第29話 地の底に待つもの
「ミレイアが心配なんだ……」
「大丈夫よ、ネレス。あそこは肥えた土地だったんでしょ。二、三十年もすれば、あんたには何千って信者がつくわ。ミレイアなら、みんなをちゃんとあんたの信者にしてくれる。あの目を見れば、それくらい分かったもの」
「……」
「何よ?」
「そこが心配なんだよ。骸骨越しにあいつのやってることが見えるんだけどさ。最初の数日は、自分の家を作るより先に、骸骨たちに神殿みたいなものを建てさせてたんだ……」
「別にまだ問題があるようには聞こえないけど……」
「子どもってのは遊んだり、学んだりするものであって、神殿なんか建てるものじゃないだろ。毎晩、あいつが俺に話しかけてくるというか……連絡してくるというか……そのたびに言ってるのに、まるで聞いてくれないんだ」
「何言ってるのよ、ネレス。子どもってのは溶岩の力を吸って、自分の中の火を育てるものでしょ」
「それ、お前の村の火の精霊だけの話だろ……」
ネレスはまたひとつため息をついた。
「んー……やっぱり心配だ……。冥界に来るんじゃなかったら、連れてきたかもしれない。しかも骸骨のせいで、村の連中まで怯えきってるし……」
「神のそばに張りついてる使徒に、何の意味があるのよ?」
「……」
「今度は何?」
「結局、骸骨で見守るしかないってことだな。最悪、指揮権を奪ってでも、ちゃんと守らせる」
「問題なんていらないって言ってるくせに、ほんとに自分で問題を増やしてるわよね……。ミレイアなら大丈夫よ、きっと」
セリスは指を一本立てた。
「本人も言ってたじゃない。小さいころから怪物から逃げ回って生き延びてきたって。今はその上、まわりにスケルトン兵の一団までいるんだし。それに、村の連中が怯えてるのは事実だけど、だからこそあの子を村のまとめ役みたいに扱ってるんでしょ」
「それはそうなんだけどな……。よし、今は目の前のことに集中するか……。でも夜になったら、また少し肩の力を抜くように言ってみるよ。同じ年の子と友達を作るようにもな。一日中骸骨とばかり話してるのは健全じゃない」
「……あんた、過保護だって言われたことない?」
「ないな……。まあ、今まで過保護になれるような自分の家族なんていなかったし。そういう運命だったんだよ……文字通りな」
「そういえば、その何千もの人生って話、まだ聞いてないわね」
「お前だって、自分の村のこととか、火の神どもとのこととか、まだ何も話してないだろ」
「あんたには関係ないでしょ……」
「こっちの台詞だ」
「……まあ、そのうちね」
「はは、そのうち昔話でもするか」
セリスの手のひらの炎が照らす中、二人は広大な洞窟の迷路を進んでいた。
地の底へと下り続けて、もう何日も経つ。
今ではネレスにも、死の川はもう遠いものではなく、すぐ近くにあるものとして感じられていた。
「外から見た時は、ただの洞窟にしか見えなかったのにな……」
「あるところまでは、ただの洞窟だったのよ」と、セリスは答えた。「光る苔とか、妙な形の茸とか、こっちの気配を聞いただけで隠れる生き物とか、そういうのが出てきた時点で、その先はもう冥界ってこと」
「妙に詳しいんだな」
「当然でしょ? 伊達に二百年生きてるわけじゃないんだから、あたしを甘く見ないでよ!」
「はいはい、さすが物知り様。それで、この先は何が出てくるんだ?」
「んー……もう少ししたら光る結晶が出てくるわね。そしたら火はいらなくなる」
「で、その光る結晶って何て名前なんだ?」
「えーっと……その……あー……もう! 自分のゴッドスクリプトで調べなさいよ!」
「『自分のゴッドスクリプトで調べろ』? ずいぶん変わった名前の結晶だな」
「うるさい!」
「ははは」
「また噛むわよ!」
だが、そのやり取りはそこで途切れた。
岩の通路を折れた先で、二人はまるで星空みたいな光景に出くわしたからだ。
本物の星ではない。
