第12話 星明かりの闇
荒れ果てた平原に、ぽつんと二本の木が立っているだけ。
三つの人影が、言葉もなく互いを見据えていた。
沈黙を破っているのは、草を撫でる風の音だけだった。
だが、その睨み合いも長くは続かなかった。
最初に口を開いたのは、赤毛の少女だった。
「爆発の音を追って来たんだけど、どうやら元はあんたたち二人みたいね」
「こっちは悲鳴と、死にかけのうめき声を追ってたんだがな」
炎のような髪をした長身の男が、腕を組んで大きく笑う。
「私はただ歩いていただけよ。特に何かを追っていたわけじゃないわ」
血のように赤いツインテールの少女は、肩に担いでいた槍を持ち上げ、その穂先を目の前の二人へ向けた。
「ちょうどいいわ。こうして出会った以上、もう無駄話に意味はない。勝つか、潰れるか――この試練で残る結果はそれだけよ」
「話が早くて助かるな」
男は腕を広げ、そのまま戦闘の構えを取る。
「どうやら最初からエイドロンを呼ぶことになりそうだ……」
「本当に、あなたたちは同じ手合いみたいね。頭の中が戦うことでいっぱい……でも、ヘルクス。今回は私がやるわ」
「はぁ!? ずりぃだろ! 今度こそまともな戦いになりそうなんだぞ。もう弱いのをいたぶるのは飽きたんだよ……」
「順番決め? 臆病者らしく二人で組んででも来れば? 勝ち目が欲しいなら、そのくらいしなさいよ」
「セリス、『紅蓮の災禍』……随分と自信があるのね」
セレネはそう言って、静かに前へ出た。
「『紅蓮の災禍』!? それなら俺様も聞いたことあるぞ! 頼むってセレネ、俺様にもやらせてくれよ。少しでいい、な?」
「嫌よ」
「……あたしを知ってるの?」
セリスは槍の穂先を、今度はセレネだけへ向けた。
「前に戦った覚えはないんだけど。もしそうなら、あんたは今ここにいないはずだし」
「二つ名は聞いたことがあったわ。顔は今朝知ったの。あれだけ騒ぎを起こしてくれたもの」
セレネが両手を寄せると、その間で光が膨らんだ。
手を離した時、そこには細身の剣――ほとんどレイピアに近い一振りが形を成していた。
セリスの槍は、刃の付け根に髑髏を抱いている。
対するセレネの剣の鍔には、半月が浮かんでいた。
「ん?」
セリスは首を傾げる。
「あんたの目、少し怒ってるように見えるけど。あたしに決闘を吹っかけてきた、あの道化と親戚か何か?」
「怒り?」
セレネは薄く笑った。
「そんな単純な感情に居場所はないわ……もっとも、あなたが私の楽しみに飛び込んできた時は、少しだけ不愉快だったけれど」
セレネは目の前に浮かんでいた剣を素早く掴み、その切っ先をセリスへ向ける。
「楽しみ? 何の話?」
「いや、俺様もそれは気になるんだが、セレネ」
ヘルクスが頭をかいた。
「朝、お前に色々な鍛錬法の話をしてただろ? あれは確かに面白いし、あのジジイの説教よりずっとマシだが、誰もこっちに飛びかかっては来なかったぞ……」
「ヘルクス、どこかで雲でも数えてきたらどう?」
「へいへい。今回は譲るさ。今回だけはな……」
「チッ。あんたがあたしに何を思ってようが、どうでもいいわ」
セリスは槍を握り直した。
「どうせ、この先起こることは何一つ変わらないんだから」
「あなたに個人的な感情があるわけじゃないの」
セレネは微笑を崩さない。
「ただ、あなたの存在が少し邪魔なだけ」
「奇遇ね。あたしも、この馬鹿げた試練の候補者ども全員に同じことを思ってる」
次の瞬間、二人の姿が掻き消えた。
そして直後、鋼と鋼がぶつかる轟音が平原に響き、土埃が舞い上がった。
◇ ◇ ◇
「だって、足元に夜が広がってるんだもの……」
ヴィルキーはしばらく一直線に飛んでいた。
そろそろ向きを変え、ネレスとアレンが待つ一帯の周囲を、大きく回って確かめるつもりだった。
だが、気づけば眼下の地面は、ほとんど闇に呑まれていた。
近づいてみると、完全な暗闇というわけではない。
夜空の星のような光点が、無数に浮かんでいた。
ただし、本物の星と違って、それらはじっとしていなかった。
時折、一つが閃光のように弾け、光の筋となって闇の中の何かへ突っ込み、金属がぶつかる音を響かせる。
「すごいだろ?」
不意に声がした。
「セレネ相手に、俺様以外でここまで粘るやつは初めて見たぜ……いやぁ、羨ましいねえ」
ヴィルキーの血の気が一気に引いた。
いつの間にか、すぐ傍に、炎のような髪をした長身の男が浮かんでいた。
その姿は、自ら光を放っているようだった。
「ヘルクス……星辰結社の……」
(近づきすぎた! 私の馬鹿! 死ぬ!)
