表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/41

第8話 死の書

「もう誰もが分かっておるはずじゃ。エリュンデアで己の居場所を勝ち取りたければ、そのために命を懸ける覚悟が要る」


 高みから、ゾロヴァンがそう告げた。


 ネレスは一歩前へ出る。


「そして、自分を信じられなくなった者には、これが最後の辞退の機会となる。ディバイン・オーダーが、お前たちを元いた場所へ送り返してくれるじゃろう」


 ネレスは一歩下がった。


 しばらく群衆を見渡したあと、ゾロヴァンはひとりうなずく。


「諸君の幸運を祈ろう……この生であれ、次の生であれな」


 候補者たちの足元に、魔法陣のようなものが次々と浮かび上がり始めた。

 最初の時に眠りこけてさえいなければ、ネレスにも見覚えのある光景だっただろう。


 ほどなくして、まばゆい光が全員を包み込んだ。


◇ ◇ ◇


 長くはなかった。せいぜい数秒といったところだろう。


 光が薄れた時には、ネレス、アレン、ヴィルキーの三人は、殺風景な緑の草原の真ん中に立っていた。


 これは、ネレスが待っていた好機のひとつだった。

 この忌々しい試練から離脱するための、またとない機会。


 彼は本気で、もうこれ以上神なんて連中と関わりたくなかった。


 だが、ヴィルキーの肩に手を置いて安心させているアレンへ視線が止まる。

 その瞬間、脳裏にオドリアンの首が転がる光景がよみがえった。


 二人を置いていけば、どうにも後味が悪い。


「近道ってのは、行き先が分かってる奴だけが使えるもんだ……」


 ネレスは小さくつぶやいた。


「俺はいつだって、遠回りばかりだな」


「どうかしたのかい?」


 アレンが尋ねる。


「いや、何でもない」


 ネレスは軽く身体を伸ばした。


「とにかく、早く動いた方がいい。この草原じゃ目立ちすぎる」


「そうだね。向こうに森が見える。態勢を整えるには悪くない場所だ」


 アレンを先頭に、三人は木々の陰へと駆け込んだ。


 周囲に敵影がないことを確かめると、ネレスは改めて自分の本をじっくり観察し始めた。


「結局のところ、この本、まともに埋まってるページが一枚しかねえんだよな」


【死の書】


「ゴッドスクリプトにこんな大層な名前が出てるくせに、これだけかよ。がっかりだな……」


「ゾロヴァンも言っていたでしょう」


 ヴィルキーが言った。


「エイドロンは持ち主と一緒に成長するのよ。磨いていくスキルみたいなものだと思えばいいわ」


「正確には、磨いていくべきスキルの集まりかな」


 アレンが補足する。


 ネレスは、ようやく何かが記されている唯一のページへ視線を戻した。

 そこには読めもしない記号や文字に加えて、槍と盾を構えた骸骨の絵が描かれている。


 幸い、ゴッドスクリプトがすぐ横から補足を出してくれていた。

【死の書】の項目の下に【スキル】という欄があり、そのページが何を意味するのかはっきり分かるようになっている。


【スケルトン兵】


【死してなお、堅牢な守り手にして猛き攻め手。士気のないものの士気は砕けない】


【HP:500】


【ATK:150】


【DEF:200】


「要するに、体力と攻撃力と防御力ってことか……」


 まだ後で詳しく見なければならない項目はいくつもあったが、ネレスの目を最も引いたのは、その下にある一行だった。


【熟練度E】


 理解が間違っていなければ、これは使えば使うほど上がっていくのだろう。


「スケルトン、ねえ……要するに骸骨兵ってことか? RPGの最序盤に出てくる雑魚敵みたいなもんじゃないのか。数値だけ見ると妙に高い気もするけど、比べる相手がいないから何とも言えないな……」


