ある捕囚国で起きた「救世主騒動」
「救世主が現れ、法律が裁かれる」という不吉な預言をした御仁がいた。御仁の目的
は、法改正に至る内乱だった。タリスの占領によって、タリスへの納税と破壊された
祭壇の復旧費に人々は苦しめられていた。
救世主が現れるという話に対して、人々の反応はさまざまだった。現法律をうまく
掻い潜って生活の糧を十分手に入れていたものは預言者を叩き、弱者から搾取する法律の犠牲になっていた者は彼についていった。
救世主探しが始まり、人々の間で救世主の特徴が創造され共有され、当てはまった
者は群衆から追われた。人々の不満は苛烈な英雄像を生み出した。御仁の活動範囲
から離れた地域にも噂が広がり「救世主が現れ、こんな奇跡を起こした、見かけの特
徴はこうだ」と話すものがいた。奇跡の噂が立つと、人々は農具も網もほっぽり出し
て探しにいった。
一方である地域では、少年たちを中心に円状に人々が囲っていた。少年を守るよう
に屈強な男たちが彼のそばに立っている。
少年は上質な衣を纏い、穏やかに話していた。
彼はタリスに従うべきだ、といった。「この古い法律には偉大な面もあるが、我々から搾取する項目があり、民族間の差別を助長し、人々を苦しめる条文もある。すべてを守る必要はありません。融通の効かない部分は切り捨てましょう。」といった。
彼の背後には、知識と財力を後援する有力者がいた。少年の話は人々の間で論争を生み、発展し、やじが飛び、推敲され、整然とした論理となって、最後列の人々に届いた。
搾取されていた漁師たちは、これが少年によって作られた物語であることに驚き、
少年の傘下に入り、真実を知り、少年たちの盾となった。
この地区では、彼のおかげで「救世主」の苛烈な革命家のイメージが取り外され、人々の不安を和らげた。たくさんの物語が、少年たちと彼を取り巻く人々によって紡がれ、人々を癒し、心ゆくまで議論し、自国の法律の一部を捨てた。
古い法律の神話の箇所に固執し、精神疾患を患うものは、世間で法律の化石化が進
んでいると知り、我に帰り、身なりを整え、都市部に帰っていった。
他の地区では、救世主探しのため仕事をほっぽり出す人が多く、大国への納税額が
急激に下がった。
事情を知ったタリス人の知事は、富豪と結託し、救世主を派遣民に演じさせ、人々
の前で大量のパンを配給する大掛かりな奇跡を演出し、民を喜ばせ、救世主探しを終
わらせた。
もう一度奇跡を見せてほしい、パンをくれと追い縋るものは、タリス兵によって斬
り捨てられた。
大国と富豪による奇跡演出は、多くの層に糧を届けた。今回、大国に協力し騒動を
鎮火させた地区は大国の恩赦で税金が軽くなった。この噂は他の地区に広がり、真似
をする区が現れ、救世主騒動が収まり、減税された。
やがて、民へのパンの無償配給という保証制度が生まれた。
「救世主」は、属州国の人々の苦悩が生み出した像であり、この騒動で実際に人は癒され、経済格差を是正する配給制が生まれるきっかけとなった。また、旧法のいくつかが撤廃された。
救世主騒動が終わった。この騒動について多く流言が人心を惑わせたことの教訓と
して大国や各地区の自治組織は印を押した「公式情報」を掲示板に貼り出すことに
し、流言と配布形態を差別化した。
少年たちによる物語の配布は、属州国の精神的な飢えや孤独を回復させ、緩やかな
法改正を促す効果が認めたれた。のちに少年を含む立役者たちは、政府の支援付きで同じ民族の自治区を巡業した。
人々が追い求めたのは、法律改正に臨む苛烈で自信家の救世主だったが、それを少
年に負わせるほど盲目だったわけではなく、ただ穏やかに鎮座する少年の素朴な言葉に、多くの人が現実を忘れ、癒された。
最終的に救世主探しを終わらせるため、大国は民を揺るがす苛烈な救世主が民衆煽
動の罪で処されたとする架空の知らせが掲示された。
これにより、救世主探しは終わり、少年たちは「救世主」というレッテルから解き
放たれ、ただ語り部として生き残った。




