宴の歓談、タリスの抱えた爆弾
宴会の席では、様々な話題と憶測が飛び交った。
「細分化したタリスの武力・交易の経験値、巡回人を、諸国の防御盾として配布して稼ぐのはどうだ」お酒がまわった村民は、ルーンから離れた輪に座って言った。タリスの心配をしてどうすると笑いが起きた。
すると、たまりかねた青年が反論した。
「…タリスがここまで柔軟に自国を変容させ、ノアリア・セレニアの防衛に徹するのはなぜかわかるか、愛だ。その関係を配布するなんておこがましい。手塩かけて育てた民が、属州国からの恨みをすすいでくれた。タリスがノアリナに忠誠を誓うには十分すぎるくらいだ。そしてノアリアはタリスに収益の一部を渡し、タリスはこれを防衛費として受け取り、派遣民のいる国を守護している。ノアリアとタリスの関係は、切り売りできるものじゃないんだ」
老人が誰へともなくつぶやいた。
「…タリスは経済破綻し、特約票を扱うセレニアにしがみついた。
タリスの倒壊宣言文の中に『みなを導く方々が現れる』とあった。
タリスとノアリアは互いに合意の上で、選手交代している。
タリスは武勇と交易で培った叡智を育てた子に託し、自身は
全土統一を目して無駄な遠征を重ね、軍票を刷りまくり、自滅した。
…理屈はわかるが、なぜ自壊に向ったんだろうな」
「なんだか、タリスらしくない顛末だよね。……無駄な遠征を提案した上層部の人間も、ククルを襲ったあの狂った不老者の兵士と同じだったんじゃないのか?、軍票を刷りまくった軍隊長は、いつもかなりの遠方へ遠征に行ってたって聞いた。貯蔵庫を食い潰す目的を帝国に知らせないためだったのではないか」
近くで座っていた兵士が頷いた。「恥ずかしいことだ、虫食いの発端がわからない。」
「タリスは、血に塗れた手で、世界を管理したくなかったんだ。
ノアリアという潔白な存在が、世界の中心に立つことが望みだったのさ。」
「戦の経験のない奴隷を温室で育てて、どうして世界の中心に立てると思ってしまったのかわからなかった。けれど実際、今どんな製品も、ノアリアが市場を独占してる。タリスの貿易網をつかってノアリア製品を世界中に定着させてしまったんだから、すごいよね」
「ノアリナは自由の国なのに、国民はみな働き者で、生活も規則正しく、製品開発・改良ばかりしているそうだ。それをタリスが交易で売り捌いて、一部をタリスの懐に入れる。週休二日に困ってるんだとさ。休み方がわからないとか。みなかなり稼いでいるようだ。派遣民には及ばないようだけど。」
倒壊後のタリスを心配し、その顛末について聞きたがる人々は、町一番の物知りな隠遁者にせがんで、ここ数ヶ月の変遷を説明してもらった。
”タリスは解体し、 独自通貨発行を完全に諦め、セレニアが価値を保証する「特約票」を共通通貨として受け入れ、ノアリナからの収益還元・諸国からの防衛費を特約票で受け取り、財政を安定させた。
派遣民の要請を望む国が多く、そうした国々はタリス国に使者を送った。
タリスは派遣民の養成を続け、諸国に派遣させた。
諸国はこれに対し、タリスと派遣民にお金を支払った。
タリスは派遣民の防衛に徹した。
タリスは、民間の防衛組織に構造を変えた。大規模な征服戦争を行う正規軍を廃止し、小規模な警備隊へと組織を解体・分散させた。派遣民「護衛」「監視」「巡回」として伴走し、対価を得る仕組みを確立した。これにあたり、訓練内容を「現地の治安維持、トラブル仲裁」へ切り替えた。
タリスは、セレニア平原に「訓練所」を設置し、加盟国の税金でその運用費がまかなわれることになった。
派遣民の警護として世界中を巡回できることを、タリス兵らは喜んだそう。
タリスにとって、征服の野望を捨て、ノアリアという理想郷を守るための防御の専門家集団として生き直すのが、唯一にして最高の道だった——”
「ルーン様は自分のお立場をどう思っておられるのだろうな」
「あの方の頭は、専門知識でいっぱいさ。いい仕事ができさえすればいい、という気風を感じる。」
「聞いてみようか」ルーンの方を見やり、会話が区切られたタイミングで声をかけた。
「ルーン様」
