Scene09: 隣部屋からの愚妹X
縦移動は無理だったけど、横移動はなんとかなった。
俺は休み休み、腕をワイパーのように振り動かして霜を除去しながら、えっちらおっちら尺取虫の要領で雪止め突起をまたぎ進み、妹の部屋窓の真下へ到達していた。
心身ともに疲労したが幸いにして落下は免れている。
スーパーマリオを見たら動悸がしてきそうなほどのスリルを味わった。
はやく家の中に入りたい。
「ユイ、ユイ~! 気づけよっ、なあ!」
屋根っぷちから呼びかけ続けるが、あいかわらず窓は開かれない。
変化したことといえば、室内から聞こえるイヒヒ笑いが多少大きく聞こえるようになったくらいだ。
テレビに夢中になっているせいで気づかないのかもしれない。
「この八方ブス!」
イヒヒ笑いが、はたと止まった。
悪口なら耳に入りやすいだろうと思って実行したら案の定。
怒りでわざとかかとを踏みつけて歩くような重低音と振動が伝わってくる。
ようやく助かる!
笑みを浮かべたのも束の間、足音がなぜか遠ざかっていく。
バタンッ、と扉が強く開閉する音。
……ん? 廊下に出たのか?
そう思うやいなや、俺の部屋の明かりが点灯した。
「私の体重は平均以下だバカヤロー!」
妹のツッコミが、俺の部屋から聞こえてくる。
……しまった。
俺が自室から声をかけてると勘違いしているようだ。
無理もない。
真冬の夜の屋根の上に兄がいようとは思うまい。
「違う! そっちじゃないぞ!」
「さっきからずっと『ユイ、ユイ』うるさかったと思えば、いきなり何?」
「俺が呼んでるの聞こえてたのかよ!?」
「タツ兄、どこに隠れてるのよ」
「外だ、外! 屋根の上!」
「さっさと出てきて謝らないとねぇ、クローゼットの衣装ケースの底に大事そうに仕舞ってある広瀬すずの雑誌切り抜き、全部バキューンと燃しちゃうよ?」
「なんでお前そんなこと知ってんだ!?」
「ちょっと、ほんとにどこ隠れてるの?」
「隠れてるんじゃねえ、必死こいて屋根にしがみついてんだ!」
「ベッドの下かなぁ?」
……マズい。
エア会話になってる。
妹のくぐもった声はこちら側に届いてくるが、俺の声が妹まで届いていないのだ。
やっとのことで居場所を移したのに、これでは入れ違い同然の完全なる空回り。
移動するより先に自室の窓下でブスと一声罵ってみればよかった……。
「あのさぁ、私が来月、高校受験控えてるってこと知ってるでしょ? 困るんだよねぇ、受験勉強してるとこを邪魔されちゃあ」
「テレビ見て笑ってるのが受験勉強なら楽なもんだなァ!?」
「私が滑って落ちたらどうするの?」
「俺がまさに、滑って、落ちそうなんだよ!」
「もういいよ」
と、妹の呆れ声につづいて、俺の部屋の電気が消える。
捜索をあきらめたようだ。
居場所を伝達できずに歯がゆさを覚えるが、今少しの辛抱。
妹が部屋に戻ってくるのを待つ。
まもなく真向かいから、バタンッ、と入室が告げられる。
俺はここぞとばかりに、絞っていた声を大にした。
「屋根の上!」
結果、テレビのボリュームが盛大に上がった。
……マジかよ。




