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第49話 死の淵にて(3)

 金属と金属がぶつかり合う轟きは、すでに弱まりつつあった。


 今、その場を支配していたのは、魔族たちの痛みと恐怖の叫びだった。


「これ、あまり気分のいいものじゃないな! もう戦いというより、ただの虐殺じゃないか!」


 ヴィシアレの兵士がそう叫び、密集した仲間の間に必死で隠れようとしていた魔族へ剣を突き立てた。だが、その努力もむなしかった。


 その隣では、同じヴィシアレの若者が七体の魔族をまとめて両断した。


 いや、正確には、その七体の魔族がいた空間ごと断ち切ったのだ。


「忘れるな! 侵略者はあいつらだ! やられるのがあいつらでなければ、僕たちだったんだ!」


 オスヴェルは部隊の仲間たちへ振り向きながら叫んだ。


「それに、これはタエロルの仇でもある! あの緑の怪物どもの襲撃を引き起こしたのは、魔族なんだ!」


 しかし、オスヴェルがどれほど危険な存在かを見たことで、魔族の中でもかなり強い一体が、ヴィシアレの青年が背を向けた隙を逃さず襲いかかった。


 その魔族はただ者ではなかった。剣がカビを思わせるくすんだ緑色の光を帯び始め、オスヴェルが気づいた時には、もう手遅れだった。


 少なくとも、そう見えた。


 一本の矢が、魔族の頭を貫いた状態で忽然と現れた。


 魔族は喉の奥から低いうなり声を漏らし、そのまま崩れ落ちる。


 その矢は空を飛んできたのではない。


 敵の頭の中に、直接現れたのだ。


 考えてみれば、かなり恐ろしい話だった。


 オスヴェルが丘の連なりへ視線を向けると、そこにはむっとした顔のイリーがいた。片手で弓を持ち、もう片方の手で、もっと気をつけろと言わんばかりに身振りをしている。


「狩りにもその集中力を向けてくれたら、ほとんど手ぶらで帰ってくるなんてこともないんだけどな」


 オスヴェルは小さく笑ってつぶやいた。


 その時だった。


 一部の魔族たちが、陰鬱な紫の光を放つ石を取り出し始めた。


「気をつけろ! 何か企んでいる!」


 オスヴェルが叫ぶ。


 だが、その心配は無駄に終わった。


 次の瞬間、石の光は消えたからだ。


◇ ◇ ◇


『冥路』


 サエとドラジラは、隣で腕を上げているネレスを見た。


「冥路?」


 サエが尋ねる。


「ネレジエル様は、何をなさったのですか?」


 ドラジラも続けた。


 一方のネレスは、二人を見比べながら頭をかいた。その顔には、二人と同じくらい疑問を抱いていることがありありと出ていた。


「ええと、どう説明するかな……。ドラジラによると、魔族はネザライトの中に魂を閉じ込めていたんだろ」


 ネレスはそう説明しながら、自分のポケットからネザライトを取り出した。


「冥路は、魂と死の川の間に生まれる通り道へ干渉できるスキルだ」


「さすが死神様です!」


 サエが声を上げた。


「それは、つまり……!」


 ドラジラが息を呑む。


(最初は、その通り道まで移動することしかできなかったんだけどな。使ったことで熟練度がDに上がったから、今はその通り道を自分で開けるようになった。さまよう魂に出くわした時には、かなり便利なスキルだ……)


