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第47話 死の淵にて(1)

 もちろん、エリュンデアへ運ばれてきた魔族が、全員兵士だったわけではない。


 非戦闘員と呼ぶべき者たちも多く、彼らは野営地の周辺に留まっていた。


 それでも、ドラゼルが軍に加えられる戦力は凄まじく、四万という背筋の冷える規模に達していた。


 その四万の兵たちは今、巨大な洞窟の中を進軍している。


 洞窟は、冥界にいくつも存在する広大な地下空間の一つへと彼らを導いていた。


 だが、誰一人として気づいていない。


 ドラゼルも、彼の将軍たちでさえも、自分たちを見つめる輝くマゼンタ色の瞳には気づかなかった。


 油断していたわけではない。


 ヴィシアレの諜報能力が、魔族のそれをはるかに上回っていたからだ。


 当然と言えば当然だった。


 外界との接触を最小限に抑えてきたこの種族は、ある日突然、敵の艦隊に包囲されるような事態を避けるため、独自の備えを講じていた。


 その備えこそ、外界の情報を集めるために厳しい訓練を積んだ諜報部隊である。


 その名は『鏡』。


 彼らは気配を隠す超人的な技術を持つだけでなく、全員が周囲の景色を完全に映し返す個人結界を展開できることを条件とされていた。


 それによって自らの輪郭を景色に溶かし、発見を避けるのだ。


 やがて魔族軍が洞窟を抜けると、近くの丘の頂に、彼らを待ち受ける者がいた。


 行軍中、彼らはずっと監視されていたのである。


「姉さん、これはうれしい驚きだ。こんなに早く会えるとは思っていなかったよ」


 ドラゼルは軍勢の上空へ舞い上がり、ドラジラへ向かって飛んだ。


 ドラジラも同じように宙へ上がる。


「私を冷酷に襲ったその瞬間から、あなたはもう私の弟ではなくなったわ、ドラゼル」


 ドラゼルは口元を吊り上げ、肩をすくめた。


「姉弟のちょっとしたじゃれ合いだろ? 俺が手荒く遊ぶのが好きなのは知ってるじゃないか……」


「今この瞬間も、その爪で仕掛けようとしているのは分かっているわ」


 ドラジラは最初から構えていた剣を持ち上げ、ドラゼルへ向けた。


「また私の不意を突けるとは思わないことね」


「ははは。俺相手に何かできると思っているのか? 姉さんがそこまで甘いとは思っていなかったな。俺がもうどれだけの魂を集めたか、お前にも想像はつくだろう……。まあ、それを使うまでもないと思うけどな」


 ドラゼルは長い舌で鋭い爪をなめた。


 その顔には、まるでこの瞬間を味わっているかのような恍惚とした表情が浮かんでいた。


「一度だけ言うわ」


 ドラジラは剣の柄を強く握りしめ、続けた。


「兵を引きなさい。魔族の血を無益に流させないで」


「馬鹿馬鹿しい。いったい誰が魔族の血を流させられるっていうんだ? この谷の住人か? たかだか数千年しか存在していない、生まれたばかりの精霊どもか? それとも、光を反射する結界の中にいる奇妙な種族か? 俺たちが陽光にでも変わりますようにと祈るつもりか?」


 ドラゼルは高らかに笑った。


「それとも姉さんか? いや……お前はここで死ぬんだ!」


 すさまじい速度で、ドラゼルが強烈な爪撃を放った。


 ドラジラはかろうじて反応し、剣で受け止める。


 だが、その力はあまりにも強かった。


 彼女は弟の力を受け止めきれず、衝撃で剣を上へ弾き上げられてしまう。


 その隙をドラゼルは逃さなかった。


 もう片方の手で二撃目の爪撃を放つ。


 狙いは、姉の首。



 しかし、その瞬間。


 ドラジラの姿が、青みを帯びた閃光とともに彼の目の前から消えた。


「何が起きた!?」


 ドラゼルは激しく周囲を見回した。


 そして、丘の頂にいる姉の姿を見つける。


 その隣には、空色の長い髪を持つ、気品ある美しい少女が立っていた。


 サエだった。


 ドラゼルが最初の攻撃を放った瞬間、彼女はドラジラの背後に現れていた。


 そして二撃目が届くより早く、ドラジラを連れて空間を越えたのである。


 一瞬で。


「何だ、その魔法は……。まあいい。一人増えたところで、俺の軍勢にとっては何の違いにもならない。妙な魔法だろうが何だろうがな」


 ドラゼルの顔に、自信に満ちた笑みが浮かぶ。


「そもそも、逃げるためだけの魔法に何の意味がある? お前たちはただ、避けられない結末を先延ばしにしているだけだ」


 ドラゼルは片手を上げ、すぐに振り下ろした。


 直後、彼の背後で何千もの足音が轟き始める。


「逃げ場がなくなったら、どうするつもりだ?」


 今度は、嘲るような笑みが魔族の顔に浮かんだ。


「あの妙な結界の集落はどうだ? あそこにいる全員が、その魔法を使えるとでも?」


 サエは一歩、ドラジラの前へ出た。


 そして、軽蔑に満ちた挑むような視線をドラゼルへ向ける。


 彼女にしては、かなり珍しい表情だった。


「私は昨日ようやく、この水準でこの魔法を扱えるようになりました。使いこなせる者も多くありません」


 サエは魔族から視線をそらさずに答えた。


「ですが、それは問題ではありません。どのみち、私たちは逃げるつもりなどありませんから」


 サエとドラジラの背後でも、足音の轟きが響き始めた。


 ドラゼルはそれほど高く飛んでいなかった。


 そのため、自分たちを待ち受けていた軍勢に気づいたのは、その姿が地平線の丘陵の向こうから現れ始めてからだった。


 スケルトン兵。


 空色の髪とマゼンタ色の瞳を持つヴィシアレたち。


 そして、様々な森の精霊。


 さらに彼らのそばには、自らの意思で動く小さな要塞のようなエルダーバークたちも付き従っていた。


 ドラゼルはすぐさま高度を上げ、敵の陣容を見渡した。


 だが、その顔にはまたしても嘲笑が浮かぶ。


「姉さん、短い間にどうやってそれだけの援軍を集めたのかは知らないが……残念ながら、その援軍は俺の兵の半分にも届いていないな。それも、はるかにな」


 ドラゼルは魔族軍へ向けて腕を掲げた。


「忘れたわけじゃないだろう? 俺たちはついこの間、二十万のオークとその仲間を打ち破ったばかりだ。それなのに、お前はその十分の一にも遠く及ばない軍勢で何かできると思っているのか?」


 ドラジラも数歩前へ進み、サエの隣に立った。


 その剣はすでに、雷をまとい始めている。


「あなたの兵?」


 ドラジラは静かに問い返した。


「何か忘れていないかしら、ドラゼル」



 腕を掲げていたドラゼルは、そこでようやく肩越しに振り返った。


 そして、魔族軍の四分の一ほどが本隊から離れ、谷の奥へ後退していくことに気づく。


「『鏡』は本当に見事ね」


 ドラジラは、凛と隣に立つサエの肩に手を置きながら言った。


「行軍中ずっと、あなたの軍の両脇を伝って連絡が鎖のように渡っていたのに、あなたはまるで気づかなかった。私の将校たちはもう、私に忠誠を誓う兵を掌握しているわ」

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