第13話 ここに定命の者はいない(1)
舞い上がっていた土煙がようやく薄れ、焼き払われた草木の残骸が見え始めていた。
少し離れた場所でまだ立っている木々の幹や枝には、小さな火種が残っている。
だが、着弾地点にあったものは、すべて跡形もなく消し飛んでいた。
「やっぱり、お前らは期待を裏切らねえな。わざわざ来た甲斐があったぜ」
空から降りてきたのは、燃えるような髪をした長身の男だった。
その周囲には、行き先もなく光球がふわふわと浮かんでいる。
爆発のぎりぎり外側では、服のあちこちを焦がしたアレンが身を起こしていた。
その隣では、炭になったスケルトンたちが支えていた溶けた盾の壁が崩れ落ち、無傷のネレスの姿をあらわにする。
二人とも、すぐには口を開かなかった。
視線が向いていたのは、新たに現れた男に頭を掴まれたまま、ぐったりと垂れ下がっているヴィルキーの姿だったからだ。
アレンは、すでに顕現させていた誓約の刃を構え直した。
だがネレスはその前へ出て、彼の肩に手を置く。
「ここは俺に任せろ。少し思いついたことがある」
それを見ていたヘルクスは、空いているほうの手を腰に当て、大きく口元を歪めた。
「何か策でも練ってるのか? まあその前に、名乗らせてもらおうか。お前らなら、それくらいは聞くに値する」
自信満々にそう言ってから、さらに続ける。
「俺様は星辰結社のヘルクスだ。お前らの名前も聞かせてもらおうか」
「ネレスだ。別にそれ以上はない」
「僕はアレン。光神ウルゾルの末裔だ」
アレンは剣先を地面へ突き立てたまま言った。
「君の噂は聞いているよ、ヘルクス。だが、人質を取るような男だとは思わなかった」
「人質?」
ヘルクスはきょとんとした顔をした。
頭をかきながら視線をあちこちへさまよわせ、ようやく自分が引きずっていた少女へ目を落とす。
「あ」
どうやら、自分が何をしていたのか今さら気づいたらしい。
だが、相手の気が逸れたその瞬間を、ネレスが逃すはずもなかった。
地面から骸骨の手が二本、突き出すように現れ、半神のブーツをがっちり掴む。
同時に、別のスケルトンたちが地中から這い出し、不意を突くようにヘルクスを取り囲んだ。
(地面から出てくるのって、このスキルの演出だと思ってたんだけどな……まさか、こんな使い方ができるとは……)
そのうちの一体がためらいなく前へ踏み込み、ヴィルキーめがけて剣を一直線に突き出した。
まともに入れば、確実に貫いていた。
「はははっ!」
ヘルクスは焦るどころか、むしろ楽しそうだった。
ヴィルキーをひょいと放り上げると、彼女は別のスケルトンに受け止められる。
その直後、ヘルクスは飛んできた剣を両手で挟み止め、そのままスケルトン兵の手から奪い取った。
まるで玩具でも扱うみたいに軽く振って、そのスケルトンの首を飛ばしてしまう。
「一応言っとくがよ……俺様、そこのかわい子ちゃんを人質にするつもりはなかったんだ。変な勘違いはすんなよ」
奪い取った錆びた剣を眺めながら、ヘルクスは言った。
「けど、あそこまであっさり切り捨てようとするとは思わなかったぜ。あんなに近くにいたら、あの突きは防ぎきれねえ。俺様ごと二人まとめてぶち抜くところだった。
なかなか容赦のねえ作戦じゃねえか」
さらに二度、素早く剣を振るう。
足を押さえていたスケルトンの腕が、あっさり切り飛ばされた。
「最初から誰かを犠牲にするつもりなんてなかった」
ネレスはそう言いながら、自分のスケルトンからヴィルキーを受け取り、そのまま腕に抱いた。
「お前がどかせなかったとしても、傷が深く入る前に俺のスケルトンの突きは止められると踏んでた」
「正直……少しでも串刺しは勘弁してほしかったわ……」
ヴィルキーの声はかすかで、ほとんど聞き取れないほどだった。
「ごめんなさい……ありがとう……」
その謝罪は、意図せずヘルクスをここまで導いてしまったことに向けられたものだろう。
「ふん。彼氏持ちの女からの礼には興味ない」
その言葉に、ヴィルキーの口元に小さな笑みが浮かぶ。
だが、そのまま彼女は意識を失った。
ネレスは半神の少女の容体を手早く確かめると、木の幹へそっともたれさせた。
「どうだい?」
ネレスが戻ってくると、アレンがたずねた。
彼はまだ剣をヘルクスへ向けたままだったが、当のヘルクスは、同時に飛びかかってきたネレスのスケルトンたちを面白がるように壊しているところだった。
「重傷ではあるが、命に別状はない。で、どう見る?」
「最初の隙を除けば、もう何一つ崩れていない。僕が無理に飛び込めば、たぶん戻って来られない」
その間にもヘルクスは、たった一振りで三体まとめて薙ぎ払う。
すると、奪った錆びた剣のほうが先に限界を迎え、ぱきりと砕けた。
彼はがっかりしたようにその剣を見てから、無造作に放り捨てる。
「こいつら、ただの骸骨じゃねえな」
ヘルクスはようやくネレスとアレンへ視線を戻した。
「定命の者なら、一体いるだけでもかなり厄介だろうよ」
その時だった。
彼のそばに浮いていた光球が強く輝き始め、そのままヘルクスの頭上へ上昇する。
「だが、ここに定命の者はいない」
次の瞬間、光球から凝縮された光線が撃ち出された。
それはヘルクスを中心に円を描くように走り、彼を囲んでいたスケルトンをすべて蒸発させる。
再び土煙が立ち上る。
そしてその煙が薄れ始めた時、ヘルクスは気づいた。
ネレスとアレンの姿が、もうどこにもないことに。
「はぁ!? せっかく俺様があんなに格好よく決めてやったってのに、逃げたのか!?」
辺りを見回しながら、ヘルクスが叫ぶ。
「いや、かわい子ちゃんはあそこだ。木にもたれて倒れてる……ってことは――」
そこまでだった。
最後に残っていた煙の中から、一つの人影が弾かれたように飛び出す。
アレンだった。
その目も、手にした剣も、不吉な赤い光を帯びている。
「予想どおりだ!」
ヘルクスが叫ぶ。
頭上の光球が再び炸裂し、今度はアレンめがけて光線が放たれた。
「断絶」
アレンの剣が動く。
その軌跡に赤い残光が走り、正面から来た光を真っ二つに断ち切った。
ヘルクスの目が大きく見開かれる。
両断された光はアレンの脇をすり抜け、その背後で爆発した。
「光を斬るとか、どうなってんだ!? お前、何者だよ!?」
その声にあったのは驚きよりも、むしろ興奮だった。
心底楽しそうですらある。
だが次の瞬間。
彼の本能が、無理やり背後へ振り向かせた。
「何だと!? どうして気づかなかった!?」
木の陰に身を潜めていたネレスが、アレンが動き出したのとまったく同じ瞬間に気配を殺して駆けていた。
今、その手はすでにヘルクスの顔のすぐ目前まで迫っていた。
【死の手触れ】
ネレスは何も言わなかった。
ついさっき選んだばかりのそのスキルが、ヘルクスの顔を掴んだその瞬間に勝手に発動したのだ。