「君の話を聞いたあと、少し試してみたんだ、ドラジラ。そうしたら、ネザライトそのものの中にも、その通り道を開けるらしいと分かった」


 ネレスはそう言って、ネザライトをポケットへ戻した。


「どうやら魂たちは、すぐにそれを使ったらしい……いや、どうだろうな。吸い込まれたのかもしれないし」


 魂の力を失った魔族たちは、ネレスの軍勢の前になす術がなくなり、ほどなくして降伏する者たちが現れ始めた。


 幸い、スケルトン兵たちは精密機械のように正確だった。


 武器を地面へ投げ捨てた魔族たちは、すぐさま前線から切り離され、後列に控えていたスケルトン兵たちによって取り押さえられていく。


 一方で、ヴィシアレや森の精霊たちはそうはいかなかった。戦いの熱の中で、すでに降伏した魔族を討ち取ってしまうことも一度や二度ではなかったのだ。


「そんな……これは……ありえない……」


 ドラゼルはその光景を見つめながら、呆然とつぶやいた。


 だが、彼の目に浮かんでいた絶望は、すぐに怒りへと塗り替えられる。


 丘の上にいる姉を探していた彼は、そこでネレスと目が合った。


 その瞬間、ほんの一瞬だけ血の気が引いた。


 しかし、彼の怒りと野心は恐怖よりも大きかった。


「貴様! 貴様が死霊術師か!」


 ドラゼルは長い爪を伸ばし、ネレスへ向かって飛びかかった。


「あのスケルトン兵どもも、お前を消せば消えるはずだ!」


「サエ、ネレジエル様を連れて逃げて! 私がドラゼルを止めます!」


 ドラジラは叫び、剣の力を解放した。剣は複数の金属の刃へ分かれ、雷のようにドラゼルへ撃ち出される。


「笑わせるな、姉さん! 神からの贈り物があろうとなかろうと、お前は一度だって俺に勝てたことがない!」


 ドラゼルの爪が、姉と同じ緋色の瞳と同じように赤く輝いた。


 そして強烈な一撃で、自分へ向かって飛来する雷を弾き飛ばす。


 ドラジラが武器を引き戻すより早く、ドラゼルがこちらへ到達すると見たサエは、ネレスの肩に手を置いた。


 だが、ネレスは手で制し、アルコンテに待つよう示す。


「問題から逃げられるなら、俺としては大歓迎なんだけどな。今回はその必要はなさそうだ。まず、あいつはそこまで倒しにくい相手には見えない。二つ目に、そもそも俺たちのところまで来られるとも思えない……」


 ドラジラとサエは彼を見たあと、互いに顔を見合わせた。


 そして、何かが音速の壁を破る轟音が頭上に響いた瞬間、二人は同時に気づいた。


「やっとあたしの番ね! 魔族があんたたちに近づいたらって言ったわよね、ネレス! 今さら取り消せないから!」


 まるで空を飛んでいるように見えるほどの強烈な跳躍で、セリスは一瞬にしてドラゼルとの距離を詰めた。


「邪魔をするな!」


 魔族は怒号とともに爪を振るい、その軌跡に赤い光の跡を残した。


 セリスは満面の笑みを浮かべ、大鎌を回転させる。


 一度目の回転で、ドラゼルの腕はまるでバターのように切断された。


 二度目で、今度は翼が落ちた。


「アァァァァッ!」


 悲痛な叫びを上げ、魔族は地面へ落下した。


(それで俺が定命の者を辱めてるとか言うんだからな……)


 セリスは一瞬も無駄にしなかった。


 自分の落下の軌道を、倒れたドラゼルへ向けて修正する。


 ドラゼルは最後の瞬間に反応し、横へ跳んだ。


 鎌の刃は紙一重で彼を捉え損ね、その代わりに大地を二つに裂く。


「くそ……が……」


 ドラゼルはうめきながら、腕のあった場所を魔法で焼いて止血しようとした。


 だが、効果はなかった。


 傷口は塞がらない。


「お前たちだけが……空間魔法を……使えると思うなよ!」


 数秒のうちに、魔族の体が霧へ変わり始めた。


「ああ、だめだめだめだめ! 逃がさない!」


 セリスはもう一度強烈な跳躍で彼の前に現れ、勢いよく大鎌を振るった。


 だが、ドラゼルはそのまま霧のように消え失せた。


「嘘でしょ!」


 セリスが心底悔しそうに叫ぶ。


「この世界、腰抜けだらけじゃない!」


◇ ◇ ◇


 月のない夜よりもなお黒い影が、目を開いた。


 人の輪郭をした霧のような存在。その闇の中で、二つの光点だけが浮かんでいる。


 その存在の前に、瀕死の魔族が姿を現していた。


「エ……エレビオン様……」


 魔族はかろうじてそう呟いた。


「緊急事態です……!」


 ドラゼルは地面に倒れ、血を流していた。


 腕のあった場所には血まみれの断端が残り、さらに今は、胸にも巨大な裂け傷が口を開けていた。


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