第34話 巨像
まるで終末のような光景だった。
何千もの骸骨兵が森を埋め尽くしていた。森そのものも必死に抗おうとしていたが、骨と錆びた鉄の絶え間ない波を前に、そこに住まう者たちにできることは何もなかった。
「どこから湧いてきたのよ、この死者の軍勢は!?」
アヴェルは打ちひしがれていた。目の前に広がる圧倒的で止めようのない力が、自分の森の隅々まで食らい尽くそうとしていたからだ。
「アヴェル様! もう姉妹たちが持ちません、逃げ出し始めています!」
「ドライアドたちが逃げているの!? では、ファウヌスたちと黒鹿騎兵は!?」
「槍の壁にぶつかってから、あちらの翼ではほとんど動きが見られません……」
アヴェルは足元が揺らぐのを感じた。自分の王国が、目の前で崩れ落ちていく。
「エルダーバークは……エルダーバークは!? あの者たちが力を貸してくれなければ、あちらの森まで壊されてしまうわ!」
その時、別のドライアドが勢いよく駆け込んできた。だが、根に足を取られ、そのままアヴェルの前へ倒れ込む。
「アヴェル様……アヴェル様……エルダーバークが……もう……!」
「な、何を言っているの!? エルダーバークは森の始原精霊よ! 私よりもずっと古い存在なのよ!」
転んだドライアドはどうにか立ち上がったが、その顔は真っ青で、まるで死そのものを見てきたようだった。
「ひ、ひどいんです……! 本当に、ひどいんです……!」
「ひ、ひどい……?」
「血みたいに赤い存在で……長い武器を持っていて、その先には巨大で鋭い、真っ黒な湾曲した刃が……! あれに斬られたものは、二度と再生しません!」
「再生しない……? では、森の精霊たちの再生能力が通じないというの!?」
「そ、それだけじゃありません……!」
ドライアドは唾を飲み込んだ。
「振り回すたびに炎の竜巻を巻き起こして……通った後は全部焼け焦げてしまうんです! エルダーバークたちも、まるで歯が立ちませんでした……!」
アヴェルは膝から崩れ落ちた。
「そんな……これで終わりだわ……」
だが、花の玉座の主の黄緑の瞳には、すぐにまた光が戻る。
「……いいえ、まだよ。まだ一つだけ可能性がある」
ドライアドたちは不安げに顔を見合わせた。やがて、そのうちの一人が恐る恐る一歩前へ出る。
「アヴェル様……まさか、それは……」
「巨像を目覚めさせるのよ」
「アヴェル様!? きょ、巨像を!?」
「ですが、あれは……! 何千、何万年も生きる精霊です! エリュンデアとともに生まれた存在ですよ!」
「敵を片づけた後は、私たちへも怒りを向けるかもしれません!」
「……互いに潰し合ってくれることを願うしかないわ」
◇ ◇ ◇
【従者】
>【セリス】
>【最後の谷のヴィシアレ】
>>【イリィラ】
>>>【位置】
「こういう時に限って、ゴッドスクリプトは本当に便利だな。イリィラってやつの気配もかなり近い……。それにしても、タエロルの言葉だけで『ディバイン・オーダーのもとでの誓約』扱いになって、種族ごと俺の従者として認識されるとは思わなかった……。誰も俺に触るなよ」
ネレスは、森へなだれ込んだ骸骨兵の群れに紛れて身を潜めていた。もっとも、骸骨どもに囲まれる状況にはいまだ慣れず、周囲の連中も律儀に彼から一メートルほど距離を空けている。
せめて全部、骨と錆びた鉄だけでできているのが救いだった。もし今後、ゾンビみたいなものまで召喚できるようになったとしても、絶対に使わない。少なくとも、自分の目に入るところでは。
「従者の話に戻るが……セレネはここに出てこない。あいつは『黄昏派』の一員としてしか表示されてないな。従者扱いになるか、同盟相手扱いになるかは、力の差でも関係してるのか? 黄昏派の方には俺たち二人しか出てこなくて、配下までは表示されてないし……。うげっ、やっぱり俺がリーダー扱いかよ……。どこかのメニューに脱退って項目でもないのか」
ネレスはゴッドスクリプトの画面をいじりながら、周囲の骸骨に触れないよう気をつけて進んでいた。
その時だった。
地面が、まともに立っているのも難しいほど激しく揺れ始めた。
目の前に、山がそびえ立っていた。
いや、ただの山ではない。それは岩と苔でできた巨大な生き物だった。背には何本もの大樹が育ち、その目は二つの洞窟のように深い。
それは巨大な顎を開き、牙のように並んだ無数の巨大な鍾乳石を見せつけると、谷全体を震わせる咆哮を放った。
「うわ、これは嫌な予感しかしないな……いや、待てよ……」
ネレスは足を止めたが、骸骨兵たちにはそのまま怪物を取り囲むよう命じた。多くの骸骨がよじ登り、剣や槍を突き立て、矢を浴びせかける。
もちろん、そんなもので意思を持った山にくすぐったさすら与えられるはずもない。怪物は巨大な足を持ち上げ、そのまま踏み下ろした。それだけで何百もの骸骨が砕け散る。
直撃を受けなかった周囲の個体までもが、その一撃で起きた地震の衝撃で次々と崩れていった。
「この調子じゃ、いつもミレイア用に残してる百体まで全部やられかねないな……。昨日だって、自分の家づくりをちゃんとやるなら今後はミリって呼んでやるって言っただけで、あんなに喜んでたのに……」
ネレスは遠くを見た。少し離れた場所で、炎の柱が立ち上っている。
「セリスはもう、あの化け物みたいな木どもをいたぶり終えてる頃だろうな。あいつがこいつまで相手にしたら、森どころか谷ごとめちゃくちゃになりかねない……」
ネレスは疲れたようにため息をついた。
「……仕方ない。あれを試すしかないか」
神候補だった頃とは比べものにならない身のこなしで、ネレスは一気に戦場の最前線まで駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
「アヴェル様! 巨像が押しています!」
ドライアドたちと花の玉座の主は、斜面の上から戦いの成り行きを見守っていた。
「このまま疲れて、また眠りに戻ってくれればいいのだけれど……」
アヴェルは思案するようにつぶやいた。
何人かのドライアドは希望を取り戻しかけていたが、一人だけはいまだ真っ青なまま、震えが止まっていない。
「で、ですが……あの赤いのが、まだ現れていません……。さっき遠くに見えた火柱……あれはあの女です……近くにいます……」
だが、アヴェルの目を引いたのは、その赤い存在よりも、もっと差し迫ったものだった。
巨像の巨大な踏みつけが再び大地を砕き、何百もの骸骨兵がそれと一緒に吹き飛んだ、その直後。
銀髪で、黒と金の衣をまとった一人の青年が、巨像の足元に立っていた。
「なっ……誰なの、あれは!? どうやっていきなり現れたの!?」
ドライアドたちは、アヴェルと同じように困惑した顔で互いを見合った。
「見たことのない方です……ですが、どうしても目が離せません……」
「まるで、完璧そのものが人の姿を取ったみたい……」
「でも、あの気配は……あまりにも恐ろしいです……」
もはやアヴェルの耳には、侍女たちの声は入っていなかった。
あの歩く山に触れた、その青年に視線が釘付けになっていた。
次の瞬間だった。
何の前触れもなく。
最後の、あまりにも痛ましい咆哮を響かせて。
山は、そのまま崩れ始めた。




