第11話 翼の斥候
星々の狭間に浮かぶ卓を囲み、始原の評議会と呼ばれる者たちが会議を開いていた。
それは、ディバイン・オーダーの及ぶ諸世界の調和を見守る至高神たちの集まりである。
だが、その時そこにいたのは二柱だけだった。
無限の宇宙に映し出されたひとつの光景――芽吹き始めたばかりの、ある世界。
二人の視線は、その世界へ注がれていた。
「ゾロヴァン。お前が気まぐれで引き受けた祭典の世界に、これほどの逸材が集まっているとはな……」
「ふん。孫に会いに行く口実があるのは、気まぐれなどではない。儂の生き方そのものじゃ」
「ははは。子も孫も何百といるくせに、相変わらずリリエンには甘いな」
顔を影に隠したフード姿の神が肩をすくめる。
「まあ、あれだけ生命の神としての素質に恵まれていれば、それも仕方ないか。祖父と同じ力を持ちながら、才能はそれ以上と来ている」
「はっ。儂の底を知ったような口を利くでないわ」
ゾロヴァンは鼻を鳴らした。
「だが、才能と可能性の話をするなら……メヴィス。お主はかつて死の領域を分かち、その後に至高神へ昇った身じゃろう。あやつをどう見る?」
「あなたが言っているのは、あの謎の客のことだろうね」
メヴィスは静かに答えた。
「正直、始原神が何を考えているのかは、私にも分からない」
メヴィスは一度、頭上の虚空へ目を向け、それから再び視線を落とした。
「一言で言うなら、異常だ。あのスケルトン兵たちは普通じゃなかった」
そう言って彼は椅子にもたれ、胸の前で指を組む。
「まるで、倒れた者たちの中でもとりわけ腕の立つ者同士が、彼に喚ばれるため競い合ったかのようだった」
「なるほどのう……」
ゾロヴァンは長いひげを撫でた。
「とはいえ、あなたが孫娘の競争相手を気にしているのなら、まだ決まったわけではない」
メヴィスは続けた。
「たしかに、あの謎の客は死を操る素質において前例のないものを見せている。だが、もう一人、死をその身に帯びているような候補者がいる。そして、リリエンですら恐れている相手がね」
二柱が見つめていた映像が切り替わった。
そこに映し出されたのは、血のように赤い髪の少女が、荒れ果てた戦場の中央で蹂躙を繰り広げている姿だった。
どうやら彼女は一人で派閥連合を相手取ったらしい。
今や残っているのは、命からがら逃げ出す二人ほどの半神だけ。
だが、その命もまた、ほどなく刈り取られた。
◇ ◇ ◇
「ああ……青い空、涼しい風、花の匂い。その上、うろつくスケルトンが一体もいない。これ以上何を望めってんだ」
草原の青々とした芝に寝転がりながら、ネレスは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「さっきまで、この草原のど真ん中で丸見えだって言ってなかった?」
傍らに立つヴィルキーが呆れたように言う。
「だからこそ、さっきのグループだってああなったんじゃないの」
「落ち着けって。周囲の見張りにスケルトンを何体か回しておいただろ」
ネレスは、影になるなと言わんばかりに手をひらひら振った。
「まだ動いてる。たまには休まないと、連戦のストレスってやつはちゃんと響くんだよ」
「まだスケルトンを維持してたの?」
ヴィルキーは目を瞬かせた。
「スピリチュアル・エナジーを食いすぎるから、スキルを止めたのかと思ってたわ」
「え? ああ、いや……そう言われてみれば、そこは見てなかったな」
ネレスは眉を寄せる。
「次はちゃんと気にしてみるか」
「それだけでも、君の蓄えがとんでもないってことは分かるよ」
アレンが穏やかに言った。
「ヴィルキー、どれくらいあると思う?」
「少なくとも五万はあるんじゃないかしら……」
「僕はもっとあると思うな」
アレンは顎へ手を当てた。
「でも、死んでもスピリチュアル・エナジーを失ってないとはいえ、こいつは人間なのよね……」
ヴィルキーも真似するように顎へ手を当てる。
「まさか十万以上とか? あり得ないわ。もう神になってるリエンだって、そこまではないはずよ」
「お前ら、いい加減にしろ! 二人きりにしてやるぞ!」
ネレスは顔をしかめて起き上がった。
頭には葉っぱが何枚か乗っていたが、それはアレンとヴィルキーが申し訳なさそうに取り除いた。
「俺が知りたいのは、このバトルロワイヤルがいつまで続くのかってことだ! 誰も何も言わないじゃないか。主催者に文句を言いたい!」
「いや、むしろ半神たちが、ゾロヴァンは話が長すぎるって愚痴ってたのを聞いたよ」
アレンは苦笑した。
「まあ、とにかく一日で終わるかもしれないし、何週間も続くかもしれない。参加者がどれだけの速さで減っていくか次第だね」
「何週間だと!? うげ……どこか野営できる場所を見つけないとまずいな……」
