第9話 骸骨の丘(1)
「待て!」
最初の草原にある丘の頂へたどり着く前に、先頭を進んでいた全身鎧の女が、背後の三人に足を止めるよう合図した。
四人はぴたりと動きを止め、息をひそめる。
草原にまばらに立つ木々を風が揺らす音に混じって、どこか乾いた、不気味な音が聞こえ始めた。
「丘の向こう側からだ」
二本の短剣を握った小柄な男が、声を潜めて言った。
「カリケン、お前はろくなことをしねえ。そこで大人しくしてろ」
やがて、その音の正体が丘の上に現れた。
最初に姿を見せたのは、空洞の眼窩を持つ髑髏。
続いて、古びた錆びた鎧に包まれた骨の体が現れる。
右手には、鋼ではなく鉄の穂先がついた簡素な木槍。左手には、同じ金属で作られた丸盾。
「ただの骸骨じゃねえか……」
大柄な男が戦斧を下ろしながら言った。
「だが、どうしてこんな場所に骸骨がいる?」
弓と矢筒を背負った細身の男が眉をひそめる。
「エリュンデアは新しい世界だ。墓も遺跡もないはずだろう」
「んなもん、どうだっていい」
大柄な男は重い斧を肩に担いだまま、骸骨へ歩き出した。
「すぐに何もできなくしてやる」
「油断するな、レッテン」
鎧の女がたしなめる。
「分かってる、分かってるって」
「そいつは任せる。骸骨相手に矢はもったいない」
弓兵が言うと、大柄な男は片手を振って応えた。
「はっ、穴だらけの頭を外すのが怖いだけだろ」
短剣の男が嘲る。
「好きに言え」
弓兵は素っ気なく返した。
骨の兵のすぐ近くまで来ると、レッテンは改めて斧を握り直した。
「はあっ!」
ガキン!
「なっ!?」
骸骨兵は盾でレッテンの突進を受け止めていた。
「何だこいつは……英雄の成れの果てか? 百戦錬磨の老兵かよ」
レッテンが顔をしかめる。
カキン! ガキン!
続けざまに繰り出された二度の刺突を、レッテンは意外なほど素早く斧で弾いた。
「やはり……」
鎧の女が目を細める。
「半神の突進を受け止めるなんて、ただの不死者じゃない」
「そうかよ?」
ヒュッ!
バキッ!
小柄な男がいつの間にか骸骨の背後へ回り込み、一閃で頭蓋を脊椎から切り離した。
「言い訳にしか聞こえねえな、はは――」
ドスッ!
「ぐあっ!」
笑い切る前に、矢が彼の肩を貫いた。
「上だ! 丘の上!」
弓兵が叫ぶ。
今度は丘の頂に、十体の骸骨が姿を現していた。
三体は弓持ち、三体は剣持ち。残る四体は、最初の一体と同じく槍と盾を構えている。
「全員、構え!」
鎧の女が声を張る。
「ベルディン、動ける?」
「あの野郎、片腕を持っていきやがったが……まだもう片方がある!」
「俺の後ろに下がれ!」
レッテンが叫ぶ。
「頭蓋を狙う! レッテン、近いやつは任せた!」
細身の男が弓を引き絞った。
「ベルディン、悪いけど弓兵を頼む。あんたが一番身軽だ」
「心配すんな、ジディア様。俺たちはあんたを神にするって誓ったんだ。必ず果たす」
ベルディンは肩の傷を手早く巻きながら笑った。
「それに、この借りは返さねえとな!」
◇ ◇ ◇
戦いは数分に及んだ。
小さな派閥の誰もが想像していた以上に、その骸骨たちはしぶとかった。
「みんな……無事?」
荒い息の合間に、ジディアが尋ねる。
輝いていた鎧は、ところどころひび割れていた。
「この……骸骨ども……普通じゃ……なかった……」
ベルディンは、まだ動く方の腕で汗を拭った。
「くそっ……肋をやられた気がする……」
レッテンは骸骨の頭蓋から斧を引き抜きながら呻く。
「そんな……」
「エンダル、どうしたの?」
ジディアが問う。
弓兵は、戦いの最中に奪い取った丘の麓を指差した。
「囲まれています」
丘を取り囲むように、無数の骸骨が足を引きずりながら登ってきていた。
「少なくとも百はいる……」
レッテンがジディアの前に立ちながら呟く。
「こんな雑魚の化け物にやられて、この試練を落ちるなんてな……!」
ベルディンが短剣の柄を強く握り締める。
「こいつらは、ただの魔物じゃない」
ジディアは言い切った。
「この軍勢の後ろに、誰かがいる」
「お嬢様、どうか逃げてください。俺たちが時間を稼ぎます」
ベルディンが前へ出る。
「逃げて、どこへ?」
ジディアは剣を抜いた。
「私の居場所は、あなたたちと一緒よ。こんな馬鹿みたいな夢に巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「何を仰るんです、ジディア様」
レッテンは再び斧を持ち上げた。
「主君の娘であるあんたが、自分の力で新しい世界に居場所を見つけようとしたんだ。立派な夢じゃねえか。俺が悔やんでるのは、あんたを守り切れなかったことだけだ」
「ええ、愚かなんかじゃありません」
エンダルも、かすかな笑みを浮かべた。
ジディアは微笑み返したが、その目尻からは小さな涙がこぼれ落ちた。
その瞬間、上空から矢の雨が降り注いだ。
◇ ◇ ◇
「死んでないの?」
ヴィルキーが尋ねた。
「いや、それだと後味が悪い」
ネレスは答える。
「別に、あいつらに恨みがあったわけじゃないしな」
「後味が悪いのって、そこじゃない気がするけど」
ヴィルキーは手で口元を隠しながら笑った。
「それにしても、まさか君のスキルが一気に熟練度EからCまで上がるなんてね」
アレンは、気絶した四人を地面に寝かせながら言う。
「理屈の上では、最初にDまで上がって、それをもう一回使った時にCまで上がったんだけどな」
「それって重要なの?」
ヴィルキーが首をかしげた。
「たぶん、な」
ネレスは頷く。
「なるほど」
アレンは何かに気づいたように目を細めた。
「一度に一段階ずつしか上がらない、ってことかい?」
「その可能性はある。まだ確かめようがないけどな」
ネレスは腕を組む。
「単に、一気にCまで行くほどの何かが足りなかっただけかもしれない」
「その"何か"が大事でしょう?」
ヴィルキーが言った。
「私たちと違って、あなたは何をしたの?」
「何か一つってより、可能性は二つある」
ネレスは淡々と答えた。
「俺のこれまでの人生で積み上がった経験の量か、一度にスキルへ流し込まれたスピリチュアル・エナジーの量と密度か。あるいは、その両方だな」
「ネレス、君のスピリチュアル・エナジーって、どれくらいあるんだ?」
アレンが考え込みながら聞く。
「そんな気軽に聞くのか? せめて先にデートにでも誘ってくれよ」
「はは、君がその気になるまで待つよ」
「その気があるなら、私がデートに誘ってあげてもいいけど?」
ヴィルキーがからかうように言った。
「……」
「ちょっと、何か言いなさいよ!」
「危ない!」
「えっ!? 大げさ――」
「やはり貴様が死霊術師か! 勝ちは俺たちのものだ! 死ね! 死ねぇっ!」
三人の頭上の空間に穴が開き、そこから剣を構えた男が弾丸のように飛び出し、そのままネレスへ斬りかかった。