ヴィルキーは即座にペガサスへ向きを変えさせた。
獣の姿をしたエイドロンは高くいななき、白い翼を力いっぱい羽ばたかせる。
「うわ、真っ青じゃねえか」
ヘルクスは肩をすくめた。
「まあ、運がいいな。ちょうど俺様、弱いのをいたぶるのには飽きたところだったし。別に好きでやってたわけでもねぇけど……ん?」
ヘルクスはそのまま決闘の見物へ戻るつもりだった。
だが、ヴィルキーが逃げていった方角に何かあると気づいたらしい。
「どうやら、俺様にも少しくらいは楽しみができそうだな」
◇ ◇ ◇
「そもそも、なんでそんなに神になりたいんだ? 力のある家に生まれた不死の半神ってだけじゃ足りないのか?」
ネレスは手であくびを隠した。
森の端と草原の境目、その木の幹へ背を預けるように座り込みながら、どうしても襲ってくる眠気と戦っている。
「バトルロワイヤルの真っ最中だっていうのに、ずいぶん落ち着いてるんだね」
ヴィルキーが消えていった空を見上げながら、アレンが笑う。
「緊張したって何の足しにもならないだろ……」
「そう簡単にどうこうできるものでもないと思うけど。はは」
「慣れだよ。戦場に立ち始めて、まだ二百年も経ってないお前だって、そんなに動揺してるようには見えないしな」
「僕が実はかなり緊張してるって、知らないみたいな言い方だね」
アレンは笑みを崩さなかった。
「少なくとも、そう見せないのが第一歩だろ」
ネレスは両手を頭の後ろで組む。
「で? 答える気はあるのか」
「もちろん。僕の野心のためだよ」
「……野心?」
ネレスは片眉を上げた。
「もっとこう、悲しい過去とかないのか? 世界の理に逆らいたいとかさ」
「人が足で歩き、鳥が翼で飛ぶように」
アレンは視線をネレスへ落とす。
「神なるものは、支配するようにできているんだ。僕たちだって、結局は動物と大差ないだろう?」
「つまり、終わりのない輪ってわけか。そういうのには、もう正直うんざりしてるんだけどな……」
ネレスは小さく息を吐いた。
「それに、動物だって十分広い縄張りを持てば満足するんじゃないのか?」
「もちろん、神だって落ち着くことはあるさ。でも、そのためには自分たちの上に立つほど強い神が必要なんだ」
「至高神ってやつか? 前にもそんなこと言ってたよな」
「そう。越えられない壁みたいな神が上にいれば、他の神たちの力への渇きも静まる」
「なるほどな。あの老人、やっぱりそれだけ強いってことか……肩書きだけでもそんな感じはしてたけど」
ネレスはしばらく目を閉じ、それからまた開いた。
「でも、何でもひと括りにするのはよくないってことくらいは学んでる。少なくともお前は、領域を奪って回るのが好きそうだけどな。魂の反映が剣なんだから」
「否定はしないよ」
アレンは笑い始めた。
「自分を正当化するために、神はみんなそういうものだって括っていたのかもしれない」
「そういう自己批判は大事だ……大事なんだよ……アレン!」
「分かってる!」
その瞬間。
一条の光が二人の頭上へ落ち、周囲一帯を焼き尽くすような爆発が巻き起こった。




