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Scene10: ミッション・トゥ・シスターズルーム

 俺の声は多分聞こえたはずだ。

 妹の耳元までちゃんと届いたはず。

 でも、けてもらえなかったのだ。

 受験勉強の邪魔をするために意地悪いじわるをしていると思い込んでいるのだろう。


「あぁ、状況が悪化した」


 勘違かんちがいされてしまっていては、いくら声をかけたところで無駄骨むだぼねに終わる。


 屋根の上にいることを、きっちりかっきり証明する手段が必要だった。


「窓に何かぶつけてやれば、いくらなんでも気づくか……」


 俺は苦虫を噛み潰した表情で、片手をダウンジャケットのポケットへ伸ばす。

 こんな用途に使いたくはなかったがいたかたない。

 身につけているもので放ることができ、なおかつ窓に当たって音を立てそうなものは、ウォークマンしかない。


「……ん? 待てよ。まだある!」


 思い直した俺はポケットから手をひっこぬき、上半身を横に慎重にかたむける。

 下敷したじきになっていた前合わせがのぞけると、ジッパーを首元から胸元まで下ろし、内生地に貼りつけているブツを取り出す。


 平べったいホッカイロだ。


 軽くて硬さもなくペラペラしているが、メンコのように勢いよくぶつけることができれば、大きな音が出るはずだ。


 俺はホッカイロを手のひらにのせ、イメージを浮かべながら投擲とうてき体勢にはいった。


「よし、行くぞっ! 元気がなくてもやればできる! イチ、ニの、サ――……あっ」


 やらかした。


 投げる前に落とした。


 それも後方へ。


 つまり、回収不可能な地面の上に。


「……お、落ち着け、俺。カイロはもう一枚残ってる」


 けど、これが泣いても笑ってもラスト一枚。


 真剣一発勝負。


 もう無駄口を叩かずに思い切って投げた。


 ヒタッ。


 と、音もなく窓にくっついた。


「音を立てなきゃダメなんだよ、クソが!」


 予想にはんしまくった消音っぷり。

 体操選手なら百点満点の着地である。

 どうやらホッカイロ選手は、あざやかな着地を決めた余韻よいんひたっているのだろう……一向に動こうとしない。微動びどうだにしない。

 窓の中央に貼りついたままにおおせてしまった。


 もちろん妹が気づくわけがない。


 貴重な二枚の手札を早々と喪失そうしつさせてしまった俺は、最後の切り札であるウォークマンを取り出す。


「衝撃で壊れたりしないよなあ……」


 今年の大学入学をに買ったものだった。

 大学は県内にあるが家からだいぶ離れた地方都市部に位置しており、電車通学で1時間半かかる。

 時間つぶしに音楽を聴く目的で、使っている時間が長くなるため、スマホの充電をたせようと音楽プレーヤーを別に用意したのだ。

 購入して一年未満のまだ新品の域ということもあるが、なによりも、学友ができるまでの心細い期間にお気に入りの曲をイヤホンから流しつづけ、新生活を勇気づけてくれた相棒である。

 窓に投げつけるという愚行ぐこうで破壊したくはない。


 だがしかし、投げねばならぬ、諸々(もろもろ)の事情から!


 意を決した俺はまず、先行したホッカイロの失敗から学び、本体に接続しているイヤホンコードの先端部を右手中指に固くむすびつけた。

 ウォークマンと俺との命綱いのちづなというわけだ。

 こうしておけば投げたあとに回収できる。

 妹が気づくまで放りつづけられる。

 コードの長さも1.5メートルなので十分()りる。


 準備がととのい、右手を大きく振りかぶってがんをかける。


「頼むぞ。名前に『マン』が付いててヒーローっぽいだろう? 俺を見事に救ってみせてくれ。壊れたときにはWi-Fi付きのハイエンドモデルを買うから許せSONY。――それっ! ゆけぇっ! ウォークマン!」 


 薄板のヒーローが手元から勢いよく飛び出した。


 長四角のボディは回転することなく頭を窓に向けて一直進。


 イヤホンコードがシュルルルッと飛距離を伸ばす。


 バンッ!


「やった! 命中!」


 当たったのは窓の中央付近。

 ガラス全体を震わせる申し分ないクリーンヒットだった。

 室内にいる妹にとっても気のせいでは片付けられないレベルの不自然な物音だろう。

 ホッカイロが未だに貼りつきっぱなしになっているのには少々不気味さを感じるが、それはどうでもいい。


 肝心のウォークマンのほうは屋根の付け根に落ちた。

 イヤホンコードはしっかりつなががったままだ。

 屋根にう格好になったコードがささえになっているのか、滑り落ちては来ず、静止しつづけている。

 自分のタイミングで引き寄せられるので、かえって都合がいい。


 でも、二投目はもう必要ないようだ。


 妹が気づいたのである。


 大音量になっていたテレビの音がふつりと途絶とだえ。


 がれた足音が窓際まどぎわへと迫り出す。


「ついに……ついに助かる!」


 俺は冷えきった両手でこぶしって喜んだ。


 本当のたたかいがこれからまくを開けることも知らずに……。

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