種植え、復興の兆し
朝日が鋭峰の稜線を黄金色に染め上げるころ、昨夜の賑わいが嘘のように静まり返ったククルの農地に、二つの影があった。
ルーンと、昨夜お酌をしたベテランの建設作業員イデアが、夜露に濡れた黒い土の前にしゃがみ込んでいた。「どうですか、ルーン様」
イデアに促され、ルーンは膝をついて手を土に差し入れた。
生ごみ発酵液と米ぬかを食んだ微生物が、今も土の奥深くで微かに熱を放っている証拠だった。
指を折り曲げて土を握り締め、そっと手を開く。
「……崩れますね。握れば固まるのに、指で突くと、ハラハラと解けていく」
「それが団粒構造です」ルーンは破顔し、足元の土をひとすくい指で散らしてみせた。
「木炭の微小な穴に棲みついた微生物たちが吐き出す粘液が、砕けた土と炭の粒を繋ぎ止めている。水を含めばしっかり抱え込み、余分な水は木炭の隙間を通って下へ逃げる。……見事な土です。
ルーンは土を鼻先に近づけ、深く息を吸い込んだ。焦げ臭さと瓦礫の誇りっぽさに満ちていた村に、雨上がりの深い森を思わせる、甘く芳しい土の香りが満ちていた。
「これなら、作物を育てられます」 ルーンは腰の袋から、ノアリアで購入してきたいくつかの種袋を取り出した。
「初期作物は、大豆と小豆。それから大根とカブにします」
「…窒素固定と土ほぐしですか」 イデアは興味深そうに眉をひそめた。
「ええ。まずは大豆と小豆の根粒菌に、大気中の窒素をこの土へたっぷり蓄えてもらいます。そして大根やカブの根に、まだ深いところで固まっている地盤を自然に解してもらう。村人たちの胃袋を満たすために、成長の早い葉物野菜も並行して蒔きますが……まずはこの土に『地力』を取り戻させるのが先決です」
イデアは感心したように頷いた。
そこへ、建築を担当したハクジャの部下たちがルーンらを見つけ、駆け寄ってきた。
「…ルーン様、種まきを手伝わせてもらえませんか。この土に葉が芽吹くところが見たいです。」
「もちろんです、皆様、ぜひ力を貸してください」
ルーンは、ハクジャの部下エンデと手を握り合わせた。すると、土壌作りを主にこなしてきた人々は、家の内装の仕上げがしたいと言った。
こうして、復興作業は、作物作りと家作りを手分けしてきた人々は、作業場所を交換して、作業に取り掛かった。
作業員を入れ替えることで、説明の時間が増え、作業員の作業能率が明らかに落ちる。それにもかかわらず交換したのは、村人全員が、家作りと作物作り、両分野の技術を身に付けたいためだった。
ルーンも作業場所を変え、作物作りのリーダーをイデアに任せ、建築チームについていった。目先に、美しい白い壁の家々が見えてきた。外見は完璧だった。残された作業は床張りと内装だった。
まずは床張りから取り組んだ。土間から一段高く組まれた大引き(1階の床を支える重要な水平の骨組み)と根太(床板のすぐ下で、それらを横方向に支える角材)のうえに、乾燥させておいた杉や檜の板材を敷きつめて、床をつくる。このとき、板と板の間にわずかな隙間を残しながら、木釘を打ち込んでいった。「こうしておくと、梅雨に気が水分を含んで膨らんでも、床板が割れたり盛り上がったりしない」
何名かが槌を打つ横で、母親や子らはカンナ屑を集め、完成した板張りをなん度も布で磨き上げた。木の香りが香ばしく立ち込め、足裏に心地よい滑らかな床が広がっていく。
広々とした一室空間に、「仕切り」をつくっていく。鴨居(障子や襖などの引き戸を取り付ける枠材のうち、上部にある水平な横木)と敷居の溝に、割り竹や細い木枠に厚手の布や手漉き紙を張り合わせた障子状の引き戸を嵌め込んでいく。寝室と生活空間を分ける簡単な仕切りだが、それだけでただの「建造物」が急速に「我が家」の温もりを持ち始める。 玄関には、タリス兵から譲り受けた頑丈な鉄具を取り付けた厚い木戸を吊るし、防犯と防風の備えとした。
家の中心となる土間には、浅く掘り下げた角型の「炉」が切られた。 底に乾いた砂と灰を敷き詰め、上から灰かき用の鉄具を吊るす。
作業を終え、初めて自分の家に腰を下ろした村人は、土壁と木の匂いに包まれながらしみじみつぶやいた。「俺たちの家だ…。」
ハクジャの建設員は、手を止めず、 枠組み工事の際に出た端材はざいは、何一つ無駄にせず、丸ノコや鑿のみを使い、使い勝手の良い長机や収納箱、食器棚へと姿を変えていく。壊された旧宅の瓦礫から奇跡的に掘り出された金属製の鍋や、擦り減った臼と杵が磨き直され、新築の棚の上に大切に並べられた。
もうテント暮らしをしなくてもいい。
今更だけど、村人がテント暮らしをする中、のうのうと帰省したことを後悔していた。けれど村人は変わらず私を迎え入れ、こどもたちなど嬉しそうに駆け寄ってくれた。素朴で、度量の広い人々。僕らは「神の民」などと言われているが、ククル村の人々の方がよほど神仙に思えた。
役場はすっかり元通りになり、住居は16棟建てられた。
外枠を作り上げてくれたハクジャの部下たちが、私の元に来て、荷車を指差し、「日用品と食料を持ち込んだ」と促した。
毛布や枕、円座など日用品のほか、日持ちする食品、穀物をハクジャの小部隊から受け取った。村人15人分の物資が、一人一人に渡された。これらは、セレニア経済圏の税金で賄われた。
「ハクジャ様の部下の方達、タリス兵の皆様、そしてククルの村の方々、ありがとうございました。おかげで村が復旧しました。」ルーンは方々に頭を下げた。
浮き足だったこどもたちが喜び、あるこどもは、母親の裾を引いて、早く新しい家に行こうと訴えていた。
他の大人たちはみな感慨深そうに、隣の人と話した。
「ここまで綺麗に治るなんて…」
「ハクジャ様の配下はすげえ、廃材で家具を作ってしまった」
何人かの大人が、ハクジャの部下に頭を下げた。
「どうか村に残り、家具作りの技術を教えてください」
ハクジャの部下は満更でもなさそうで、ハクジャ様に許可をもらい、三ヶ月だけ一人ここに残ると告げた。「ただ住まいはどうしましょう、ひとつ村人のものではない家があるが、あれはルーン様のものでしょう?」
「しばらく私の家にいらしては。」アリカが言った。
ルーンは気恥ずかしさを感じ、下を向いた。村の人々は納得した。
ハクジャの職人は、ハクジャの許可をもらい、一年間ククル村にとどまることになった。