「川の近くとか?」
ヴィルキーが言う。
「飲み水は大事でしょう?」
「川の近く?」
ネレスは呆れたように聞き返した。
「他の参加者が真っ先に探しそうな場所に陣取る気か? 次は何だ。夜になったら焚き火でもして、ここですって居場所を教えるのか?」
「ごめんなさい……その通りね」
「いや……悪い。まだ子供だってのを、つい忘れるんだよな」
ネレスは腰に手を当ててため息をついた。
「もうすぐ百歳になるんだけど……」
ヴィルキーは小さく呟いた。
「すまない、ネレス。僕たちは戦場で戦う経験しかなかったんだ」
アレンが言う。
「こういう競争そのものには慣れていなくてね」
「そういうこと、前にも言ってなかったか?」
ネレスはアレンへ顔を向けた。
「身内に神がいるんだろ? 一族の始祖だって、神ならまだ生きてるはずじゃないのか」
「問題は、僕たちの世界にはもう至高神がいるってことなんだ」
アレンは答える。
「力を広げて支配を拡大しようとする争いは、ずっと複雑になる」
「それで、私たち二人は新しい世界で運を試したほうが、もっと可能性があるって一族に判断されたの」
ヴィルキーが続けた。
「聞かなきゃよかったな……」
ネレスは空を仰いだ。
「どう考えても、この忌々しい神々の祭典が終わっても面倒は終わらなそうだ」
「安心して、ネレス。僕たちがついてるよ」
アレンは笑って、彼の肩へ手を置いた。
「そういうのが同盟相手ってものだからね」
「図書館の神に仲間はいらない。必要なのは平穏と静けさだけだ」
「でも、拠点を作る場所を探すにしても、周囲の様子をちゃんと把握するにしても、次は私の番だと思うわ」
ヴィルキーは胸へ手を当てた。
彼女が片手を伸ばすと、その隣に眩い光が現れた。
そこから姿を現したのは、堂々たる翼を持つ白馬だった。
「ペガサス?」
「私のエイドロンよ」
ヴィルキーはどこか誇らしげに胸を張る。
「生き物が出てくるなんて思ってなかったでしょ?」
「エイドロンって、魂の反映とかそういう話じゃなかったか?」
ネレスは目を細めた。
「ってことは、お前ずっと馬だったのか?」
「違うわよ!」
「ははは。つまり、ヴィルキーの魂は自由ってことだよ」
アレンは笑いをこらえきれなかった。
「だから、私のエイドロンの最初のスキルは飛行なの」
ヴィルキーは頬をふくらませる。
「そんなでかい翼があるのに、わざわざスキルが要るのか?」
「あなたが言ったでしょ。エイドロンは魂の反映だって」
ヴィルキーはペガサスの首を撫でた。
「つまり、そのスキルは私自身のもので、それがこの翼に表れてるだけよ」
「言いたいことは分かった……たぶん」
ネレスは腕を組む。
「でも、一人で偵察に行かせるのはやっぱり気が進まないな。アレンも一緒には行けないのか?」
「私は小さな子供じゃないわ」
ヴィルキーはじろりと睨んだ。
「今までいくつの戦場を経験してきたと思ってるの? エイドロンを呼べるようになったのは最近だけど、使うのが初めてってわけでもないの」
「分かった。だが、危なそうなのを見つけたらすぐ戻れ」
ネレスは釘を刺した。
「言うことを聞かなかったら、この同盟は終わりだ」
ヴィルキーはアレンへ視線を向ける。
アレンがうなずいたのを見て、彼女は肩をすくめた。
「分かったわ。でも、私がいない間に敵を倒しすぎないでよね! ディバイン・オーダーに、私だけ何もしてないって思われたら困るんだから!」
少女は翼馬へまたがり、そのまま空へ飛び立っていった。
「俺たちも、その間に場所を変えるぞ」
ネレスは立ち上がった。
「見張りは立ててるが、所詮はスケルトンだからな……」
二人は木々の影を目指して歩き出した。
ヴィルキーの姿は、やがて遠く空の彼方へ消えていく。
だが、次に何と出くわすかとは別に、ネレスの頭を占めていることがもう一つあった。
(スキルの熟練度を上げていくと、新しいスキルが解放されるのか……本当に、誰も何も説明してくれない場所だな……)
アレンの隣を歩きながら、ネレスはゴッドスクリプトを眺めていた。
(しかも、選ばせるくせに、このゴッドスクリプト……いや、これと繋がってるディバイン・オーダーのほうか? 肝心の説明が名前だけって、どうなんだよ……)
ネレスの疲れたため息には、アレンもすでに慣れていた。
彼はただ、苦笑しながら隣を歩く。
「こんなんで、どうやって選べってんだよ……」
【死の手触れ】
【魂の番人】
【渡し守の対価】
◇ ◇ ◇
ヴィルキーが飛び去った方角から数キロ先。
そこには、背の高い整った男と、陽光を映す髪の少女がいた。
二人が向かい合っていたのは、血のように赤いツインテールの少女。
その肩には、一本の槍が無造作に担がれていた。




