シノア族の正典
序
枝は風に従い、根は土を離れない
はじめ、世界には風があった。
風は山を越え、谷を渡り、海を越え、遠い土地の匂いを運んだ。
風は一つの形を持たなかった。
強く吹く日もあれば、かすかに撫でるだけの日もあった。
冷たい日もあれば、熱を帯びる日もあった。
それでも風は風であり続けた。
山には雪が積もり、川は流れ、土は乾き、雨は降った。
同じ場所にあっても、昨日と今日の世界は同じではない。
その中で、最初の祖先たちはハイマツを見た。
ハイマツは雪の下に身を伏せた。
強い風の日には低く這い、日が差せば枝を伸ばした。
石の間にも根を張り、他の木が育たぬ土地にも生きた。
雪に折られても、枝を残した。
枝を失っても、根を残した。
土地が変われば姿を変え、それでも生きることをやめなかった。
祖先は言った。
「これが生きるということだ。」
我らはハイマツのように生きなければならない。
環境に逆らって折れるのではなく、
環境を見て姿を変える。
守るべきものを守り、
変えるべきものを変える。
それがシノアの道である。
第一章 神について
神は一つの姿を持たない。
神は山そのものでもなく、
風そのものでもなく、
ハイマツそのものでもない。
しかし山に神を見、
風に神を見、
ハイマツに神の教えを見ることはできる。
神は我らの前に姿を現して命令するとは限らない。
神は世界を変化させる。
人はその変化を観察し、
そこから生き方を学ぶ。
したがって、
世界をよく見ることは、神に近づくことである。
石の形を知ること。
川の流れを知ること。
季節を知ること。
獣の習性を知ること。
人間の心を知ること。
異国の言葉を知ること。
これらはすべて、神の作った世界を読む行為である。
知らないことを恥じてはならない。
知らないことを知ろうとしないことを恥じよ。
第二章 変化について
変化は悪ではない。
変化を恐れることも悪ではない。
ただし、恐れのために変化を拒み、自らを滅ぼしてはならない。
雪が深ければ枝を伏せよ。
風が強ければ身を低くせよ。
雨が続けば水の流れを変えよ。
土が痩せれば、新しい土を探せ。
新しい土地へ行けば、その土地の性質を学べ。
新しい人と会えば、その人の言葉を学べ。
新しい国へ行けば、その国の法を学べ。
しかし、変化することと、忘れることは同じではない。
第三章 交易と契約について
世の物事は、すべて等しい価値を持つわけではない。
しかし、いかなるものにも、その時々の「場所」と「必要」に応じた重みがある。
塩を持つ者は塩を尊び、麦を持つ者は麦を尊ぶ。
それを互いに持ち寄り、交換することは、お互いの世界を分け合うことにほかならない。
交易とは、奪い合いではない。
一方が勝ち、一方が負けるものでもない。
双方が「いま、自分に足りないもの」を受け取り、
「いま、自分にある余剰」を手放すことによって、
両者の世界が以前よりも豊かになる行為である。
ゆえに、商いの場においては、不正をしてはならない。
嘘の品を偽って差し出すことは、自らの根を枯らす毒となる。
約束は、風よりも重く、大地よりも堅く守れ。
言葉を交わし、印を交わしたならば、たとえ損をしようともそれを違えてはならない。
信用とは、一朝一夕には育たないハイマツの幹のようなもの。
育てるには年月がかかるが、折るのは一瞬である。
第四章 記憶と継承について
新しい土地に行き、新しい言葉を学び、新しい法に従うとき、
人はしばしば、自分たちがどこから来たかを忘れてしまう。
それは変化ではなく、忘却である。
忘却は、根のない木と同じ。
少しの風で倒れ、水の流れが変われば枯れる。
新しい法を学べ。だが、祖先が守ってきた知恵を捨ててはならない。
新しい言葉を話せ。だが、母なる言葉で語り合う夜を忘れてはならない。
身を伏せるときは低くとも、春が来れば再び枝を伸ばすように、
我らの歩んできた道すじを、子らの心に刻み込め。
物語を語れ。
今日あった出来事を話し、昨日の失敗を伝え、
遠い昔に祖先がどのように山を越えたかを語り継げ。
知恵とは、書物に閉じ込めて朽ちさせるものではない。
人の口から人の耳へと渡り、
生きるための血肉となるものである。
結び 根と枝の歌
風よ吹け。
雪よ降れ。
時代が変わり、国が倒れ、世界が姿を変えようとも、
我らは根を土に張り、空へ向かって枝を広げる。
しなやかに、力強く。
生きることを諦めず、知ることを止めず。
それがシノアの道である。




