第10話 骸骨の丘(2)
「もっと攻撃に集中して、無駄に喚き散らしていなければ、少しは勝ち目もあったかもしれないわね」
草の上へと流れ出し始めた臓物を前にしても、ヴィルキーは眉ひとつ動かさず、平然とそう言った。
「その可愛い顔で、ずいぶん頑丈な胃袋してるな……」
隣でネレスが呆れたように言う。
「それって褒めてるの? それともけなしてるの?」
「彼氏持ちの女は褒めない主義なんだよ」
「……」
「でも、惜しかったな。あいつら、まるで話が通じない連中って感じでもなかったのに。アレン、お前が仲間を真っ二つにしちまったせいで、もう同盟の線は消えたぞ……」
「それより」
ヴィルキーはあっさり話を切り替えた。
「自分の骸骨たちと視覚も聴覚も共有できるなんて、かなり便利な能力よね。私に吐きさえしなければ、もっと格好よかったんだけど」
「ブーツに一滴かかっただけだろ。大げさなんだよ……。だいたい、普通の人間が受け取る百倍の情報を一気に流し込まれてみろって。ちゃんと制御できるようになるまで、本気で地獄だったんだぞ!」
「ごめん」
アレンが申し訳なさそうに言った。
「まだ今のランクだと、スキルの出力をうまく調整できないんだ。あのまま僕が動かなかったら、あの一撃はネレスの首を持っていってたと思って……」
「そこはアレンの言う通りよ」
ヴィルキーが、頭をかくアレンの代わりに答えた。
「実際、あれは首を飛ばしてたと思う。ただ、その前にネレスがもうしゃがんでただけで。いくつもの人生を戦場でくぐってきたせいか、その勘はもう第六感みたいになってるもの」
「ごめん……」
アレンはもう一度、うなだれて謝った。
「いや、気にするな。助けようとしてくれたのはありがたいし、首がまだ胴体についてるのもありがたい……。こういうこと、マフラー編みの試練じゃまず起きないだろうしな……」
「見て、光ってる!」
ヴィルキーが唐突に声を上げた。
三人の前で、四人の半神たちの体が強く輝き始め、やがてそのまま全員が消えていく。
その場に残ったのは、たぶんカリケンだった男の死体だけだった。
「ディバイン・オーダーが失格にしたんだ」
アレンが言う。
「せめて、そのディバイン・オーダーとやらが、遺体くらい家族に返してやればいいのにな……」
ネレスはそうため息をつくと、数体の骸骨へ手で合図した。
◇ ◇ ◇
しばらくのあいだ、ネレスは即席の墓の前で祈りを捧げていた。アレンもヴィルキーも、それが誰に向けられたものなのかは分からなかったが、黙って待っていた。
やがてネレスは二人へ向き直る。
「さっき丘を登りながらも言ったけど、真面目な話さ。なんであいつらは四人……いや五人……いや、やっぱり四人で、こっちは三人なんだ?」
ネレスは不満げに言った。
「お前の一族には、他に手伝ってくれそうな若いやついないのか、アレン? なんかエリートか何かなんだろ? それとも友達いないのか? 彼女といちゃついてばっかで見捨てられたとか?」
「その手の発言は、もう全部聞き流すことにするわ」
ヴィルキーは周囲を見回しながら答えた。
「それより、私には百三人に見えるけど」
「最初は僕とヴィルキーだけで十分だと思ってたんだ」
アレンは、手入れを終えた誓約の刃を収めるような仕草をしてから消した。
「でも、君を見た時に、敵に回したくないって思った。結果的に、その判断は正しかったみたいだけどね」
「だったら、その手を他の候補全員にも使っておけばよかっただろ……」
「そう簡単じゃないよ」
アレンの表情が少し真面目になる。
「少人数で何かを勝ち取れる見込みがあるなら、みんなそうする。人数が少ないほうが、そのぶん目立てるからね。実際、僕たちと同じ試練に参加してる中には、それを簡単にやってのけそうな怪物がいる」
ネレスの脳裏に、あの赤いツインテールの少女がよぎった。アレンも、同じような顔で彼女を見ていた。
だが次の瞬間には、紫の髪をした青年の姿が思い浮かぶ。
「星辰神の中でも最大の一族まで、エリュンデアで足がかりを得ようとしてるんだ」
アレンは言った。
「その一族の若き切り札が二人、今回の祭典に参加している」
(あの二人ですらないのかよ!? 危ないやつ、あと何人いるんだ!? もう今からでも逃げるのって遅いか!?)
