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第7話 紅蓮の災禍

 ネレスの手の中で輝き始めた光は、まるで勢いを止める気配がなかった。

 初めてエイドロンを呼び出そうとしていた者たちまで、何が起きているのか見ようと振り向く。

 ――いや、振り向こうとした、が正しい。

 その前に、光が目も開けていられないほど強くなったからだ。


「おい! 『聖なる闇』って話はどこ行った!? 眩しすぎて何も見えねえんだけど!」


「エイドロンとは、言ってしまえばお前たち自身の姿じゃ」


 周囲の騒ぎなど意に介さず、ゾロヴァンは淡々と説明を続けていた。


「ゆえに、それはお前たちがいかなる神格へ至り得るかを示す手がかりでもある」


 やがて光が少しずつ弱まり、ようやくネレスは、自分の手の中で何か重いものが形を取っているのを感じた。


「本?」

 ヴィルキーが目元を覆っていた手を下ろしながら言う。


「ほ、本当だ……本だね」

 隣のアレンも目を丸くした。


 ネレスは手の中に現れたそれを見下ろした。

 重厚な黒革の本。その表紙の中央には、金の鎖に縛られた銀の髑髏が刻まれている。


「エイドロンは、人間どもが作り出せるいかなるアーティファクトよりも価値が高い」

 ゾロヴァンは群衆へ向かって両腕を広げた。

「だが、それはお前たち自身の写し身でもある。ゆえに、お前たちと共に育ち、共に強くならねばならん。真の力を顕現できるようになった時、それはお前たちにとって最も価値ある道具となるじゃろう」


