第4話 運命の影(1)
ネレスは差し出されたアレンの手を取らず、しばらくアレンとヴィルキーを見比べた。
「なあ、そこの若いお二人さん。付き合ってるのか?」
「えっ、若いってどういう意味?」
「ち、違うわよ! ただの幼なじみなんだから!」
ヴィルキーは頬を赤くして言い返した。
「何が違うんだ?」
「そ、それは……かなり違うと思うけど……」
アレンはちらりとヴィルキーを見る。
「うさんくさい、初々しい、むずがゆい……そして何より、羨ましい」
「……何て?」
アレンは本気で意味が分からないという顔で聞き返した。
「お前らと一緒に行きたくないってことだ。どう見てもお邪魔虫になるし、俺の呪いまで思い出す」
「だから、お邪魔虫になんてならないってば!」
今度は耳まで真っ赤にしながら、ヴィルキーが言い返した。
「呪いって、何のことだい?」
アレンが尋ねる。
「あの悪ま……いや、運命の女神の呪いだ。色々あるけど、そのうちの一つがこれだ。俺は一生、誰ともくっつけない運命らしい……」
二人がそろって面食らった顔をする中、ネレスは両手で顔を覆い、涙をこらえた。
(30歳まで童貞だと魔法使いになるって話は聞いたことあるけど、10万歳で神候補になるなんて誰も教えてくれなかったぞ!)
「どうしてそんな呪いをかけられたの?」
ヴィルキーが小首を傾げる。
「それを俺が知りたい!」
「でも、安心していいよ、ネレジエル」
アレンは微笑んだ。
「たとえ運命の神でも、他の神の運命を直接どうこうできるとは僕は思わない。要するに、君自身が神に選ばれればいいんだ」
「でも、運命の女神なんて……運命の神自体がただでさえ滅多にいないのに、とんでもなく強い存在よ」
ヴィルキーは考え込むように言った。
「少なくとも、私が生まれる前からもう誰の噂も聞かなくなっていたと思う……」
ネレスは目を見開いたまま、二人へ振り向いた。
「……本気か?」
「ん? 何が?」
「もう運命の神はいないのか……?」
「絶対とは言えないけど……」
ヴィルキーが答える。
「少なくとも、私たちの知る限りではね」
「神様ありがとう! ゾロヴァンからの贈り物か? いや、誰でもいい! 今日は最高の日だ!」
ネレスは勢いよく言った。
「もちろん、いつかはあいつと決着をつけるつもりだった。最初の百回くらいの人生なんて、復讐しか頭になかったしな……でも、もう存在しないなら、その方がずっといい!」
目の前で突然始まった独演に、アレンとヴィルキーは困ったように顔を見合わせた。
「それってつまり、僕の派閥に加わるのに問題はなくなったってことかい?」
アレンがようやく尋ねた。
「いや、全然。それとこれとは別問題だ。それに俺は根っからのソロ主義なんだよ」
「ソロ主義?」
ヴィルキーが不思議そうに聞いた。
「ソロだよ。まあ、そこはどうでもいい」
ネレスは肩をすくめた。
「別にお前らが嫌いなわけじゃない。(まあ、ちょっとはある。羨ましいし)でも俺は目立ちたくないんだ、いいな? 運命の女神がもういなくても、神なんて連中とは関わりたくない。静かな人生がほしいんだよ!」
「うーん……強い神だけが自分の領域を持てるし、誰をそこへ入れるかも決められる」
アレンは腕を組み、考え込んだ。
「でも、それこそが僕の目標なんだ。ネレジエル、もし僕に加わってくれるなら、僕の領域の中に君だけの場所を用意する。好きに暮らしていい。隠遁生活だってできるよ」
「まず、ネレスって呼んでくれ。ネレジエルって呼ばれると、なんかむずがゆいんだよ」
ネレスはため息をついたが、少しだけ興味を示した。
「でも、何でそこまで俺にこだわる? あのエフェ……何だっけ、あの門の件か? ゾロヴァンは偶然だって言ってただろ。俺を見るな」
「あなたの気配は普通じゃないの」と、ヴィルキーが説明した。
「ものすごく濃くて、暗くて、まるで一つの魂の中に群衆が閉じ込められてるみたい」
「暗い……? 『聖なる闇』ってやつか?」
ネレスは小さく呟いた。
「僕とヴィルキーは共通の祖先を持ってる」と、アレンが続ける。
「僕の一族の始祖で、光を司る絶対神だ」
(絶対神って、ゾロヴァンの孫娘の、あの生命の女神みたいなやつか?)