ルーンが振り返った。端正な顔立ちのせいで、ククルの村で信頼を得るまでかなり時間を要した。ルーンはいつでも真摯な対応を心がけ、小さな疑問も拾って応えるところがあった。
「タリスが倒壊し、経済圏の中心がノアリアとなった今も、あなたがた派遣民を介してタリスへ防衛費が支払われています。セレニア経済圏への納税は免除され、派遣民の収入は税金から支払われていますよね。タリスに投入されたお金は何に使われてるんでしょう」
「担当区の防衛です。タリスは派遣民がいる土地としか取引をしません。彼らは派遣民を介してしか諸国と対話しないのです……多くの捕囚国から恨まれていますから。」
「自分のお立場をどう思いますか?」
「…与えられた技術と知識をこの土地に根付かせて、皆さんが自立して暮らせるようになること。それが私の仕事だと思っています。」
「………」
聞きたい言葉でなかったことは、なんとなくわかっていた。
「…そうですね。タリスの想いを諸国に届ける仕事をしている、と思っています。私はタリスの顔としてここにいますが、何卒お手柔らかにお願いいたします。私はただ、知識の受け渡し役にすぎません」
傍にいたタリス兵が剣のつかを握りしめた。この地区ではないが、かつて、こうした会話の果てに暴動が起きたことがあった。
その場が急に静かになった。タリスは自分たちの所業への憎悪を絶ち切るため、ノアリアの派遣民という『無垢な緩衝材クッション』を利用してしか世界と繋がれないのだということに。
「私にとってタリスは恩人です。」
何も持たなかった自分たちに、綺麗な国を与え、自立できるまで粘り強く育ててくれたタリス。彼らは単なる侵略者ではなく、本気で属州国の自立と格差の撤廃を願っていたのだ。恩があるし、何よりタリスの理想を見てみたかった。
タリスとはそういう国だったのかと、村人たちは驚いた。
「私はライカ殿、イデア殿、アリカ殿の三人を選び、知識を継承します。私が役割を終えて去ったあとも、彼らとならタリスは対話を続けるでしょう。土地に作物を植え、無事に育つのを見届けます。」
派遣民は知識を授けて消える聖者であり、タリスの罪を洗う免罪符だった。
「……さみしいです、ここに留まってください」
「部屋を用意します、もう少しここで暮らしていただきたい」
村人たちの口から溢れたのは、切実な本音だった。
それはルール違反であり、応え方がわからなかった。
「皆さんは、タリスについてどう思いますか?」ルーンが問うた。
しばらくの静寂の後、物知りの隠遁者が答えた。
「全土を統一し、経済と知識の格差を埋めようとした——理想主義者だ」
これを聞いて、ルーンはほっとした。
自分が免罪符として機能できたか気になっていた。
「そのお言葉を聞けて、嬉しく思います。」
この村には、タリスへの単純な感謝の念と、武力へのわずかな不安しかない。
ここに残ったら、どれだけ安心できるだろう。ここにいるのは、気心の通じた仲間ばかりだ。ルーンは溢れそうになる感情を殺し、務めて静かに言った。「…この話は一度、取りやめにしましょう。土の状態を見て、住宅の再建を終わらせなければ。」
「はい…明日からよろしくお願いします」
一同は散会し、明日に備えてそれぞれの寝床へ戻っていった。夜半、ルーンが眠っていたところ、天幕にアリカが入ってきた。そして、ルーンの寝床の隣に潜り込んできた。
ルーンが声を出す間もなく、唇が重ねられた。「なぜあんな冷たいことを言うのですか?」アリカは静かに問うた。二人とも酒が残っており、意識はどこか朦朧としていた。「…僕は義務を果たしていただけだ。何もかもが整然としていたのに、事故が起きて、めちゃくちゃになってしまった。だけど僕はルールを守って、村を完璧に復興させて、この街を去るんだ。」
「そう……今日はここで眠ってもいいですか?」
「 …はい」
「タリスは私たちを占領し、派遣民を投入し、生きやすくしてくれました。その大国が消えて、村が焼かれて。派遣民様が支えでした、ずっと。精神的な支えが、私たちに必要なのです。」彼女の頬が濡れていた。
緊張で心臓がうるさい。




