第3話 チサ
「皆さんこんにちは! Missing Fishing チャンネルのチサです!」
「うーん……」
「皆さんこんにちは! Missing Fishing チャンネルのチサです!」
この女は、チサというのか。
冒頭あいさつの練習か。
声が少しだけクリアだな、マスクを外しているのか。
「今日は、淡水魚シリーズ第3弾、皆さんからのリクエストの多かった『ナマズのフルコース』でーす!」
「じゃん! ナマズの、んん、ナマズのフルコースでっす! ん。です!」
「はぁ……」
おそらく俺の同類が、この女の喉のあたりを食い進んでいるな。
皮膚の表面には、ミミズ腫れも複数できていることだろう。
「え? はーい」
女は、小走りでどこかに向かったようだ。
「*****」
「いいけど、ちょっと風邪気味で……」
女の声は、また少しくぐもっている。
マスクを装着したようだ。
「でも。やっぱり風邪移しちゃうと悪いよ……」
「****はずし**」
「はずせない。風邪移しちゃうし……。それにショウ君、私の口元見て笑うでしょ?」
「***ない*」
「初めてマスクはずしたとき、笑ったように見えたもん……」
「***かわ*い*よ」
「うれしいけど、こういうときだけだよね。そう言ってくれるの」
「***」
「でも……。じゃあマスクしたまま、服着たままでいい?」
女の身体は勢いよく倒された。
女の息づかいが荒くなった。
喉に炎症があるせいか、隙間風のような音をピーピーとたてている。
体内の血流も変わり始めた。
それは、女の局部へと集中する。
それに色めき立ったのが、俺の同類たちだ。
我先にと膣に向かって爆走している。
ルートは、比較的移動の容易な、皮下を選択した者が多いことだろう。
服を着たままというのは賢明だった。
相手の男がそれに気づいたら、どうなることやら。
同類たちよ、そのフロンティア精神には、最大の敬意を表したいが、いかんせん、テリトリーを広げられる可能性はゼロに近いぞ。
ただ、それが本当にゼロなのか、俺にも断言できない。
膣の粘膜表面から顔を出し、固唾を呑んで摩擦を見守る同類たちが、何かの拍子で相手の陰茎の裂傷や尿道から、それを成し遂げないとも限らんからな。
そのパッションこそが、数億、数十億年という時間、生物界を支えてきたOSの一端だったのだ。
大きな揺れも収まり、女の呼吸は浅く、隙間風のような呼吸音も小さくなった。
同類たちは夏祭りの翌日のように、粛々と平常運転を再開した。
そうだ、まさにこれは夏祭りだったのだ。
この何とも言い難い感傷は、終わりのない日常に対する悲哀などではない。
次なる、黄金の季節への序章なのだ。
この後、俺たちは実りの秋に向かう。
そして、その集大成を前に、俺は人間だったころの記憶を完全に取り戻していた。