「その二人なら、それぞれ一人で参加者の半分くらいは潰せるはずよ」
ヴィルキーが続ける。
「それでも同じ一族だから一緒に動いてる。単独で動くのは、よほどの一匹狼くらいね」
「悪かったな、一匹狼で……」
「はは、そんなこと言わないでくれよ。今の君は僕たちと一緒なんだから」
アレンはそう言ってネレスの肩へ両手を置いた。
「まあ残念だけど、もう僕の派閥に入ってもらえるとは思ってないけどね」
「ええ」
ヴィルキーもうなずく。
「よくて、同盟相手になってくれるくらいじゃないかしら」
「何だよ、その評価の変わりようは。ようやく、お前らの面倒に巻き込まれなくても、図書館の神である俺はやっていけるって認めたのか?」
「逆だよ」
アレンは笑った。
「最初に君の本を見た時から薄々は思ってた。でも、今はもう確信してる。君は死の領域を司る神格を争っているんだ」
「アレンはきっと、自分の領域を手に入れるわ」
ヴィルキーは自信満々に言う。
「でも、死の神を自分の派閥へ迎えたかったら、まずはアレン自身がエリュンデアの至高神にならないとね」
「待て待て。何を馬鹿なこと言ってるんだ、お前ら。死の神だって? 縁起でもないこと言うなよ。俺はもう魂を見るのにも飽きてるし、正直この骸骨ども、ちょっと気持ち悪いんだよ。衛生的とも思えないし……食屍鬼とか想像したくもない」
「僕はまだ死を司る領域に足を踏み入れたことはないけど」
アレンは微笑んだ。
「聞くところによると、ああいう場所はこの世でもっとも清浄で神聖な場所の一つらしいよ。君が想像してるのは、墓場とか地下墓地みたいなものじゃないかな」
ネレスは、あてもなく歩き回っている骸骨たちへ視線を向けた。
髪の毛の残骸がこびりついているものもいれば、頭蓋骨の穴から虫が這い出しているものもいる。
中には、まだ腐った肉片が一かけらだけ残っているように見える個体までいて、ネレスはそいつからだけはしっかり距離を取っていた。
「お前がそう言うなら、そうなんだろうけど……」
「そもそも、死を司る領域で従者の骸骨なんて誰も想像しないわよ。というか、目にすること自体ないと思う」
ヴィルキーは、兵士の一体から落ちた頭蓋骨を拾い上げて元の位置へ戻しながら言った。
「不死者と呼ばれるのには理由があるの。あれはまだ生者の側に属する存在なんだから」
「分かったから、手を洗うまでは近寄るなよ」
「君の骸骨でしょうが、そもそも!」
「いずれにしても……死の神なんて、最悪の部類の結果だろ」
ネレスは小さく呟いた。
「そんなのになったら、この世界に足を踏み入れた瞬間、誰もが俺の名前を知ることになる……」
◇ ◇ ◇
草原からそう遠くない場所――巨大な爆発でも起きたかのように、地面が焼け焦げて煙を上げている一帯に、ひときわ目立つ二つの人影があった。
「椅子の次は図書館、か……ふふっ」
巨大なクレーターの縁に、金髪の少女が一人立っている。顔を動かすたび、反射する光によってその髪色が微妙に変化した。
「どうした、セレネ?」
焦土の中心から、炎のような髪をした長身の男が彼女へ声をかける。
「別に。ただ少し思い出していただけよ……それで? 死体の冒涜はもう済んだのかしら?」
「死体の冒涜だと!? 俺様は生き残りがいないか確かめてただけだ!」
男はそう言って、黒焦げの死体を一つ地面へ放り捨てた。
その周囲にも、同じような焼死体が二十ほど転がっている。
「そんなに虐殺が楽しいの?」
「まさか。こんなもん退屈でしかねえよ。俺様が欲しいのは、まともなライバルだ。だがこれは準備運動にもならなかった……。それより、お前がたまには夜に付き合ってくれたら、そっちのほうがよっぽど楽しめるんだがな」
「遠慮しておくわ。私は一人のほうがよく眠れるもの。まあ、どうしても暖が欲しいなら、部屋の隅にでも座っていれば?」
「はっ、それで十分だ。お前の寝顔を見られるだけで元は取れる」
「……目を閉じて、壁のほうを向いて、ね」
「一晩じゅう同じ空気を吸えるんだぞ!」
「やっぱり、凍え死ぬのも悪くない気がしてきたわ」
セレネの銀の瞳はしばらく遠くを見つめていたが、やがて口元に新たな笑みが浮かんだ。
「……ふふっ」
「だから何がそんなにおかしいんだよ!?」