 老神の言葉を聞いていた群衆の中で、ひとつの拳が力強く突き上げられた。


「どうしたの、ネレス?」

 ヴィルキーが怪訝そうに尋ねる。

「そんなに自分のエイドロンが気に入ったの?」


 ネレスは勝ち誇った笑みを浮かべたまま、ゆっくり拳を下ろした。


「お前ら、分かってないだろ」

「俺は図書館の神になるんだ! 平穏と安らぎを司る、偉大なる神にな!」


 アレンとヴィルキーは揃って顔を見合わせた。


「言いにくいんだけど、ネレス……」

 アレンは自分のゴッドスクリプトを見つめながら、やや申し訳なさそうに口を開く。

「僕たちに割り当てられた試練、どう見ても平和そうじゃないよ……」


 ネレスも自分のゴッドスクリプトへ視線を落とした。

 巨大な告知の文字の下に、自分へ割り当てられた試練の名が表示されている。


【バトルロワイヤル】


「……」

「……」

「……」


「お前らが俺を引きずり込んだからだろうが!」

 ネレスはその場に膝をついた。

「俺のエイドロンは本だぞ、本! 『ペンは剣より強し』って言葉は聞いたことある! でもペンには少なくとも先っぽがあるだろ! 本でどう戦えってんだよ!?」


「うーん……角で殴ればいいんじゃない?」

 ヴィルキーが首を傾げる。


「可愛い顔して、けっこう物騒なこと言うな……」

 地面に膝をついたまま、ネレスはぼやいた。


「それって褒めてるの?」


「断じて違う。彼氏持ちの女に褒め言葉なんか使わねえよ。どの辺が褒めてるように聞こえたんだ」


「ふんっ!」

 ヴィルキーは頬を膨らませてそっぽを向く。

「もう毎回否定するの疲れたわ。好きに思えば?」


「俺には、ほぼ認めたように聞こえるけどな」


「ほんっと最悪!」


「それで、一日中その恋愛模様を見せつけるつもりか? それともお前のエイドロンを見せる気はあるのか?」


「アレンならもう見てるわ」

 ヴィルキーは腰に手を当ててため息をついた。

「ここで出したら、誰か蹴っ飛ばしかねないから」


「蹴っ飛ばす……?」


「ヴィルキー、ネレス」

 それまで自分のゴッドスクリプトを確認していたアレンが口を挟む。

「どうやらバトルロワイヤルに割り当てられた候補者、かなり多いみたいだ」


「うわ、最悪だな。エイドロンの交換窓口とかどこだよ?」


「はは、落ち着いて。勘違いしないでくれ」

 アレンは苦笑した。

「同じ派閥や同盟だからって、全員が同じ試練に参加するわけじゃない。君がバトルロワイヤルに割り当てられたのは、そこに必要な何かに適性があるってことだよ」


 ネレスは疲れたように息を吐いた。

 戦争に関わった回数なら、これまでの人生で少なくない。だが、それは目立たずに生きるという自分の望みとは真逆の道だ。


「なあ、お前のゴッドスクリプトで見られないのか?」

「紫の髪に薄紫の目をした奴が、このバトルロワイヤルにいるかどうか」


「その程度の特徴なら珍しくないわ」

 ヴィルキーはあっさり言った。

「どっちかだけでも当てはまる相手は、たぶん何人もいると思う」


「……」


「どうして? 知り合いなの?」

 アレンが不思議そうに尋ねた。


「いや、別に何でもない」

 ネレスは広間を出る時にすれ違った男のことを思い出しながら答える。

「それより本当に無理なのか? 『誰が一番上手くマフラーを編めるか選手権』みたいな試練に変更とか」


「無理だね」

 アレンは笑って、ネレスの肩に手を置いた。


「剣を見た感じ、お前は問題なさそうだけどな、アレン」

 ネレスは立ち上がりながら言う。

「でもヴィルキー、お前は平気なのか? 全員が敵の乱戦のど真ん中に放り込まれるんだぞ」


「正直、予想はしてたわ」

 ヴィルキーは落ち着いた様子で答えた。

「アレンと一緒に一族の戦いへ何度も出てきたもの。それに、何かあったら二人が守ってくれるんでしょ?」


「なんで俺だけタダ働きさせられる未来しか見えないんだ……」

 ネレスは腕を組む。

「まあ、もうやるしかないんだろうけど」


「やるしかないわね」

 ヴィルキーはにっこり笑った。


「うわっ!」

「危ない!」

「下がれ!」


「何が起きてるの?」

 ヴィルキーはアレンのそばへ寄った。


「バトルロワイヤルが始まったら、そういう情報を探るのは君と君のエイドロンの役目になる」

 アレンが言う。

 その横で、ヴィルキーはこくりとうなずいた。

「でも今は、自分たちの目で見に行くしかなさそうだ」


 アレンはそう言って、二人へついてくるよう手で合図した。


 二人の半神は騒ぎの中心へ向かって歩き出す。

 だが、ネレスだけはその場に立ち止まり、空を見上げていた。


「好奇心は猫をも殺す、ってな……こういう言い回し、どこの世界にもあるんだよな……」


 ネレスは小さくそう呟くと、またひとつ疲れたため息をついて、二人のあとを追った。


◇ ◇ ◇


 ネレスは人込みをかき分けながら、アレンとヴィルキーのいるところまで進んだ。


 観衆の輪の中心には、短い衝突の終わりのような光景があった。

 もっとも、そう見えたのは最初だけだ。

 血まみれの首がひとつ、ネレスの足元まで転がってきたからである。


「オドリアン……」


 ネレスはそれをひと目で見分けた。

 昨日、自分に絡んできたあの半神だった。


「試練の結末って、神に昇るか、元いた場所へ返されるかの二つだけじゃなかったのか……」


「それはディバイン・オーダーが判断した場合の話だよ」

 アレンが説明する。

「でも、僕たちが参加するこういうバトルロワイヤルでは、こっちのほうがずっと普通なんだ」


「ここまで行くとは思ってなかった……」

 ネレスは低く呟いた。


 隣でアレンが目を閉じ、倒れた者へ短い黙祷を捧げる。


「セリス、『紅蓮の災禍』……その名に違わぬ暴れぶりじゃな」


 ゾロヴァンの声が再び広場全体へ響いた。

 騒ぎに気づいていなかった者たちまで、その声で静まり返る。


「『クリムゾン』って……お前の剣、名前で張り合うにはちょっと分が悪くないか?」

 ネレスはアレンへ小声で囁いた。

 だがアレンは、ただ薄く笑うだけだった。

 その真剣な視線は、血のように赤いツインテールの少女へ向けられたままだ。


「一応言っとくけど、先に決闘を吹っかけてきたのはそいつのほうだから」


 セリスと呼ばれた少女はそう言って、足元へ転がった首へ槍の穂先を向けた。


 その時、彼女の瞳がネレスを捉える。

 火花のような橙色の目だった。


「セリス……」


 ネレスは、少女が今にも自分へ飛びかかってきそうな気配を感じた。

 だが、その前にゾロヴァンの声が彼女を止める。


「神々の祭典はもう始まってんでしょ? だったら何が問題なわけ、神様の神様?」


「最低限の品位くらいは保たねばならん」と、老神は告げた。

「二人ともバトルロワイヤルの参加者じゃ。ゆえに今回は不問とする。だが、全員の準備が整うまでは、その血の渇きは抑えておけ」


「チッ、何が変わるっていうのよ」

 セリスは不満げに言い、槍をひと振りして血を払った。


 最後にもう一度ネレスを睨みつけると、少女はくるりと背を向けた。

 周囲の者たちは怯えたように道を開け、そのまま彼女は人込みの中へ消えていく。


「何なんだよ、あいつ……俺に何か恨みでもあるのか?」

 ネレスは赤いツインテールが遠ざかるのを見送りながら言った。

「……ん? なんで妙な既視感があるんだ?」


「見なかったの?」と、ヴィルキーが言う。

「彼女の槍、刃の根元に髑髏があったでしょ。あなたの本にも同じのがあるじゃない」


「は? たったそれだけで? 名前で張り合ってるなら、どう見てもアレンの剣のほうだろ……」


「僕の剣の名前は誓約の刃だよ……」


「そういう意味じゃないよ、ネレス」

 アレンは苦笑しつつ言った。

「僕が言いたいのは、君たち二人が同じ神格を争っているんじゃないかってことだ」


「……あいつも図書館の神を狙ってるのか?」

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