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第28話 最初の使徒

 それは、まさに異様な光景だった。


 青と紫の閃光をまとった黒い霧の渦が、ネレスとミレイアを包み込んでいる。

 たった今、二人のあいだに結ばれた絆を、そのまま形にしたように。


 それが収まるころには、誰もが言葉を失っていた。


 ミレイアがネレスを見る。

 ネレスもミレイアを見る。


 ミレイアには"感じられた"だけだったが、ネレスにはそれがゴッドスクリプト上ではっきり見えていた。


【使徒】

【自らの神に対して並外れた親和・敬意・従順を示し、エリュンデアにおいてその神を代行し得る定命の者。】


「……は?」


 ネレスは、まだ事態を飲み込めないままつぶやいた。


「おおっ! 使徒じゃない! おめでとう、人間!」


 自分のゴッドスクリプトにも通知が出たらしいセリスが、目を輝かせて叫ぶ。


「今のであんたの存在価値、跳ね上がったわよ! これからは定命の者たちのあいだで、あたしたちの代表なんだから!」


 ゴッ。


「いったぁ!? 今度は何よ!」


 またしても骸骨に頭を小突かれ、セリスは頭をさすりながら文句を言った。


 ネレスは、まだ半ば放心しているミレイアを支えて立たせる。


 だが少女が立ち上がった瞬間、その瞳には、何年も前に失われたはずの光が戻っていた。


「ネレジエル様!」


 少女はぎゅっと両手を握り締め、そのまま叫んだ。

 あまりにも勢いがよすぎて、ネレスは驚き、危うくのけぞりそうになる。


「お、おう?」


「ネレジエル様が、わたしたちを守ってくださるんですよね!? 分かるんです! わたしの中で、そう感じるんです!」


「……守る?」


「その代わり、わたしたちはネレジエル様に絶対の信仰を捧げます! 約束します! わたしが、みんなにネレジエル様のお名前を広めます!」


 人生の目的でも見つけたような顔をしているミレイアを見て、ネレスは何とも言えない気分になった。


 そっと手を伸ばし、彼は少女の黒髪を撫でる。


「いや、まだそういうのは早いだろ……。大きくなってから宗教の道に進みたいって言うなら止めないけど、できれば別の神を選んでくれ……」


「仕事……?」


 ミレイアが首をかしげる。


 その言葉は、彼女のいた世界ではもう意味を失って久しいものだったのだろう。


「要するに、大きくなったら何をしたいかってことだよ……」


「でも、ネレジエル様……ネレジエル様より偉大で強い神様なんて、ほかにいません!」


「どこから来るんだよ、その確信!? これが噂の宗教的狂信ってやつか!?」


 期待に満ちた瞳で見つめてくるミレイアは、もうどう見ても手遅れだった。


 彼女は、周囲の骸骨の軍勢への恐怖を完全に失っている。

 それどころか、死の神と会話を重ねるたびに、地面で震え続けている他の人間たちからの畏敬すら集めていた。


「ネレス、何とかしないとまずいわよ。このまま冥界へ向かったら、あんたの哀れなほど弱っちい新しい信者たち、そこらの哀れなほど弱っちい魔物どもの朝飯になるわ」


 ネレスのそばまで来ていたセリスは、また小突かれるのを警戒するように、反射的に両手で後頭部を押さえた。


「お前にとっては、何でも哀れなほど弱っちいんだな……」


 ネレスはもう罰する気力もなく、ため息をつく。


「でも、言ってることは正しい。このまま行ったら、この人たちは通りかかった何かに好き放題されるだけだ。生粋の怠け者としては、せっかく少しだけやった仕事を無駄にするのも嫌なんだよな」


