていたこと。

 部屋に戻ろうとして滑ってしまい、なんとか屋根の縁で持ちこたえるも、自力脱出が困難で、助けをもとめて妹の部屋のほうまで移動してきたことを。


 話を聞き終えた妹が、ふ~ん、と鼻を鳴らして窓枠にもたれかかる。


「ひとが高校受験で大変な時期ってときにさ。呑気のんきに空を見上げて『あれがデネブ、アルタイル、ベガ』とかやってたんだぁ、ひとりぼっちで。まったくいいご身分ですな。バイトもせず親のスネにかじりついて三流ゴミ私立大学に通っている学生さんはひまそうでいいなぁ。私が将来、名門国立大に受かったらそうはいかんのでしょうなぁ~」


 バカじゃないの――と、ばっさり一刀両断には切って捨てず、肉を一枚一枚()きざむようにネチネチ嫌味いやみを言ってくるのが妹という人間だった。


 覚えてろよ、助かったあかつきには因数分解の公式を頭からまるっとぶっ飛してやるからな。


「……ユイ、お願いだ。このとおりだから素直に言うこと聞いてくれ。足場が狭くて、足の指だけで支えてるんだ。もうとっくにプルプルきてんだよ」雪止め突起に下りていた霜を踏みつけて移動していたので、靴下は濡れてしまい、疲れに冷たさまでも加わっていた。「はやくしないとマジで落ちるから!」


 必死の訴えにもかかわらず、妹はあごを手のこうにのせて頭をふりふり「あぁ~あぁ~」と辟易へきえきするような長い溜息ためいきをつく。白い息がゴジラの火炎放射のように吐き出された。


「また言っちゃったね禁句を……。あのさぁ、受験生を前に、面と向かって『滑った』とか『落ちる』とか、よく口にできるよね」


「状況が状況なんだからしかたねぇだろ!」


「それも流れ星を見てて? 縁起えんぎ悪すぎじゃない? 〝星が、流れて、消える〟」


「……思考回路がねじ曲がりすぎなんだよ。流れ星は縁起物だろうが。神仏同様に願掛けの対象だぞ。きっと何人もの受験生が今夜空を見上げて星に願いをたくしているだろうよ。見たら良いことがありそう、とか思うのがふつうだろう?」


「ハンッ!」


 と、妹は嘲笑あざわらい、煙草たばこを吸うしぐさを真似る。

 窓枠から外に身を乗り出すようにしてから、屋根に這いつくばる俺に向かって、白く生温かい息を吐きかけてきた。


 マジで覚えてろよ。

 あいうえお表を読めなくなるまで頭を退化させるからな。


「わかった……とにかくロープを持ってきやがれ」


「それが人にものを頼む態度? 『持ってきてください、どうかお願いします』でしょ。大学生にもなって口の利き方もしらないようじゃ、まともな社会人になれないなぁ」


 俺は寒さと怒りでカチカチ震える歯を食いしばった。

 全身は凍りつきそうなくらい冷えているが、頭だけは噴火ふんかしそうな熱量をびる。

 ここはえるんだ、はじしのべ、大人の対応をしろ、生還第一、……たかぶるいきどおりをしずめようと踏ん張ってみたが、「どうせ未だに彼女もできないんでしょ」と聞こえてきた一言で、堪忍袋の緒がプチンとぜた。


「いい加減にしろよ、クソおかっぱ頭」


 妹の顔がしゃくさわったようにゆがむ。


「おかっぱじゃない。ショートボブ」


「うるせえ。戦時中カット、ちびまる子、チコちゃんヘアー」


「…………」


 減らず口をたたいていた妹がようやく閉口。


 髪型へのイチャモンは、現在、妹を黙らせる有効な手段である。


 数日前、妹はなぜか突然、長かった髪をばっさりと切っていた。

 本人(いわ)く、受験に向けて気合を入れるため、らしいが、実際は冬休み前に好きな男にでも告白して玉砕ぎょくさいしたのだろう。いい気味だ。

 それで短い髪型になっているのであるが、まあ、似合ってない。「どう?」と感想を求められたおりに、昭和感バリバリのおかっぱだな、と即答で茶化ちゃかしたところ、妹は顔を真赤にさせて大激怒。で、これはいい弱点を見つけたと学習していたのだ。


 俺は溜めに溜めていたストレスを発散させていく。


「兄貴のいうことはツベコベいわずに聞くのが妹だろ。つーか、家族が極寒の屋根の上で落ちかかってるんだぞ。よくもまあ、皮肉を吐いてしれっと眺めてられるよな。薄情にもほどがあんだろ、この冷血女」


「あらら~?」と、妹が不適ふてきに笑う。「いきなりキレ始めてどうしちゃった? 未だに彼女ができないって言ったの当たっちゃったかな? 図星ずぼしをつかれて怒ったんだ」と、まるで一本取ったかのように嬉しげでもあり、俺は俄然がぜんヒートアップ。


「お前……受験受験いってるけどよ、今夜勉強なんて一切やってなかったろ。イヒヒ、イヒヒ笑ってるキショい声が、テレビの音といっしょにずっと聞こえてたぞ!」


「…………」


「黙るってことは図星か? 今に見とけよ、大学浪人以前に高校浪人だからな! どうせ年末特番の時期で『エンタの神様』とかやってて、ぼーっと見入ってたんだろ、えぇ? ぼーっと生きてんじゃねえよ! その髪型で言ってみ? 自分で自分に言ってみぃ~?」


 俺の舌鋒ぜっぽうが効いたのだろう、妹が泣きっ面を浮かべる。


 しかしそれは一瞬で、すぐに取り澄ました顔つきになり、窓枠に組み伏せていた両手の上に、ぐでんとあごをのせた。


「タツ兄って昔から鈍いよね。おまけに、す~ぐ血がのぼって頭がまわらなくなる」


「あぁん?」


「はーい、閉店ガラガラ~♪」


 ピシャン!


 と、窓が閉ざされた。


「えっ、ちょっ……ユイ?」


 半透明の窓ガラスを隔て、妹がにっこり笑う。


 窓に施錠せじょうがかけられる。


「おい嘘だろ、冗談じゃないぞ!」


 遮光カーテンがゆっくり引き戻されていき、妹は口パクで「バイバ~イ」と手を振ったあと、聞き耳持たずに幕を閉じきったのだった……。

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