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ノアリア叙事詩  作者: うめよろし
帝国タリスの理想と新経済圏の芽吹き

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派遣民タッカーの手記

 ノアリアへの切符を手に入れた。


 私はこんな異郷の地で属州国の開拓などという泥臭い任務に巻き込ま    

 れている。私は奴隷ではなく、誇りあるタリスの正規兵だった。


 だが、ただの兵士がノアリアへの定住権を得るための正規の切符など存在するはずもない。自分の境遇に燻っていた私を見かねて、かつての

 元帥が提示してくれた特別案件――それがこの「属州国の現地衛生・経済指導」の任務だった。


 ただ、その案件があまりにも難題そうだったので、最初から気は滅入りがちだった。


 私の任務は、この地一帯に蔓延する家畜の病を食い止めることだった。幸いなことに、現地民は以前派遣されてきたノアリアの派遣民とともに水路や製粉場をすでに建設し終えていたため、私が最も恐れていた「大規模な土木作業の泥作業」から免れられたことだけが救いだった。


 事前に渡された報告書によると、この民族には「預言」という実に奇怪な風習があるという。土地の働き手の動きが緩慢になり、社会が停滞し始めた頃を見計らったように、各地に不吉な預言が撒き散らされるのだ。

 人々はその暗い未来予想図を回避しようと知恵を振り絞り、我が身を顧みて危機を乗り越える。つまり「預言」とは、集団の危機感を煽って改革を促すための独自の社会装置なのだ。


 今回の預言者はこう言い放ったという。


「目に見えない怪異が数ヶ月かけて我々の多くを間引くだろう。我々が外部から助言者を手厚く招き入れねば、この土地から人が消え失せる」


 その預言のせいで、現地に到着した私は「助言者」として手厚すぎるほどの歓迎を受けることになった。だが、過度な期待を背負って「救世主」に祭り上げられるのだけは御免だったので、私は意図的に要領が悪い男の振りを決め込むことにした。


 この土地には著しい経済格差が存在していた。特に富裕層として幅を利かせていたのが、丸々と肥えた「収税人」である。国家が住民から税を回収する権利をオークションにかけ、彼がそれを買い取っていたのだ。


 彼はあらかじめ国家へ提示額を先払いし、現地住民からは自らの取り分(手数料や利息)を自由に上乗せして徴収する権限を持っていた。ただし、彼は決して愚かではなかった。満額払えない貧困層からは無理に取らず、豊作に恵まれた者や他の富裕層から多く上乗せして請求することで、巧みに均衡を保っていたのだ。


 私が現地へ着いた時、収税人は慇懃な態度で私をもてなしてくれた。


「流行病で家畜が病み、得られる税額が下がってしまいました。しかし王に報告したところ、本年度の納税目標を下げ、救援の備蓄穀を送ってくださるとのこと。一安心ですな」


 そこへ一人の老人が現れた。街で物知りとして知られる隠逸の士で、名をトマスといった。彼の慧眼にあずかろうと、普段から多くの若者が彼の元へ集まっていた。


「ようこそおいでなすった。拙宅にてお休みくだされ」


 トマスの穏やかな誘いに応じ、私は彼の邸宅にしばらく居候させてもらうことにした。

 トマスは、現地を苦しめている流行病の詳細を正確に教えてくれた。


 その病は牛、豚、山羊などの家畜に感染する熱病で、発熱の後に口内、舌、鼻端、蹄の間、乳房などに激しい水疱を生じる。患畜は歩行を酷く嫌がり、食欲を失う。


 田畑の耕作には牛が不可欠だが、牛が病に倒れたため人間が力仕事を引き受けざるを得ず、農作業の能率は著しく落ちていた。食用豚は処分せざるを得ず、山羊の乳も感染防止のため摂取禁止の呼びかけがなされていた。――話を聞くうちに確信した。


 これは「口蹄疫」だ。


 私はすぐに農民たちを集め、衛生と隔離の指導を開始した。

挿絵(By みてみん)

 隔離(病囲の設置):

 水疱が見られる患畜は直ちに群れから離し、「病囲」と呼ばれる即席の隔離施設へ移すこと。健康な家畜とは水桶・飼葉桶を絶対に共有しないこと。


 衛生管理の徹底:

 患畜に触れた者は、必ず手足や道具を念入りに洗浄すること。市場から新しく買い入れた家畜はすぐに群れに加えず、一定期間隔離して観察すること。


 投薬と経過観察:

 干し草に乾燥させた薬草を混ぜて食べさせ、免疫力を補う。

「これでしばらく様子を見ましょう。隔離期間を経て、蹄の水疱が消え去っていれば群れに戻して差し支えありません」


 だが、根本的な発生源を止めなければ意味がない。流行病の発端はどこにあるの

 か。

 私は街「セレニア」の中を歩き回り、外から来る商人について話を聞いて回った。


 すると、先月商人から塩を買ったという人物から決定的な証言が得られた。


「荷車を引く牛の様子がおかしかったんです。ガリガリに痩せて涎を垂らし、歩きた


 がらない牛を商人が無理やり引きずっていました」


 その商人は、地中海沿岸の塩沼地帯からやってくる人物だった。


「その商人の受け入れを一時的に全面的に止めることはできますか?」


 私がトマスに尋ねると、彼は深く頷いた。


「商人の入国そのものを拒むのは難しいが、運搬用の家畜の入国制限なら理由が立つ。塩は別の安全な国から受け取ればよい」


 トマスはすぐに町長へ掛け合い、感染源となった商人の立ち入り制限と、別のルートからの塩の調達を決定させた。さらに、該当の商人が過去に通過した街道、宿場町、立ち寄った市場を一時的に閉鎖・消毒する指令が出された。


 塩の運搬手段は「人間のみ」に切り替えさせるか、または国境の門前に家畜を繋ぎ止めさせ、商人だけを入国させる水際対策を取った。そうして隔離と水際対策を徹底した結果、新たな水疱の広がりは見事に収束へと向かった。


 私にできる現場での仕事はここまでだ。私の後に派遣されてくる専門の派遣民が、病の長期的な経過観察を引き継ぐ手筈になっている。


 私は経過観察の点検項目(感染疑いの再発確認、水桶の消毒状況、隔離期間の遵守など)を詳細な書類として書き残した。


 すべての報告書を書き終え、一息ついていた頃、タリス上層部から「撤退指令」と、念願であった「ノアリア定住権の付与」が正式に下りてきた。


 思えば、実に長い道のりだった。だが、泥に塗れて家畜の蹄を観察し続けた日々が、ついに私にノアリアへの扉が開かれたのだ。

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