 ミレイアから見れば、神は黙って深く考え込んでいるように見えたはずだ。


 だが実際のネレスは、すでに頭の中だけで自在に扱えるようになっていたホログラム画面を確認していた。


【どのスキルを付与しますか?】

【スケルトン兵】

【死の手触れ】

【冥路】


「『魂の番人』は候補に出てこないのか……まあ、それはそうだよな……」


 そうつぶやいてから、ネレスはミレイアへ視線を戻した。


「ミレイア。骸骨は怖いか?」


 少女は指先をもじもじと合わせた。


「少しだけ……。でも今は、ネレジエル様の一部みたいに感じるんです。だから、本当に少しだけです!」


「俺の……一部……?」


 ネレスは、周囲を埋め尽くす骸骨の群れを見回し、背筋にぞくりとしたものを覚えた。


 スケルトン兵は『死の書』の力の顕現であり、その『死の書』自体がネレスのエイドロン――すなわち彼の魂の表象だ。


 だからミレイアの認識は、まるきり間違いというわけでもない。


 とはいえ、どう見ても怪奇映画から抜け出してきたような連中と自分を結びつけられるのは、あまり気分のいいものではなかった。


「いや、厳密には俺の一部ってわけじゃないんだけど……まあ、そこはいい。言いたいのは、こいつらを何体か残して、お前たちを守らせるってことだ」


「ほ、本当ですか、ネレジエル様!?」


 ミレイアは嬉しそうに目を見開いた。

 だがその背後にいる人間たちは、一斉に喉を鳴らす。


「正直、子どもに任せるのはかなり不安なんだけどな……。でも、命令できるのはたぶんお前だけだ。できれば親御さんと話したいんだが、このあたりにいるか?」


「わたし、親はいません……。一度も会ったことがないんです。でも、ご心配なく! わたしがちゃんとやれます!」


「そうか……そこは俺と似てるな」


「ネレジエル様にもご両親はいないんですか? 神様って、そういうものなんですか?」


「いや、むしろ俺には何千人も親がいた。そっちの方が神には普通じゃないな」


 ネレスは気まずそうに頭をかいた。


「最初の生では孤児だったし、その後の生じゃ、正直、自分より年下の相手を親だと思うのは無理だったし……」


「最初の生? 何千人も親?」


「いや、その辺は気にするな。神の事情ってやつだ……神のな」


 自分で"神"と言ってしまったことに、ネレスの背筋へまた寒気が走る。


「最初の生? 何千人も親?」


 今度はセリスが反応した。

 だが、骸骨が腕を持ち上げたのを見て、彼女はぴたりと口をつぐむ。


「お前も今は気にするな、セリス。話がややこしくなる。あとで全部話してやるから」


「ちっ……分かったわよ。まあ、従者の扱いにちょっと不公平を感じなくもないけど……もう黙る! 黙るから、骸骨の腕を上げるのやめなさいって!」


「ミレイア。じゃあ、お前の面倒を見てくれる人は、本当にいないのか?」


「わたしはずっと自分でやってきました! 廃墟の怪物にだって、隠れていれば見つからなかったんです!」


「廃墟の怪物、ね……。まあ……」


 ネレスはどうにか笑顔らしきものを作った。


「責任感があるのは分かった。お前には、およそ百体のスケルトン兵を預ける。こいつらがお前と、お前の仲間たちを守る護衛だ」


 そして、少しだけ目を細める。


「嫌じゃなければ、そいつらを通して俺が君を守る」


「ネレジエル様……! なんてお礼を言えば……!」


 その言葉を聞いて、彼女の背後にいた人間たちまでもが息を呑んだ。


 ネレスは、ゴッドスクリプトの『スキル付与』を少し調べたことで、付与するスキルの熟練度を自分で選べるらしいと気づいていた。


 つまり、『スケルトン兵』なら熟練度C。

 すなわち、百体まで呼び出せる状態で与えることができる。


「一万体呼べる方を渡したら、どう考えてもエリュンデアの歴史がとんでもないことになるよな……」


 ネレスは独り言のようにぼそりとつぶやく。


「何かありましたか、ネレジエル様?」


「いや、何でもない……。それと、よければネレスって呼んでくれてもいいぞ、ミレイア」


「嫌です! そんなの失礼です!」


 そのきっぱりした言い方があまりにも意外で、ネレスは思わず面食らった。


「分かったよ、好きにしてくれ……。じゃあ、手を出してみろ」


 ミレイアは迷いなく小さな手を差し出し、ネレスの手へ重ねた。


 二人の手のあいだから、再び青と紫の閃光を帯びた黒い霧がわずかな時間だけ立ち上る。


 それが消えたころには、ミレイアには百体の骸骨を操る力が宿っていた。


「ネレジエル様……」


「ん? ミレイア!?」


 少女の身体がふらつく。


「ネレジエル様が……いっぱい見えます……」


「あっ、そりゃそうだ!」


 ネレスは慌てて骸骨たちを地中へ戻した。

 そのせいで、見ていた人間たちは再び震え上がることになったが。


「少しずつ呼ぶ練習をしろ。まずは一体だけだ、いいな? そのつながりをちゃんと扱えるようになってから、少しずつ増やせばいい」


 まだ少し目を回したまま、ミレイアはこくこくとうなずいた。


「それに、分かるだろ? たぶん俺たちは頭の中で話せる。だから、遠くにいても問題ない。何か言いたいことがあるなら、ただ俺を思えばいい。返事はする」


「でも……あまりご迷惑はかけたくありません」


「気にするな。セリスほど迷惑になることは絶対にない」


「ちょっと! 本気で扱い違いすぎない!?」


「お前はもう二百歳だろ。たまには年相応に振る舞え」


「それ、どういう意味よ……」


 二人のやり取りを見て、ミレイアは小さく笑った。


 ネレスはそんな彼女へ向き直り、肩に手を置く。


「俺たちはもう行かないといけない」


「もう……ですか?」


「ああ。これ以上ここにいたら、誰か本気で心臓発作を起こしそうだからな……」


 ネレスは、まだひざまずいたまま青ざめている人間たちを見やった。


「分かりました……。でも、その……これからも時々お話ししてもいいですか、ネレジエル様? あまりお邪魔はしませんから……」


「もちろん。最初からそのつもりだった」


「ありがとうございます!」


「それと、ちなみにあの爬虫類ども、一応食えるらしい。ゴッドスクリプト情報だ。まあ、人間を食ってたやつを食いたいかどうかは知らないけど……」


「食べ物は食べ物です!」


 ミレイアは力強く答えた。


 滅びかけた世界で生き延びてきたのは伊達ではない。


◇ ◇ ◇


「ここ、どこなんだ?」

「何だよ、この場所……なんでこんなに暗いんだ?」

「街が沈んでたんだぞ……俺たち、死んだのか?」

「光だ……光に包まれたと思ったら、次の瞬間にはここに……」


 冥界の深部では、空色の髪と長い白い垂れ耳を持つ者たちが、何千人も不安げにさまよっていた。


 鮮やかな赤紫の瞳が、完全な困惑の中で周囲をせわしなく見回している。

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