「アールピージー?」


 ヴィルキーが首をかしげ、アレンを見る。

 だが、アレンも肩をすくめるだけだった。


「気にしなくていいよ。ここまで来ると、僕たちだって分からないことだらけだ。僕のエイドロン、誓約の刃にも、今のところ使えるスキルは一つしかない」


 アレンは穏やかに笑った。


「最初から君を味方に引き入れたかったのは、君の底がまるで見えなかったからだ。それに、君の経験はきっと大きな力になると思った」


「底が見えない、ねえ……その光の恩寵ってやつ、一度点検に出した方がいいんじゃないか」


 ネレスは鼻を鳴らした。


「それより、経験って何の話だ?」


 二人の若い半神は、そろってうなずいた。


(そんな目で見られても、神同士の争いに詳しいわけじゃない。ただ、後になって「ああしておけばよかった」って振り返る経験なら、千回分あるけどな)


「よし」


 ネレスは腕を組んだ。


「こういう状況で使える、千年モノの秘策を教えてやる。文字通りな。名前は――キャンプだ」


「キャンプ?」


 二人が同時に聞き返す。


「徹底的に身を隠して、敵同士で勝手に潰し合ってもらう」


「……」


「……」


「何だよ。驚きすぎて言葉も出ないのか?」


「ちゃんと真面目に考えて!」


 ヴィルキーが小声で叫んだ。


「いや、純粋に生き残るだけなら悪くない作戦ではあるよ」


 アレンは苦笑した。


「でも、それだとディバイン・オーダーから評価されない危険がある」


「いや、キャンプってのは何も隠れてるだけじゃない。不意を突いて仕留めるところまで含めてキャンプだ」


「それならもう立派な戦術じゃない……でも、何だか不名誉だわ」


 ヴィルキーは不満げだった。


「今どきの若い連中は、本当に注文が多いな……」


「半神としては僕たちが若いのは事実だけど、何百年も生きたあとで『若い』って言われるのは、さすがに変な感じがするよ」


 アレンは笑う。


「でもネレスなんて、神基準でもおじいちゃんじゃない?」


 ヴィルキーも笑いながら続けた。


「もしかしたらゾロヴァンに張り合えるかも」


「それ、ちょっと魂に来たな……」


「ごめん、ごめん。ただの冗談よ」


 ヴィルキーは笑いをこらえながら謝った。


「神は、そもそも年齢の感覚が人間と違うからね」


 アレンが取りなすように言う。


「僕たちは不死なんだから」


「そうよ、ちょっとからかっただけ」


 ヴィルキーもようやく落ち着いた。


「これまで散々振り回された、ささやかな仕返しってやつ」


「別に、振り回した覚えはないんだが……。まあ、確かに俺はおじいちゃんかもしれないけど、だからって――静かにしろ」


 ネレスは最後を小さなささやきで切り、二人へ手で合図した。


 少し離れた草原に、四つの人影が現れていた。

 ついさっき自分たちがいた方角を、こちらへ向かって歩いてくる。


「開幕から人数負けしてるな……」


 ネレスが低く言う。


「大丈夫よ。たった四人なら、アレン一人でどうにかできるわ」


 ヴィルキーはネレスの背に身を寄せながら答えた。


「で、何で俺を仲間に入れたんだっけ?」


 ネレスは顔をしかめた。


「あと、くっつくな。彼氏持ちの女と密着するのは嫌なんだ。羨ましくなる」


「だから、そこよ!」


 ヴィルキーは声を抑えながらも食ってかかった。


「本当にあんたって、どうしようもないわね!」


「とにかく、いきなり四人まとめてアレンに任せる前に、どの程度やれるのか見ておきたい。ここに銃なんてものはなさそうだし、せめてもう一本剣でもあればな……」


「アレンの腕なら、私が保証するわ」


 ヴィルキーは胸に拳を当てて言い切った。


「恋人ってのは、たいてい相手を過大評価するもんだ」


「そのネタ、もうだいぶしつこいわよ!」


「ネレス、本当だよ」


 アレンはネレスの肩へ手を置いた。


「相手がその四人だけなら、僕一人でも何とかなる」


 ネレスは横目でアレンを見たが、首を振った。


「こっちはまだ、実戦でこいつをどう使うのかも手探りなんだ。そんな状態でいきなり本番に突っ込むのは、さすがに分が悪い」


 そう言って、重たい本を開く。

 そこには武装した骸骨の絵が描かれているページがあった。


「……まあ、少なくとも囮くらいにはなるだろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