そこにあったのは、洞窟全体をエメラルド色に照らす、無数の小さな結晶の輝きだった。
「これはまた、ずいぶん見応えがあるな」
歩きながら周囲を見回し、ネレスは素直にそう漏らした。
その光景は、銀の海を囲む壁と、生命の神々の瞳を思い出させた。
「緑がいちばん多いわね。たぶん元祖とか、そんな感じよ。場所によっては紫とか青もあるけど」
セリスはまた指を立てながら説明する。
「お前、基本色しか知らないのか?」
がぶっ。
「いてっ……。何でも口に入れるの、悪い癖だと思うんだけど……。ん? 何か蹴ったな」
セリスはすでに火を消していたが、結晶の光だけで十分だった。
ネレスの足元で跳ねたそれは、ただの石ではなく、宝石じみた鉱石だった。
「ああ、それは冥魂石よ。かなり価値があるわ」
セリスは背伸びしながら、ネレスの肩越しに覗き込む。
【冥魂石】
【冥界でしか採れない鉱石。内部に魂を蓄えられる性質を持ち、そのため高値で取引される。】
「こんなものをポケットに入れて持ち歩きたくはないんだけどな……。まあ、価値があるなら……」
ネレスはため息をつきながら、その石をポケットへしまった。
誰かに売るのはあまり気が進まない。
だが、最悪ゴッドスクリプトの店に流すくらいはできるだろう。
「ネレス。この先に気配があるわ。数も多い……」
セリスは、これまで何度も現れた岩の分岐の最後の一つを前にして、腕を伸ばしネレスを制した。
だが次の瞬間には――
「こっちよ!」
そう叫んで、彼女は洞窟の脇道の一つへ飛び込んでいた。
「用心してるのかと思ったら、正体を見極める時間が欲しかっただけか……」
ネレスは慌ててその後を追う。
とはいえ心配していたのはセリスよりも、彼女が今から見つけようとしている何かの方だった。
「これは……」
ネレスが追いついた時、目の前には無数の輝くマゼンタ色の瞳があった。
それらはみな、こちらをじっと見つめている。
持ち主たちの姿は人間に近かった。
だが、誰もが長く垂れた白い耳を持ち、そして皮肉にも、その髪はどれも空色の系統をしていた。
【ヴィシアレ】
【数千年を生きることができ、優れた身体能力と空間魔法への先天的な適性を持つ種族。】
「……多すぎないか?」
◇ ◇ ◇
その頃、冥界の別の一角では、多くの存在が即席の野営地のような場所をさまよっていた。
軍勢だった。
赤い小鬼めいたものから、角と翼を持つ人型までが入り混じっている。
その野営地は広大な地下空間に築かれており、空から近づいてくる一団を見分けるのも難しいほどだった。
だが、腕を組んで待っていた女にとって、それは何の問題にもならなかった。
あり得る相手は一つしかなかったからだ。
「ドラジラ。お前の言った通りだ。ここは冥界だった」
空から降り立った有翼の一団。
その中心にいたのは、ドラジラの弟であり、魔族軍の共同指導者でもある男だった。
「……なるほど。どうりで、この新しい世界の最深部にいるわけね……。地上へ上がる方法を探さないと」
「何を言ってるんだ、姉さん。冥界ほど、俺たちが根を下ろすのに向いた場所はないだろ」
「ドラゼル……この冥界は、滅びた父上の魔族の王国とは違うわ。何に出くわすか分からないのよ」
「いや、分かってるさ、姉さん」
ドラゼルは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「少し離れた先に、この冥界の主の棲み処がある。タイタンだ」
ドラジラの目が大きく見開かれる。
タイタン。
それは、定命の理解をはるかに超えた力を持つ存在だ。
「一刻も早く逃げないと!」
「逆だよ、姉さん。俺は確信してる。この世界は、まだ始まったばかりだ」
「……それは私も感じてる。この場を巡る魔力でね。でも、それが何だっていうの?」
「これが俺たちの好機だ」
ドラゼルは両腕を広げて言い放った。
「タイタンと取引を結ぶ。そして、この新たな冥界で、俺たちが支配的な種族になるんだ!」
「ドラゼル……」




