第2話 顎口虫
肉の洞窟を食い進めて、まだくぐもってはいるものの、この女の声が大きく聞こえるようになってきた。
女の派手な身のこなしで、俺が掘り進んだ洞窟は、引っ張られたり、つぶれたり、歪んだり……。
場所としては、肩口から肩甲骨にかけて、というところだろうか。
この女は、やはり明るい性格の持ち主らしい。
それにしても、こんなハイテンションで生きていて、疲れやしないものか。
「……というわけで、新作ルアーのご紹介でしたー! パチパチパチパチー」
新作ルアー? 釣り具か。
ご紹介とは……。
なるほど、動画配信者か。
どうりで、ハイテンションなわけだ。
「おつかれ。ごめん、ちょっと気持ち悪くて。少し休んでから撤収でいい?」
やはり、常時あのテンションではないらしい。
女の近くにいる人物は、何やら返答したようだが、よく聞き取れなかった。
女は十数歩、歩いたあと、身体を横たえたようだ。
こんな、ちっぽけな蟲になっても、重力は感じられるものなのだな。
「*****」
なにやら、離れた場所から、女に向かって問いかける声がする。
俺は、己の皮膚全体でその振動を感知しようと努めた。
「うん。吐き気がするのと、ちょっと息が苦しくて。多分、少し休めば良くなると思う」
「*****」
「ありがとう。じゃあ、任せるね。帰り、車の中で寝てていい?」
「***」
「え?」
「息苦しいなら、マスク外し*****」
「大丈夫。それにマスクは、ずっとつけておきたいから」
この女は、ずっとマスクを付けていたのか。
声がくぐもっていたのは、俺が体内から聞いていたという理由だけではなさそうだ。
やがて、女は寝息をたて始めた。
女の心音と、浅い呼吸に、自動車のエンジンの振動が重なる。
俺は己の皮膚に意識をやった。
微かに感じるロードノイズは、高速道路走行時のそれのようだ。
定期的に感じる高速道路の高架のジョイント部分を擦る音と振動。
それは、人工物の記憶を強く蘇らせた。
かつては、俺も都市と郊外を頻繁に行き来していたような気がする。
俺が死んだあの湖にも、俺は自ら車を運転していったんだ。
そんな郷愁めいたものを感じながら、俺は女の肉を食っている。
ただひたすらに貪っている。
これは、俺の使命だ。
かつて、あの湖に強い意志と使命感を持って行ったように、この女を食うことが、この世界の一部としての俺の使命なのだ。
女の呼吸は浅いまま、早くなってきた。
体温も急激に上昇している。
俺や、さっき肉の洞窟で出くわした奴を、この女の免疫が敵と認めたようだ。
俺の開けた肉の洞窟に外部からの強い衝撃が度々加えられている。
女が寝息をたてたまま、皮膚の表面を掻きむしっているのだ。
好酸球が急激に増加し、俺の肉の洞窟に集中しているようだ。
大量に作られたIgE抗体が肥満細胞を刺激し、猛烈な痒みを感じているのだろう。
好酸球、IgE抗体、マクロファージ。
そんなことを考えながら、女の肉を貪る蟲がいるなんてね。
なぜか、俺は知っている。
この女の免疫を欺けることを。
俺は、人間を最終宿主とした顎口虫の変異種なのだ。