「それと、まだ言ってなかったけど、ヴィルキーの家は僕の家の分家なんだ。だから今、こうして僕を補佐してくれてる」
アレンは言った。
「僕たちは二人とも、普通より先まで見通せる力を受け継いでる。それが光にまつわる性質なんだ」
ネレスは自分のゴッドスクリプトを確認した。確かに、二人の特性欄には『光の加護』と表示されていた。
「名門で、幼なじみで、その上ちょっと親戚みたいなもんか……なるほどな」
「だから恋人じゃないってば! それに、そこまで近い親戚でもないわよ……始祖なんて何万年も前なんだから」
「はは……でも、君が千回生きたって言った時点で、色々と腑に落ちたんだ」と、アレンは言った。
「理屈の上では、人間でも、そこまで生きれば膨大なスピリチュアル・エナジーを蓄えられるかもしれない。……もちろん、失礼なのは分かってるけど、どうしてそんなことが可能なんだい?」
「今ちょうど、軽々しく話しちゃいけないことリストに入れたばかりなんだが……聞いてたのか?」
「うん、ごめん」と、ヴィルキーが答える。
「もっと早く話しかけたかったんだけど、何だか取り込み中みたいだったから……」
「ああ、あのオドリアンとかいうやつか」
「オドリアンだよ」と、アレンが訂正した。
「盗み聞きするつもりはなかったんだ。そこは本当にすまない」
「まあ、聞かれたなら仕方ないか」
ネレスは腕を組み、目を閉じた。
「運命の女神の呪いは、伴侶ができないってだけじゃない。そんなのはまだマシな方だ。本当の呪いは、記憶を失わないまま、何度も何度も生まれ変わらされることだった。それも、毎回違う世界でな……」
アレンとヴィルキーは明らかに衝撃を受けていた。互いに顔を見合わせることしかできない。
「助けもなしに一度でも転生するのは、十分すぎるほど異常だよ」と、ようやくアレンが言った。
「それを千回以上なんて……」
ヴィルキーは思わず口元を押さえた。
「しかも、ゴッドスクリプトに祝福って出てても信じるなよ! あれはどう考えても最悪の呪いだ!」
「ごめんなさい……私にはあなたの名前しか見えないの」
ヴィルキーは少し申し訳なさそうに言った。
「僕も同じだ」
アレンもうなずいた。
「君のスピリチュアル・エナジーが僕より上かもしれないのに、派閥に誘うなんて厚かましいとは思う。でも、強さがすべてじゃない。後悔はさせないよ」
「なるほどな……俺はまだゴッドスクリプトの仕組みをよく分かってないが、普通は名前以外も多少は見えるわけか」
ネレスは眉をひそめた。
「それでもまだ諦めずに、俺を引き入れようとしてるのか?」
「それより、もっと気になることがある」
アレンの表情が引き締まった。
「転生それ自体も十分異常だ。でも、世界をまたいで転生するとなると……」
アレンがヴィルキーに視線を向けると、彼女は小さくうなずいた。
「本来なら不可能なはずよ」と、ヴィルキーが言う。
「どの世界にも、それぞれ死の川みたいなものがあるの。そこでスピリチュアル・エナジーと一緒に、記憶も洗い流される。理屈の上では、自分の元いた世界なら、記憶もスピリチュアル・エナジーも保ったまま生まれ直すことはあり得るかもしれない。でも、魂が自力で世界を越えるには、銀の海を渡らないといけないの」
「すべての死の川は銀の海へ流れ込む」と、アレンが続けた。
「だが、そこへ辿り着くことは"本当の死"だとされている。神の魂ですら、そこで純粋な状態へ戻る。あそこでは、すべての魂が等しいんだ」
「銀の海……銀の海って、つまり魂の海のことか?」
「たぶん、そうね。魂の海には違いないし」と、ヴィルキーは答えた。
「でも、純粋な魂の色が銀だから、そう呼ばれてるのよ……ちょうど、あなたの髪みたいに」
「俺の髪? 何の話だ?」




